束の間
討伐に向けて、少なくともまだ一週間以上の待ち時間が出来てしまった。
魔王討伐隊は竜退治で経験を積んでいる。
「ねぇ、皆はどうやって過ごす?」
朝食を食べに入った食堂でそう切り出すと、ギデオンは楽しそうな笑顔を浮かべた。
「俺は勇者の末裔を鍛えてくる」
「末裔って」
「ここには一人しかいないだろ」
殿下だ。
「あの人って実力あるの?」
「おねえちゃんって興味のないこと見てないよね」
「僕が見た限り、能力値はとても高いですよ。経験値が少ないですから、それを生かせるかどうかが未知数な感じがします」
「レイルは本当によく人を見てるのねぇ、すごいわ」
ギデオンは何か考えるようにしていたけれど、顔を上げると言った。
「なぁアンジェリカ」
「なぁに」
「魔王を倒すだけなら、末裔を鍛えたら良かったんじゃないのか?そういう発想はなかったのか?」
「え……」
そう言われてみれば、そんなこと少しも考えなかった。
「あなたたちが居なかったら、考えたかもしれないけど……」
そうよねぇ、旅の仲間がいなかったら一人で倒れちゃうかもしれないし。
「考える余地はあったのか」
「でもねぇ、うーん」
何か違うと思うのだけど、上手く言葉にならない。
「だって、居たもの」
「なにが?」
「あなたが。一番強いでしょう?」
「……」
ギデオンは眉根を寄せると黙ってしまう。
「俺が旅に出なければあいつと行ったのか?」
「うーん」
それはないと思うなぁ。
「あ、そっか」
「……なんだ」
「楽しくないのよ!」
「?」
「あの人と倒しても楽しくないのよ。口うるさいし。言うこと聞いてくれないし。私は皆と一緒に倒したかったのね」
言葉に出来てすっきりした。うんうん、と頷いていると、なんだか微妙な顔をした三人に見つめられている。
「仲が良くなかったんですか?」
「そんなこともないと思うけれど……でも一緒に何かを楽しんだこととかはないと思うわ。見てる方向が違うのかしら。良く分からないわ」
「良く考えたらリリーおねえちゃんが生まれ変わって、勇者のパートナーになるって奇跡みたいなことになってたんだね」
「……まぁ。言われてみれば、なんだか運命的ね。魔王の呪いに導かれたのかしら」
おかしくなって、ふふふ、と笑ってしまうけれど、三人とも困ったような顔をしている。
「僕たちと旅するのは楽しいんですよね?」
「もちろんよ!ずっと旅していてもいいくらいよ。そうはいかないけど……」
「私もずっと旅しててもいい」
「楽しそうですよね」
「俺もそう思うが」
そうは言っても、もうみんな大人なのだ。現実的ではない。ちょっと夢みただけなのだ。
「そういえば勇者の家系に呪いはなさそうなの?」
「少なくとも、この間確認した限りなかったよ」
「聖女を伴ってるからかしらね」
「まぁ、近年なかなか王族は出て来てませんでしたし」
話しているうちに食べ終わり、ギデオンは討伐隊に合流するといって立ち上がった。
「アンジェリカはおとなしくしてるんだぞ」
「分かってるわよ」
ここで体力を失っては魔王討伐に付いていけない。まぁ、なんだかんだ、私も行きたかったのだ。けれどやることもない。
「レイルとフローラはどうする?」
「僕はこの町で、魔王についての情報を調べてます。例えばギルドを通して討伐に向かった人たちの大昔からの記録が残されているんですよ。リリーさんの記録も残っていました」
「まぁ、知らなかったわ」
そうすると、アランやライラのことも、そうしてこの子たちの過去も残っているのだろうか。
「私はおねえちゃんと過ごしたい」
「私と?」
「もう少しで、討伐が終わっちゃう。少しでも長くおねえちゃんと居たい」
「まぁ……フローラ可愛いわね」
抱きしめてなでなでしてあげると、フローラは嬉しそうな顔をする。
「じゃあ僕も行くので、また夜に会いましょう」
そうして私たちはしばらく別行動することになった。
フローラは本当に私と過ごしたいだけのようで、私たちは街をフラフラ歩いて、疲れたら休んでおしゃべりしながら過ごした。
「フローラは魔王倒したあとどうするの?」
「おねえちゃんが冒険者になるなら付いて行きたかったけど……」
「そうねぇ……」
手には、暑い国の独特の、硬い皮をくりぬいた中の実を取り出したフルーツに棒を刺したものを持っている。露店で買ったのだ。
岩場に腰かけ、ぼーっと街並みを眺めながら考える。
「あんなに冒険者に戻りたかったのに、良く分からなくなっちゃったわ」
「そうなの?」
「リリーの記憶を取り戻したときはそう思ったの。でも、みんなと過ごしているうちに良くわからなくなって。体力がなくて向いてないのもあるのだけど……」
シャクリ、とフルーツをかじりながら考える。
瑞々しい甘味と酸味が口の中に広がっていく。
「あら、おいしいわね、これ」
「昔より甘くなってるよね」
「昔?フローラも昔の記憶があるのよね」
「うん……」
私たちはみんな竜の呪いに縛られて、記憶を背負って生まれなおしている。私やギデオンだけじゃない、フローラもレイルもそう。
「再会したときは、みんな昔のままな気がしていたけど……でもきっと違うんだよね」
「え?」
