竜退治
そうして竜退治に出かける当日、町の出口で魔王討伐隊に合流する。30人ほどの部隊。竜討伐にしては大所帯だ。するとギデオンはおもむろに私を抱きかかえた。いつもと違い、背中に背負うのではなく、お姫さま抱っこだ。
突然のギデオンの行動に、一同はぽかんと口を開けて見ていた。
「や、やめてよ。さすがにこれはないわよ」
すぐ目の前にギデオンの顔を見つめて暴れる。ギデオンは不敵な笑い顔を浮かべると顔を近づけて小声で言う。
「わざとだ。気にするな」
「わざと……?」
「これくらいした方が良い効果が生まれそうだ」
効果とは一体。
「両手が塞がってたら戦えないじゃない」
「悪いが何かあったら放り投げるように降ろす。お前なら対応出来るだろう」
「まぁ……」
いつの間にかエドウィン殿下が目の前に立っていて、私たちを怒鳴りつけた。
「どういうつもりだそれは!」
「討伐の目的地は馬が使えない、岩山の奥地です。彼女は人並みの体力がなく、歩いて現地まで辿り着く事は出来ないのです」
「体力がない……?」
エドウィン殿下は考えるようにしてから「確かにひ弱ではあったが」と言った。
「賢者の里や、魔法研究所では、魔王の死の呪いの産物であるだろうとの見解を貰っています。呪いを受けた身で再び生まれ変わっても、満足な体で生きていけないのだろうと」
「呪いを受けているだと……?」
「かつて魔王を退治した冒険者がいました。その生まれ変わりだろうと」
「……それで魔王討伐にこだわっているというのか?」
殿下の訝しむような視線を浴びて、私はただギデオンの首にしがみつく。ギデオンは慣れたように私を好きにさせている。
「信じがたい話だ」
フンと鼻を鳴らし殿下が踵を返すと、今度はヘレナがやってきた。
「ギデオン様私も歩けませんわ。私を連れて行ってくださいません?」
「申し訳ありませんが、私は自分のパーティメンバーを優先しなくてはいけません」
「そんな……」
「騎士団の者にお頼み願います」
「……分かりましたわ」
ヘレナもとぼとぼと去っていくと、私はギデオンの横顔を見つめてこっそりと言った。
「なんの効果があるの?」
「虫よけくらいにはなるだろ」
虫よけ?
ギデオンは何も答えないので、連れられるままに進んでいく。少し先の採掘所から山の上に向かいトロッコが走っている。それに数人ずつ乗らせてもらい、上へと向かい先を進んでいく。乗り換えを何度か繰り返すと街を遥か下方に見下ろせる場所まで着いていた。岩ばかりが見渡せる殺風景な土地。ところどころで地表から湯気のようなものが出ている。温泉が湧くことがあるのだと言う。
「ここからは徒歩になります」
地形に詳しいレイルが先導してくれている。確かここから先は、歩きで岩山を登っていくのだ。
ギデオンがまたふわりと私を抱きかかえた。ヘレナからの刺すような視線が痛い。面倒な気持ちでギデオンにしがみついていると、その横顔はうっすら笑っている気がする。
「楽しんでない?」
「たまには、悪女にたぶらかされる男の役も面白い」
「……」
こういうところが、今までの気真面目そうなギデオンと少し違うなって思う。
日常を退屈しながら過ごしていて、ちょっとした変化を楽しむ意地の悪いその様子は……かつてのライラの知っていた人みたいだ。
「まぁいいわ。私はそんなギデオンも好きよ」
「なんでここでその壊れた情緒を披露するんだ……」
さっと頬を赤くするギデオンを見て、私はやっと安心して笑ってしまう。
ライラもリリーもアンジェリカも、それぞれ違う人間だったけれど、でも私は私だ。きっとギデオンもそうなのだろう。姿かたちや想いが変わっても、ギデオンはギデオンなのだ。
「イチャイチャが過ぎる……という目線が投げつけられてるけどいいの?」
フローラがぼそりと言う。確かに周りを見ると、みんなチラチラ私たちの様子を窺っていた。
「そんなんじゃないわよ」
「ないだろ……」
「もうすぐだよ。目的地は」
少し進んだ先に、閉鎖されている採掘場があった。竜による被害が増えて人が近づけなくなっているのだという。
「どうして竜が降りてきたのかしらね?」
私の言葉にフローラが答えてくれた。
「魔王の完全復活が近いからだと思う。魔王の力で、竜族そのものも力が強くなってるみたい。繁殖が盛んになってて、たぶん生息地を広げようとしてる」
「そうなの……」
どうしたって、人と魔物は、上手く共存することは出来ない。どちらかが繁殖しすぎれば、どちらかの命を奪うことになる。今はむしろ人の方が繁殖しすぎて、竜族としては生きづらい環境なのだろう。
「難しいわね」
「魔王の存在は、人には脅威過ぎる。倒さねばならないが、竜族そのものに罪はない。魔王がいなくなれば彼らの生息地に戻っていくだろう」
「そうね……」
その時、騎士団の一人が叫んだ。
「竜だ!」
空に飛竜が飛んでいた。岩のように硬そうな鱗に覆われた巨大な体の背には、大きな翼が羽ばたいている。
打ち合わせ通りの陣形を組んでいく。
ギデオンはそっと私を地面に下ろすと「フローラと共にいろ」と言って前線に出ていく。
レイルが後方部隊の元へ駆けてくる。
