3-11 荒牧スバルの遊園地潜入大作戦
────今日、僕は初めて一人で遊園地に来た。とはいえ中で友達と合流する予定、だったんだけどなぁ……
なぜ、こうなったかと言うと……
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夏休み真っ只中のある日の朝、スバルは七王子駅前に建つマンションの最上階に位置する自宅で目を覚ました。
ベッドから降りてまずスマホを点ける。最初に目に飛び込んで来たのは、カナタからのLINEの通知だった。
『今日、エイタたちと遊園地行こうと思うんだけど来る? チハヤと忽那さんもいるよ』
────三組の藤木くんか。あまり接点はないけどこれを機に……
返事を打ち込もうとしたその時、スバルはあることを思い出して手を止めた。
「今日、撮影だ……」
『ごめん。今日は撮影があるから、また今度お願い(おじぎの絵文字)』
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この日、珍しく七王子市内で映画の撮影が行われた。しかし、撮影は結婚式場が出てくるワンシーンのみで、その他の撮影は行われない。
「本番いきます。よーい」
その直後に鳴るカチンコ。同時にカメラも回りだした。子役荒牧スバルは、役の人生に意識を落とした。
役者の演技力やスタッフの対応スピードの速さなどが相まって、撮影は四時間ほどで終わった。
この後は町田でまだ撮影があるのだが、スバルが出るシーンは無いため、今日は退勤となった。
「ありがとうございました」
スバルは母の運転する車に乗って撮影場所を後にする。
────現在時刻は正午ぴったり。今から行ってもまだ間に合う。
「母さん、友達から遊園地に行こうって誘われててさ。行ってもいいかな?」
「いいわよ~。でも一八時までには戻るのよ。バラエティの収録があるからねえ」
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────で、それからバスに乗って来たのはいいんだけど……スマホを、忘れた!
「しくったなぁ……」
先に連絡しておけばよかった、という後悔がスバルに押し寄せる。
変装は完璧なのに、現代における最必需品たるスマホを家に忘れる大失態。幸いにも財布は持っているため、キャッシュレス主義者のスバルでも入園することはできるようだったので、とりあえず入園した。
────自力で探して合流するしかないか。
そう思って歩きだした次の瞬間、
「あの、子役の荒牧スバルくんですよね?」
「ドラマ見ました」
背後から女性二人組に話しかけられた。
「あっハイ。プライベートなのでちょっと……」
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荒牧スバルの遊園地潜入ミッション
一.一般客にバレるな
二.一八時の門限に遅れるな
三.早急にカナタたちと合流せよ
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スバルはソフトクリームを購入し、日陰のベンチで食べていた。
「結局握手しちゃったなぁ」
────仕事じゃないときのファンサは極力控えてって言われてたのに。
「ま、切り替えていこう」
ソフトクリームを食べ終え、スバルは歩き始めた。
「カナタが行きそうなところと言えば……」
彼の目線の先には、園最大のジェットコースターがあった。
そこへ向けて足を進める。
道中、人でごった返すプールエリアが見えたが、
「まさかね」
と呟いて素通りした。『立場上あんなところへ入るわけにはいかない』という気持ちが、選択肢の一つを排除したのだろう。
一方その頃カナタたち。
「え、俺が滑るの? この高さを?」
「そう。ガンバ~」
彼らはプールに入っていた。
カナタとチハヤに関しては、二人ともウォータースライダーの上にいた。
「ほ~ら~。エイタくんもビスケくんもカエデちゃんも滑ったんだから早くして。なんなら、あたしが先に行ってあげようか?」
「どうぞどうぞ」
「……やっぱやめた。特等席でカナタの悲鳴を聞いてたいしね」
「あ~無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理」
「ラップゴッドか、早く行けぃ!」
チハヤに足で押される形で、浮き輪に乗ったカナタはスライダーを滑り出した。
その際に発せられた悲鳴は、遊園地を取り囲む山々の間をこだましていった。
そして当然ながら、それはスバルの耳にも届いているわけだ。
「今の悲鳴、もしかして……いや、気のせいか」
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────どうしよう。どこにも見当たらない。もしかして帰ったのか?
