3-9 ファイナルシャーク
雨の降りしきる箱根本宮。階段を上った鳥居の手前でシャークは、腕を組み仁王立ちで待っていた。
────まもなく一二時間が経つ。春晴カナタの姿はいつ見えるのだ。
**********
『じゃあカナタ、プランえっくすを始めよう』
「うん。任せるよ」
時を同じくして、行きの車内でラーシャに最大限の
『Incrementum valorum facultatum/能力値上昇』を施してもらい、マコトから連絡用インカムを貸与されたカナタは、雨に打たれながら決戦の地へ向けて足を前へ進めていた。
その様子をシャークは遠目ながらに確認した。
「来たか」
シャークは思い切り飛び上がり、カナタの文字通り目と鼻の先に着地した。
「そっちから迎えに来てくれたんだ。敵だけど、ありがとう」
「べっ、別にそんなんじゃないんだからねっ! あ゛っ?! なんだこれっ?」
────マサか、先の改造のエイ響か?
「ツンデレシャーク(笑) 映画会社に持ち込もうかな。そしたらお前、きっとスターだよ」
「煩い、黙れ」
「ごめんごめん。さ、約束の時間はもう過ぎてるし、そろそろ始めよ?」
カナタは雨に濡らされた口角を上げ、余裕があるような、覚悟の笑みを浮かべる。
「そう、するとしよう」
その言葉と同時にオーブリンクを行い、スライドを三回。大気中に待機音が響き渡るも、雨音がかき消していく。
『変身。』
右腕を真横に伸ばし、トリガーを引く。今回の変身は、いつもよりエフェクトも変身音も力強く感じた。
カナタの変身完了を確認した瞬間、シャークは息も吐かせぬ速さでコスモに襲いかかる。
────危ないっ!
その時、右腕が顔を守るように動いた。カナタが意識しないうちに、だ。
コスモはステップで後ろに下がる。
「ねぇニコーラー、何今の? なんか勝手に腕動いたんだけど」
『フッフッフッ、よくぞキいてくれましたね! これこそがセントウホジョAIであるワタシのシンのキノウ、その名も『オートガードⅩⅩ/ダブルクロス』です! ヤスんでいるアイダにトりモドしました! イマならふるぱわーをハッキできます!!』
「マジかよすげぇじゃん!」
────あれ? オートガードってセルアと被ってね?
『へへっ。 あっ、ミギふっくにキをつけて!』
その瞬間、ニコーラーの助言どおり、右フックがコスモの頭めがけて飛んできた。だが、コスモはしゃがんでちゃんと避けた。
「助かった! その調子で頼むね」
「おマカせあれ!」
両者一歩も退かぬ打ち合いが幕を開ける。
攻めては防ぎ、避けては攻めてを繰り返し、互角の戦いが繰り広げられる。
────このままジリ貧になるのは嫌だなぁ……
コスモは二ステップ後ろに下がり、トリガーを三回『チョウ・ヒッサツ/ショット・フィニッシュ・ショット』を放ち、シャークを中心に爆発的が起こる。
「やっぱり必殺技というより単なる大技だね。これからも使お~」
『レンパツはできませんよ!?』
**********
一方その頃、ロープウェイ乗り場の建物の上にマキナとゴルダンは待機、カナタの戦いを観察していた。
「おー。カナタよくやってるじゃねぇか」
「ね。今まで三回カナタの戦いを見てるけど、今回のが一番激しいわ」
「それに、『魔力持ちとの戦闘には魔力で対抗しろ』ってのが俺らの一般常識なところを、魔力ほぼ無しな以前に魔力に適応してねぇカナタが、あのレベルと互角に渡り合えてんのってハッキリ言って異常、才能アリどころの話じゃないぜ」
「魔力云々のこと、ゴルダン分かるの!?」
マキナの目は、いつになく丸くなる。
「魔術なるべく不使用主義の俺でも、それくらいは魔術教育受けてっから知ってるっての」
『とはいえ、何か別の力を用いて戦っているようですが……』
マキナの左手に握られたスマホから、ラーシャの声が聞こえた。しかし、その直後に『すみません』と言われ、声が聞こえなくなった。
~~~~~~~~~
セルアとラーシャは本宮裏の森に待機、というより何かから身を隠しているようだ。
『あれ? ラーシャ、どうしたの?』
急に声が途絶えたラーシャのことを心配したマキナの声が、グループ通話越しに届く。
「代わった。すまない、近くに魔王軍の偵察用小型モンスターがいてね。二人も気をつけて」
木の影から体を出したセルアの目線の先には、血のような紅色の、まるで眼球のようなモンスターが浮遊していた。
『うん、
~~~~~~~~~~
わかった。ありがとう」
そう言った途端、マキナは自信の体が揺れる感触に襲われた。それがゴルダンによるものだと気付いたのはすぐだった。
「何? 揺らさないでほしいんだけど……」
後ろを向いて青ざめているゴルダンの顔が見えたので、マキナも後ろを振り返る。
するとそこには、血のような紅色をした眼球のようなモンスターが浮遊していた。
見つかった事実を悟ったマキナは、絶望と猛省で言葉を失った。
次の瞬間には、眼球は横向きに裂け、牙が乱雑に生えた口が露になり、そのまま警報音のような大声を発した。その声は箱根中に響いていく。
**********
「何の声!?」
「どうやらお仲間が見つかったようだな。一騎討ちを宣言しておきながら仲間を連れ来て、挙げ句このザマとは、どこまでも卑怯で無様な男だな」
「どうせそっちも偵察要員連れてきてたんでしょ」
────うわぁ゛ーっ! プランⅩがぁーっ!!
