3-10 帰る
心地よい暖かさを持つ柔らかな光が、瞼に降り注ぐ。
────ん……体の節々が痛い、重い……
もう少し、寝ていよう。
身体中の神経が徐々に力を取り戻していく。掌を生暖かく、柔らかい物が包んでいるのが分かった。
「─ナタ……お─い、──て……」
優しげな、今にも泣いてしまいそうな少女の声が耳に届く。
「無─で─っ──れ……」
今度は、何かを切に願う青年の声。
────呼ばれてる。
「回復魔─でどうにかで─ねぇのか?」
「意識──は無─だと何回言わ─るんですか」
────どこかで、誰かが、俺を待ってるんだ。
もう、いかなきゃ。
深い水の中からゆっくりと、虹色に光る水面に向かって浮上する。
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一三時三四分、春晴カナタは病院のベッドの上で目を覚ました。
「カナタっ! 分かる?! 私、マキナ、分かる?」
「……うん」
「────良かったぁぁ…………」
マキナの目から大粒の涙がたくさん流れ落ちる。
他の三人も同じように涙を浮かべている。唯一ゴルダンだけは背中を向けて涙を隠していた。
「私、タイチさんたちに知らせて来ます」
「僕も行こう」
「オレも」
「……じゃあ私も」
「うん、みんなお願〜い」
四人がいなくなったタイミングで、カナタは電話をかけた。
「……あ、部長。今いいですか?」
『いいよ。一昨日ぶりだね、今回は何の用?』
「ちょっと、聞きたいことがありましてね。……ヒーローって、何を持ってしてヒーロー、なんですかね」
少し沈黙。そして、
『う〜ん……難しいな。ヒーロー観というのは人それぞれだし……。あ、でもこれだけは言える。誰かのために、自分からすすんで善い行いをすること。弱い者いじめに立ち向かう、なんてのも立派だけど、小さなゴミを拾ったり落とし物を届けたりするのでも、ヒーロー足り得るんじゃないかな』
「ありがとう、ございます…………で、続いてなんですけど、ヒーローって、救えなかった人がいる時、本当は救うべき人のことを救えなかった時、どうするん……ですかね」
また、沈黙。
『……これまた難しい問題だ』
「ごめんなさい。部長なら、何か、分かってくれるかな……って思いまして」
『――――そのヒーローは、後悔しているかい?』
「後悔……?」
『後悔ができるなら、まだ希望はある。なら次は助ければいいじゃないか。特撮でも似たような話はいくつかあってね、その度にヒーローは後悔して、二度目を生まないように改善し、努力する。後悔を燃料に前に進む、というのも時には必要だよ。なら、カナタくんの言うヒーローも、それで良いんじゃない?』
「……そうですね」
『悩みは解決した?』
「ええ……まぁ」
『そう。じゃあ切るよ』
「はい。ありがとうございました」
カナタは、両手を広げて、再び横になった。午後の日差しがひたすらに、眩しく思えた。
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「シャークが死んだ……か」
「申し訳ございません。これまで二度の責任を取って幹部の座を・・・」
「いらん。お前を解雇したからといって何になる。シャークが蘇るのか? 春晴カナタ共がすぐに死ぬのか? 否、あり得ん。それに、お前と同レベルの腕を持つ者はそう居ない。気軽に捨てようとは思わんな」
「────! ありがとうございます! なんとお礼申し上げれば良いか……」
横に立っていたジャイゴが口を開く。
「あ、だけど勘違いはすんなよ。無罪放免って訳じゃないから。予算に、人員、少なからず使ってるし」
その他の話を終えて玉座の間を後にする直前、スピカは「最後に」と魔王に呼び止められた。
「もうすぐデイノケイルスが戻る。新たな手駒を連れてくるそうだ。だからな、また強化改造を頼む」
「お任せください!」
スピカが向き直って膝をつくと、扉は閉まった。
その直後、魔王は咳き込み、勢いよく吐血する。
「魔王様。やはり調子が……」
「あぁ。中で奴が暴れている。終わりが近いのかもしれん」
再び青い血を吐く。咳と目眩が止まらない。
────もし、この身体が奪われようものなら、本当の意味での終末が……やってくる。
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「後処理は全部こっちでしておくから、安心して帰ってほしい」
既に日が半ば傾いている頃。検査を終えて退院の準備を進めているカナタに、マコトが話しかけた。
「うん、ありがとうございます。もう一回聞きますけど、最後の戦いでの民間の被害はゼロだったんですよね?」
「ああ。何とかね」
────騒ぎを聞き付けて押し寄せた人たちで一波乱あったことは、別に言わなくてもいいか。
