ギデオン・リードという男
目を覚ましたら、薄暗い宿屋のベッドの上だった。
どれだけ寝ていたんだろう……そう思いながらフローラの様子を確認しようとすると、フローラのベッドは空で、代わりにいたのは、窓際の椅子に片膝を立てて座り込むギデオンだった。
月光を浴びて、彼のシルバーブロンドの髪がキラキラと輝いている。憂いを帯びた瞳は窓の外に向けられている。
私はそんな彼の様子を、ギデオンとして見たことはなかったけれど……記憶の中の違う姿で見慣れていた。その人は自分のことを多くは語らない、孤独を湛えた瞳をしていた人だった。
「ギデオン……」
そう呟くと彼は視線を私に動かし、笑みを浮かべた。
「起きたか。あれから二日経ってるぞ」
「二日……」
「レイルとフローラは夕食を食べに行っている。何か買って帰ってくると思うが、起き上がれるなら出かけても構わない」
「ううん、いいの。ここで食べるわ」
私の返事にギデオンは眉を上げる。
「動き回りたくないと言うのは珍しいな。具合が悪いのか?」
ギデオンは私のベッドの端に腰かけ、額に手を宛てる。いつだって過保護なのだ。
「体調は大丈夫よ。あれからどうなったのか教えて」
「そうだな……」
ギデオンは教えてくれた。
竜退治を無事に終えたが、しばらく討伐部隊だけで竜退治を繰り返し実力を高めたいと言われたと。二週間ほどしてから、魔王討伐の日程を改めて決めるらしい。
「アンジェリカの攻撃魔法が話題になっていた。逆鱗には本来魔法が通じないはずだろう?レイルは賢者に伝えられる対竜魔法ではないかと言っていたが」
「そのとおりよ。リリーの時に賢者の里で教わったの。『竜を倒したいのか。よしよし。いいこだな』と簡単に教えてくれたわ」
「そうか……」
リリーにも賢者の資質があったのかしら?里に簡単に迎え入れてもらえたのだっておかしかった。
「もしかして魔法研究所じゃなくて、賢者の里でも私受け入れてもらえるのかしら?そうしたらレイルと一緒に行けるわね」
「……」
ギデオンは、はぁ、とため息を吐く。
「一つ聞くが」
「なぁに?」
「フローラと魔法研究所に向かう可能性と、レイルと賢者の里に向かう可能性があるのだな」
「あるわね」
「俺と共に王都に戻るか、もしくは一緒に冒険者として暮らす可能性はあるのか?」
「……」
本気なのだろうかとギデオンの顔を見上げると、アイスブルーの瞳はまっすぐに私に向けられている。眼差しの真剣さは、彼の心を表わしているのだろう。
「ずっと冒険者になりたかったのだろう。俺と共になら叶う。なぁ、アンジェリカ、お前俺のことだけ避けてないか?」
最近ずっと私を避けていたのはギデオンなのに。そんなことを忘れたようにギデオンは言う。
「私は……あなたを傷つけて迷惑をかけたから……」
「それを気にしているなら、もう終わったことだ。気にする必要はない」
「本当に?」
「ああ、少しも気にしていない」
それなら一緒に居てもいいのだろうか。だけど何かが引っかかる。彼と二人きりで過ごすなんて、そんなことは許されるんだろうか。
「殿下は、次もお前を連れていくと言っていた」
「……え。無茶な……」
私はお荷物になるだけだと思うのだけど。馬鹿なの。
「お前が望むなら、邪魔な人間を魔王に食わせて来てもいい」
「……は」
ぎょっとしてギデオンを見ると、楽し気な笑みを浮かべている。
「……望まないわよ。みんな仲良しで平和な世界が一番よ」
「なんだそれは」
ギデオンは小さく笑い、そうしてふっと真顔になると考え込むように黙った。
「……死んでしまうかと思ったんだ」
泣きそうな声だと思った。
「俺たちを繋げていたのは、魔王の死の呪いだった。生まれ変わっても引き継がれた呪いは、呪いを受けた者同士を再び出逢わせてくれることにも役立った。けれど……呪いは解いてしまった。アンジェリカはいつ死んでもおかしくないほど弱いのに……死んでしまったら、二度ともう出逢えないことを、俺はやっと理解した」