ジェットコースターやバイキングの辺りをぐるぐる三周したスバルは、コーラ片手にベンチで項垂れていた。
「そうだ」
────高いところからなら見つけられるかもしれない。
と、思い観覧車に足を運んだのだが、
「臨時運休……」
とのことだったので行き先をジェットコースターに変更した。
変装のためにつけていた帽子やサングラスは外さなければいけなかったため、代わりに前髪を極限まで下ろしていざ乗車。コースターはゆっくりゆっくり昇っていく。
「さてと、どこにいる?」
瞳の真ん中辺りまである前髪を掻き分けて園内を見渡す。パッと見では分からないので目を凝らして一ヵ所一ヵ所眺めていく。
だがそれができた時間も長くなかった。
コースターはレールを滑って降下し始めた。風が顔に吹き付けて、前髪が翻る。
「えっ、荒牧スバル!?」
隣に座っていたおじさんが声を上げた。幸いにも、風がそれを掻き消してくれたので周りにバレることはなかった。
「しー」
それからも上がって、下がって、回って、乗り場に着いた頃には胃の中が掻き回されたような感覚に陥った。
「トイレ……トイレ……」
コースターを脱出し、そのままおぼつかない足取りで手すりを掴む。
帽子とサングラスを忘れていたことを係員が教えてくれなければ、あわや出た先で身バレをするところであった。
この遊園地のジェットコースターは、先の乗客が完全に乗り場から退場してから、次の乗客を乗せるやり方である。
「俺これ大好きなんだよね。力学的エネルギーを肌で実感できるし」
「へぇ。お前ジェットコースター好きだったのか」
「そりゃもう。と、言ってもこれしか乗ったことないけど。みんなはどう?」
「俺はまぁまぁ」
「エイタに同じ」
「あたしはそこまでかな。小三の時にこれ乗ってゲロったのが苦い思い出。二つの意味で」
「アレが苦いかどうかは、微妙なところじゃない?」
「チハヤ、忽那さん、その話は今やめて」
そんなことを話しているうちに安全バーがロックされ、ジェットコースターは恐怖の瞬間へ向かってカタカタと進んでいった。
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「ジェットコースターでは探せなかったな」
今度こそはと、絶叫系以外で、高いところに上がっていて、尚且つ安定している乗り物を探す。
ジェットコースターや観覧車がある「上のエリア」には条件に当てはまるものが無かったので、エントランス付近の「下のエリア」にやって来た。そこで、ようやく見つけた。
「スカイカート……これなら!」
今度は高さ一〇メートル弱のモノレールの上を、電動で動く車型カートに乗って進むアトラクションをチョイスした。
ガラガラに空いていたので階段をかけ昇り、フリーパスを掲げながら乗り物に乗り込む。
「いってらっしゃいませー」
係員のその声で乗り物は動きだし、「下のエリア」を空から一周するドライブに出発した。
「さてどこだ~?」
上から見回すと、子供や若者の客で園内が埋め尽くされていることがよく分かる。正直、この中から見つけるのは困難かもしれない。
「これじゃ誰が誰だか分からないな」
少し身を乗り出して捜索を続けていたその時、ちょうど下にいた小さな子供に指をさされて
「あ、ぼくあのひとしってる!」
と、叫ばれた。
「こら、指ささないの。どこで見た人なの?」
一緒にいた母親が聞いた。
「テレビ! おなまえは、えーっと……」
────やばい。
名前を呼ばれて注目を浴びてしまってはどうしようもない。
スバルはスッと乗り物の中に縮こまって身を隠す。
そうしているうちに乗り場まで戻ってきてしまった。最後の最後まで名前を呼ばれることは無かったが、後半の捜索は叶わなかった。
────もう一周したいところだけど……
スバルの財布の中には、千円札が残り一枚と乗り物券が三枚。スカイカートに乗るには五枚が必要なので、節約のためにも断念した。
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「バニラのソフトクリーム、一つ」
ああいっておきながら、スバルは再びソフトクリームを購入していた。
「あなた、今日三つ目ね。うちのアイスは美味しいでしょう?」
店員のおばちゃんに話しかけられた。
「はい。それに僕自身、家の事情でアイスはあまり食べられないもので。物珍しさで爆食いですね」
「あら、厳しいお家なのね。────はい、こちら商品です」
「ありがとうございます。多分また来ます」
「楽しみに待ってますからね~」
ソフトクリームを受け取ったスバルは、再び「上のエリア」に向けて足を進める。
店から百数メートル、ボーッと歩いたところで、ハッと思い出したように溶けかけたソフトクリームに舌を伸ばす。
その時だ。何メートルか前から、小さな子供の泣き声が聞こえた。
何かあったのかなと、スバルは目を向ける。泣いていたのは、さっきスカイカートで見た男の子だった。
「どうしたの?」
すかさず駆け寄って、目線を合わせて話しかける。
「ママとはぐれた……」
────迷子なのか。
「そっか。じゃあ、お兄ちゃんと一緒に探そう。────アレルギー……『これは食べちゃダメ』って言われてるものはある?」
「ないよ」
「じゃあ、はい。ソフトクリーム食べて良いよ」
「……ありがとう」
男の子の顔に、少しだけ光が戻った。
二人は手を繋いで園内を、男の子の母親を探して歩く。
────母親の顔はさっき見たから分かるはず……
「ねぇおにいちゃん」
「なんだい?」
「おにいちゃんって、コヤクのあらまきスバル?」
────バレてたーーっ!!