「……よし。準備も終わりましたし、行きましょう。みんなが下で待ってますし」
二人は並んで病室を後にした。
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一階の待合室には、セルア達と両親、JNIAの三人が待っていた。
「お疲れみんな」
「そっちこそ。ったく、心配させやがって。目が覚めたら『お前が意識不明になって病院に運ばれた』って聞かされたもんだからさぁ」
あの戦いに往く前、『決闘のことを二人に離したら絶対に止められる』と踏んだカナタは、ラーシャに頼んでタイチとサユコを眠らせていたのだ。
「ごめんって。それ聞くの三回目だから」
「それにだぞ、母さん泣きじゃくってたんだからな。この罪は重いぜ?」
「分かった分かった。ここに溜まっても迷惑だし、出ようよ」
病院を出て、『後始末』のために箱根へ戻るJNIA一行と別れ、タイチに先導されるように西へ向かって歩きだした。
「それでだけど……俺らどうやって帰るの? 車ぶっ壊れてるし」
「安心しろ。一八時に小田原駅発のバスとった。一時間あるからボチボチ歩けば着くぜ」
「新幹線じゃないんだ」
「ギリ今日から事前の予約必須期間だったからな。それがなきゃ新幹線選んでたよ」
「あ~それね、CMしてたやつ。なら仕方ない。で、今何時だっけかな……っと」
指紋認証でスマホを開き、目に入った時刻にカナタは目を丸くする。
「あっ、あのみなさん、コレヤバいです」
「何がヤバいの?」
マキナが聞いた。
「現在時刻、一七時四五分です!」
カナタは振り返って、マキナの可愛らしいイラストと共に時刻が映るスマホのロック画面を見せる。
「うわっ! しまった!!」
その事を聞いて慌てて予約画面を確認したタイチは頭を抱えた。
「やっぱり私のこと好きだよね……?」
「……なるほど。そういうことなら走ろう、みんな!」
「「「おー」」」
その一声で四人は一家の前から風のように姿を消す。気付いた頃には数百メートル先を走っていた。
「は? 速っ」
「人に気をつけてねーーー!!!」
「待てお前ら! 俺がいねぇとバスは乗れねぇっての!」
「取り敢えず私たちも走りましょ」
一家も彼らを追って走り出す。
だが、乗り場のある駅前まで直線距離で約二キロ。実際の道に直すとそれ以上ある距離だ。並みの走りでは到底間に合わないだろう。
「待って……足、足痛い。一八時のはキャンセルして次の取ろうよ」
走り出して五〇〇メートルもいかないうちに、カナタの口から弱音がこぼれた、
「あーマジで悪かった。でもキャンセル料かかるし次のは二一時だし無理だ!」
「……分かった。かくなる上は……」
カナタは二人を家と家の間の細い道に連れ込んで変身。二人を背負って空へ飛び上がった。
「嫌っ。飛んでる!!」
「ほーら、俺にくっついてろ。怖くない怖くない。俺とカナタを信じろ」
コスモの背中に乗ったタイチは、同じく乗ったサユコに腕を回してしっかり抱き止める。
「ありがとう。あなた大好き」
「俺もだ」
「我が子の背中でイチャイチャすなー!!」
コスモは家や雑居ビルの上を飛び回って、小田原駅に向かった。
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「来た。タイチさーん! ここです!」
小田原駅の東口にあるバスロータリー。
一足先に到着していたセルアは、遅れて走ってくるカナタたち三人に手を振る。
「やっと着いた……」
退院したてにも関わらず、なんやかんやで一番動いたカナタは息を切らしながら立ち止まる。
「よし。全員いるな。じゃあ帰るか」
運転手に予約画面を見せたタイチを先頭に、彼らは家へ帰るためのバスに乗り込んだ。
入道雲がそびえたつ夕焼け雲を眺めながら、バスに揺られて、カナタは眠りに落ちていった。
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「はい……はい……いや、ですから残りの処理は我々伊豆地域の者達にお任せください」
夜も更けた頃、芦ノ湖畔の神奈川県道七五号線を歩きながら、雨宮はマコトと通話していた。
「はい。後は本部から正式な増援を待ちますので。では失礼します」
電話を切った雨宮は、前後左右に誰も見ていないことを確認し、森に足を踏み入れた。
二〇〇メートルも歩けば、探していた物は見つかった。それと同時に、彼のスマホに非通知の着信が入る。
「はい、雨宮です。たった今見つけました。……はい。ええ、所定の場所にきっちりと。そちらも報酬お願いしますよ? というか、私に攻撃なんてどういう教育をなさっているんですか? ……ま、今後ともご贔屓に。ターヴォさん」
電話しながら雨宮が拾い上げたのは、あの時シャークから分離した赤黒く輝くデーモンコアだった。