「私も昔の自分と全然違う。たぶん、おねえちゃんもそうなんじゃないのかな」
「……そうよねぇ」
今の私はもう、ライラでもリリーでもない。アンジェリカとして、今したいことは子供たちと魔王を倒すこと……それだって本当は、魔王の呪いに縛られていた私が、無意識に解放されることを望んだ妄執のようなものだったのかもしれない。
「私……倒したあとにやることあるのかしら……」
「……」
フローラはそんな私をにこにこと見つめながら言った。
「ゆっくり考えたらいいよ。故郷探すのもするけど、私は一度王都に戻ってから、魔法研究所で雇ってもらおうかなと思ってる。あそこで過ごした時間が凄く楽しかったから。おねえちゃんにも楽しいものが見つかると思うよ」
「そうね。ありがとう。考えてみるわ」
夕方までフローラとおしゃべりしながら過ごしていたら、討伐隊一行が街に戻ってきてしまった。
手にした岩塩ステーキの串焼きをモグモグしていると、ギデオンの姿を見つけた。
思わず微笑むと、軽く笑みを返してくれる。
すると、誰かがズンズンと私に向かって速足で歩いてくる。
殿下は私の腕を掴むと、「ちょっと来い」と言って引っ張っていく。
「ん、ん??」
「話がある」
「んんか、んう?」
「……飲み込んでから話せ」
路地裏に連れていかれる。後ろから護衛が付いて来ているから二人きりというわけでもないけれど。ギデオンが顔を顰めてこちらを見ていた。
ドン、と壁に手を付いた殿下は私を怒っているような顔で見下ろしていた。
「岩塩ステーキ食べたかったの?」
「食うか!」
「おいしいのに……」
「そう言ってまた食べるな!」
もぐもぐ。おいしーのに。
「なんで竜を一撃倒せるんだ!化け物かお前は」
「んぐ、それは前世の記憶があるからで……」
「聞いてはいるが。古代魔法だぞあれは。使えるものなど聞いたことがない」
はぁ、とため息を吐くようにして殿下は項垂れる。
「なぜ、そんなにも強いことを隠していた」
「隠してないわよ。覚えてなかったの。冒険者になるって言った日に思い出したのよ」
「……あの日か」
苦虫をつぶしたような表情をしてから、殿下は私を見つめて言った。
「……仲間と共に魔王討伐に出発すると言っていたな」
「んんん」
「最後まで食べるなよ……」
呆れるように言われる。だって目の前に肉があるのだもの。
「お前、知っていただろう。俺は魔王を倒すために生まれて来て、今もそのためにここにいる。お前の旅の仲間は俺で良かったじゃないか。なんのために自由にしたと思ってるんだ。そんな必要なかったじゃないか」
「……」
どういうことだろう?
彼には聖女様がいればそれで大丈夫なのに。
何も間違ってるように思えないのに、殿下は泣きそうな顔をしてから、私の肩に頭を乗せた。じっと動かない。なんだろう。
「……咀嚼音がする」
「んん」
笑った顔をした殿下が顔を上げた。
「……そうだよな。お前何にも考えてないだけか」
その台詞でいつもの自分の悪い所が出ていたのかと気が付いた。
「……私は、魔王の呪いで魂をすり減らしているらしいの。体も弱いし、心も……普通じゃないんだろうって。人の気持ちが良く分からないの。あなたが嫌な思いをしたのなら、私が悪いのだと思うわ。ごめんなさい」
「人の気持ちが分からない……?」
不思議そうに私を見つめた殿下は少し考えるようにしてから「なるほど」と言った。
「悪気はないのよ」
「それは分かっている。お前でなかったら馬鹿にされているのだと感じるだけだ」
だが……と彼は続ける。
「話し方がくだけて、人が変わったようではあると思う」
「前世が庶民だったから……」
「そうだろうな。アンジェリカは道中で立ちながら岩塩ステーキ串を食べなかっただろうな」
「……」
「今の方が良い」
人の気配がして顔を上げると、ギデオンが近くに立っていた。彼は私たちをまっすぐに見つめている。
「迎えか」
皮肉気に笑うと殿下言った。
「最後に言っておく。婚約の破棄は、王家に非がある。お前になんの非もない。賠償の件は侯爵家と話し合い済だ。侯爵家は、帰って来ないお前を探している。勘当などと言われていたらしいが、本心ではない。心配していた。討伐が終わったら帰ってやれ」
「……」
「もう自由を堪能しただろう、なぁアンジェ」
かつての婚約者はいつまでも私を愛称で呼ぶ。
彼は私から体を放すと、ギデオンを一瞥してから歩き去って行った。
「何を話していたんだ?」
私の横に立ったギデオンが言った。
「良く分からないの。いつも勝手に怒ってどこか行っちゃうし。でも私が悪いのだと思うわ。長い間悪いことをしていたのね。魔王を倒すなら俺で良かったじゃないか、と言ってたわ」
「……」
ギデオンが表情を変えずに私を見下ろし言った。
「アンジェリカは俺が良いんだろう?」
「あら、良く分かってるじゃないの」
ふふふ、と笑い、歩き出す。
「さぁ、みんなのところに帰りましょう。お腹空いたでしょう?何食べたい?岩塩ステーキでいい?」
「まだ食べるのか……」
だってここの一番の名物だし。
それにもうすぐこの旅は終わってしまう。
そのあと私はどうしたらいいのだろう。