後方部隊は10人ほど、竜の攻撃の届かない場所から前線に向けて支援魔法や、攻撃魔法を繰り広げていくのだ。耐闇属性の防御魔法は真っ先に全体に掛けられた。ヘレナは必死な顔で聖女の魔法陣を地面に張っている。
竜が聖女をめがけて急降下してくると、その竜に向けて弓が引かれる。竜の注意を前線に向かせると、彼らは咆哮の前兆を見極めて距離を取り耳を塞ぐ。離れていても体が震えるような衝撃が走る。
前衛たちが竜の攻撃を受けている間に、攻撃魔法で少しずつ体力を削って行く。最後に逆鱗に攻撃するのは前衛の役割だけど、倒れ伏すまではとても近づけない。
咆哮と共に竜が空を飛び、そうして急降下して降りてくる。『地響き』がやってくるので、部隊がとっさに地面に向けて防御魔法を張り振動を防ぐ。
その隙にも攻撃魔法で削って行く。
最後のあがきのように竜が炎を吹いた。
もともと耐炎属性の装備を着ているけれど、耐炎の防御魔法を張ると、それは私たちの体を避けるように通り過ぎていく。
(教科書通りだわ……)
私はその必死な戦闘をぼーっと見ていた。
竜の体力はもう残り少ない。あと二発程攻撃魔法を叩き込めば倒せるだろう。ほら、倒れた。
既に竜の体の上に乗りあげているギデオンが、首元の逆鱗に、サクリと剣を突き刺すと、それは柔らかいもののようにパリンと割れた。
竜の肉体がポロポロと崩れ落ちるように消えていく。ギデオンはふわりと地面に着地すると何かを探すようにあたりを見回してから私を見つめた。
(まぁ、倒したわ!みんなよくやったわね!)
心の中でパチパチと拍手する。けれどみんな真っ青な顔をして「こんなに強いのか……」「死ぬかと思った」などと言い合っている。
そうだったかしら?弱かったわよね?そう思いながら側に歩いて来たギデオンを見上げると、彼は思わずと言ったように笑った。
「お前は感情が顔に出るんだな」
「え?」
「普通は戦ったこともないほど、強いんだよ竜族は」
「そうなの?」
「王都にはいないだろ」
「そりゃそうだけど……」
そんなことを言っていると、また遠くから団員が叫んだ。「また竜が来たぞ!」
(聖女がいるから寄ってくるのかしら……?)
そう思いながら見守っていると、第二戦も全く同じように始まった。
(暇だわ……)
そうはいっても、下手に手を出してここで私が倒れてしまうと余計にお荷物になってしまうし。
「ねぇフローラ、このあたりにあと竜何体いると思う?」
「私はわかんない。レイル?」
「これを倒したら、索敵魔法に引っかかっているのは、あとは残り一体ですよ」
「ふぅん」
「おねえちゃん、残り一体で手を出そうとしてるでしょ」
「分かりやすいですねぇ、アンジェリカさん。万が一の時の軽い防御くらいならいいですけどそれ以上は駄目ですよ。負担が大きいと思います」
おしゃべりに興じている私たちを他の後方部隊が恐ろしいものを見るような眼で見ている。話し過ぎたかしら。
そうこうしているうちに二体目の体力も減っている。
「後方から竜が来てる!逃げろ!」
振り向くと後方部隊めがけてもう一体の竜が急降下してきている。防御が間に合わない。竜はそのまま地面に足を叩きつけるようにして『地響き』を起こした。
後方部隊が態勢を崩したその時、私はひらりと空に跳躍していた。
(倒していいわよね、これが最後なら……)
リリーにとってただの竜一体など秒で倒せる存在なのだ。
竜の頭より高く飛んでから、落ちていく視界に竜の逆鱗を入れると、かつて賢者の里で教えてもらった古代の攻撃魔法を打ち込んだ。
簡単に、パリン、と音を立てて割れた。消えていく竜の姿にはもう興味がない。もう一体はどうなったかしら?と振り向くと、ギデオンが止めを刺すところだった。
安心ね……そう思いながら地面に着地すると、立っていられなくてへたりこんでしまう。
「はれ……」
頭がくらくらするし、呂律も回らない。なんだこれ。
体から力が抜けていく……そして生命力も消えていくような気がする。なにかしらこれ。まずい気がする。ぱたりと倒れ込んでしまう。
「おねえちゃん……!」
「アンジェリカさん!」
二人が駆け寄ってくれて治療してくれようとした。回復魔法は少しだけ楽になる気がする。頭も痛い。
「アンジェリカ!馬鹿か!なぜ大人しく待っていない!」
ギデオンが駆けて来て、私を抱き上げる。必死な顔はどこかで見覚えがある気がした。くったりした体の私を来た時と同じようにお姫様だっこをして、彼は言った。「竜の討伐は終わった。街に帰るぞ!」
彼の怒気を含んだ言葉に、団員たちが口々に返事をしている。
ヘレナやエドウィン殿下もこちらの様子を窺っていた。
ヘトヘトな私はギデオンにしがみ付くことも出来なくて、抱き上げられるまま体を揺らしている。
(疲れたわ……)
魔法一発だけでもだめなのね、と憂鬱になる。
ギデオンは帰り道ずっと怒っていた。怖くて声も掛けられなかった。
少し休めば大丈夫なのに。魔法が使えたことが分かっただけでも有意義だったのに。
誰も竜族の死の呪いを受けなかった。
この『魔王戦の予行練習』は無事に終わったと思うのだけど。
だけどギデオンは、苦しそうに歯を食いしばるような顔をしてずっと怒っていたのだ。