「イヤッ、チ、チガウヨ?」
彼の目は泳ぎに泳いでいた。いくら名子役でもポーカーフェイスは得意じゃないのか。
「でもおにいちゃんのおかお、おとといテレビでみたよ」
「────そうだよ。僕が荒牧スバル、本人」
「やっぱり! あとでおしゃしんとって!」
「……いいよ」
そう返事をして足を一歩前に出そうとしたその時、背後から女性の「ユウタ!」と叫ぶ声がスバルの耳をつんざいた。
「へっ?」
振り向いた目線の先には、スカイカートからみた男の子の母親だった。彼女は男の子の体をスバルから引きはがして抱きかかえた。
「うちの子をどうするつもりだったんですか!」
「どうって迷子で……」
そう訴えても、母親の瞳に映っていたのは、帽子を深く被ってサングラスを着用した「いかにも」な不審者の男に変わりは無かった。
騒ぎを聞きつけた野次馬も増えてきた。
「ママ、おにいちゃんわるくないよ。だってぼくにアイスくれたもん。それにおにいちゃん・・・」
「アイスで釣って誘拐ですって!? 係員と警察に通報しなきゃ……」
男の子の声を遮った母親はカバンの中をかき回して携帯を取り出す。
────この手は使いたくないけど……仕方ない。
「実は僕・・・」
「スバル?」
その時、スバルの背後から彼の名を呼ぶ者が現れた。部活動でともに切磋琢磨する仲間の声で。
彼はすかさず振り返る。
「カナタ……!」
そこには、スバルを誘うことに失敗したカナタをはじめとした、チハヤ、エイタ、ビスケ、カエデの五人がいた。
「どしたのその人。知り合い?」
「この感じからして、そんなわけなさそうよ、チハヤちゃん」
「チハヤ、カナタ。僕の潔白の証明に協力してほしい」
「? いいけど……」
「まず何があったか、教えて」
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「誘拐犯に間違われてるぅ!? そんなことあるんだ」
「この帽子とサングラスのせいだとは思ってるけど……」
「分かった。協力するね!」
話を終えた三人は、改めて親子へ顔を向ける。
「実は僕……子役の荒牧スバルなんです」
そう言うと同時に、彼は帽子とサングラスを外して素顔をさらけ出した。
「ウソっ、本物!? いや、本物な訳ないわ! そっくりさんよそっくりさん! それで騙してこの子を連れ去ろうとしたんだわ!」
「こいつが本物の荒牧スバルだってことは、俺たちが証明します」
「あたしたち、こいつの同級生で、部活も一緒なんです。一年くらいの付き合いなんですけど、こんなことするような奴じゃないです」
その言葉を聞いても、母親の顔はまだ「信じられない」と言いたそうだった。
「極めつけの証拠に、これを」
スバルはスマホに保存していた一枚の写真を見せた。
「俳優の桑部ソウジとのツーショットです。フェイクではありません」
そんなものまで見せられては、もう本人だと信じるほかなかったのだろう。母親は「悪かったわね」と吐き捨て、ばつが悪そうに去って行った。
しかし騒ぎはまだ収まりそうもない。そこでカエデが声を荒げた。
「オラァ全員捌けろ! 見せモンじゃねえぞ!!」
その声で野次馬も去って行った。
「みんなありがとう」
「いや俺とビスケはなんもしてないから」
エイタが言った。
「ハハ。どーいたしましてっ。シューシューついてよかったよ」
「あの、それでだけどスバル……一つ言いたいことがあるんだ。────あの時はごめん」
そういうと同時にカナタは頭を下げた。
「箱根の時、撮影の邪魔してごめん。言い訳は何もしないよ」
「────いいよ。もう気にしてないし、なんとかオンエアはできたから。それに、カナタは教えようとしてくれてたんだよね。猛獣熊のこと」
シャークデーモンの世間での扱われ方に少し違和感を覚えたものの、それがJNIAの工作だということは、カナタはすぐに分かった。
「……ありがとう。じゃあ、遊ぼうよ!」
「だね。行こう!」
カナタとスバル、二人を先頭に、彼らは再び遊園地にむけて繰り出していった。