確かにそうだ。魔王討伐をしたから、ライラはリリーになっても、アンジェリカになってもその呪いに縛られていた。けれどもう、呪いは私たちを脅かさない。
「俺は何度も……何も伝えられなかったことを後悔した。もう二度と後悔はしたくない。俺の話を聞いてくれるか、アンジェリカ」
真剣なその表情に、私はもちろんよと答えた。
ギデオンは公爵家の一人息子として育っていたが、八歳の時両親ともども夜盗に襲われた。両親はその場で亡くなったがギデオンはそのまま誘拐されたのだ。後から分かるが、火の国の誘拐犯の仕業だった。
火の国に連れていかれ、他の誘拐された子供たちと一緒に不衛生な環境下に閉じ込められていたところで、冒険者たちが助けに来てくれたのだと言う。
「赤髪を靡かせた、強く美しい女性がもう大丈夫だと助け出してくれた。その笑顔に見惚れて……リリーに恋をした。俺は、引き取ってもらったとはいえ、リリーを母として見たことは一度もない」
もちろん、リリーにそんなことは言えなかったけれど……そう、ギデオンは自嘲するように笑った。
「公爵家のことは覚えていた、記憶を失っていたわけではない。ただ黙っていた。リリーの側にいたかったからだ」
「え、本当に?それはまた……」
呆れたものである。貴族の子息がただの冒険者の元に転がって来ていたのだ。
「早く大人になって、リリーの隣に立つことしか考えてなかった。まさか、俺が足を引っ張るとは思わなかった」
「あなたのせいじゃないわ。あなたがいなかったら……私は結局死んでいたわ」
リリーが魔王を倒したとき……。
足手纏いの魔王討伐隊を引きつれていたおかげで、命を懸けた戦いになった。それはそれで楽しかったので後悔はしていないのだけど、今思えば死の呪いを再び受けていたんだろう。私は戦闘不能になり、倒れ込んでいるところに、なんと小さな子供だったギデオンが現れたのだ。
つまり、この魔の山の魔王のいる場所付近まで、十歳のギデオンがたった一人で登ってきたのだ。
「迎えに来るんだもの。あれは驚いたわ……」
「まぁ、そうだな。それほど好きだったのだと今は分かってくれるとありがたいのだが。リリーに仕込まれていたから、その辺の魔物ぐらいなら倒せた。問題は子供ひとりでは道中に引き留められることが多かったことかな」
そりゃそうだろう。
「リリーを背負って山を下りようとしたのに……足を滑らして俺は岩場から落ちそうになり……リリーは俺を救って代わりに落ちた。俺は最愛の人を自分のせいで亡くした」
「ギデオン、私は死の呪いを受けていたのよ。あのままでも死んでいたわ」
「……そうは思えなかった」
小さなギデオンは泣きながら私に全力で手を伸ばしていた。目の前で養い親が亡くなったのだ。深い傷を残したのは間違いないと思う。
「何もできず、目の前で、命が消えるのを見送った」
目をきつく閉じ、強く手を握りしめると、彼は吐き出すように言った。
「けれど……それは俺にとって初めてのことではなかった。目の前で最愛の人を亡くす……」
ギデオンを瞼を上げて私をまっすぐに見つめた。
「なぁ、アンジェリカ。おまえはライラの記憶があるのか。俺は、呪いを解いた日に、アランの記憶が蘇ってきた。お前はアランを知っているのか?」
ちくりと胸が痛むように、その名前を聞いた。
アラン・ワルダー。
それはかつて、勇者と呼ばれた国で一番に強い男。けれど性格はひねくれていて、女性を侍らしていても特定の誰かと付き合うこともなく、その性格はどこまでも冷たく、仲間たちにはあいつは人の情が分からない男だと言われていた。
「……知っているわ」
かぼそい声でそう返事をすると、ギデオンは少しだけ瞳を揺らした。