「もうおあいこでいい、じゃんっ!」
その声と同時にコスモは上段蹴りを繰り出す。顎に入った。続いてもう片方でも……しかし、それは体に触れる直前に防がれた。コスモの左脚は一八〇度半円を描くように回され、腹に重たい一撃。
でも、コスモはこれしきでは折れるヒーローではない。
彼は再び駆け出す。右、左、右、シャークの体に撃ち込む。少し怯ませたところでシャークの体を上下逆さまに抱え上げて脚をがっちり掴み、その状態から勢いよく座り込んでシャークを頭から地面に叩きつける、パイルドライバーが決まった。
その際コスモは地面に力一杯、ねじ込むように押し付けた。
シャークの体は、足だけが出た状態で地面に突き刺さっている。
「わー。『犬神家の一族』だー」
その声は棒読みながらも、どこか笑いがこもっていた。
だが気絶しているというわけでも無さそうで、『liquefactio/液状化』で復帰されるのは時間の問題だろう。
────金的でもしとこっかな。でも先に連絡連絡……っと。
「セルア。プランⅩ 潰えたからプランYに変更で」
そうニコーラーの通信機能越しに呼び掛けるも、向こうからはノイズ音が聞こえるばかりだ。
「あれ? セルア?」
────何かあったのかな?
コスモはふと上を見る。やけに大きい羽音が聞こえたからだ。
しかし、よくよく見てみると、羽音を出していたのは翼の生えたデーモントルーパーだった。
「何あれ気色悪」
彼らの向かう方向にも注目してみる。すると、彼らはマキナとゴルダンが待機している建物の上に群がっていた。
「待って嘘でしょ。何が……!」
コスモはシャークのことは一旦置いておいて、マキナ達の助太刀へ向かう。しかし、走り出してすぐに目の前にシャークが地面の中から現れた。
「どこへ行こうと言うんだ。仲間が不安か?」
「その通りだよ!!」
────どけよ、そこ!
『チョウ・チョウ・チョウ・ヒッサツ!』
コスモは後ろ向きに大きく飛び上がり、
「ハァーッ、ハッ!!!」
チャージが完了したチェンジャーのトリガーを、怒気を込めて引く。
『ショット・フィニッシュ・ショット・フィーバー!!!』
シャークの体は爆散し、彼の頭部のみがコスモの足先に落ちた。
「あっさり……殺れちゃった……?」
そんなことを考えすぎている場合じゃない。コスモはマキナ達二人がいる建物に向けて跳ぶ。
「まだ……まだ、だ……────────」
肉体と断絶されたシャークの頭は、事切れる寸前に不敵な笑みを浮かべた。
**********
「Congelare/凍れ。fulmen/雷撃。Fluctus aquae asperae/荒波水流……」
「古式武闘術五番:回転脚撃!」
持ち前の魔法と武術で、襲い来るウイングデーモントルーパーを撃退し続けるマキナとゴルダン。しかし、倒したらまた新しく召喚されるというループに陥っていた。
「もぅ! いつまで出てくるのよこいつら!」
「埒が明かねぇぜこれ。セルアたちはまだ連絡つかねぇのか?!」
「まだだめよ。かけ直そうとしても繋がらないわ」
────万事休す、まではまだ流石に余裕があるが、このままジリジリ削られるか……もうスポドリも残り少ねぇ……!
いや、諦めるな。勝つことだけを考えろ。戦士、ゴルダン・クロルド!!
「古式武闘術十一番:四八超だ・・・」
そう言って攻撃に移ろうとしかけたその時、空からウイングデーモントルーパーの頭を次々撃ち抜きながら、コスモが現れた。
「二人とも無事?」
「うん、助かったわ。シャークは?」
「なんか知らないけど、ジョンソンを倒した時の必殺技であっさり倒せちゃった。それでだけど、そっちはセルア達に連絡つく?」
「いや、無理だ。さっきからマキナが何回もかけ直してるが、一向に繋がる気配がない」
「────なるほど。じゃあ俺はそっちを・・・」
「私が行くわ。万が一、セルアがやられているってなると、相手はとても強いはず。カナタは奴と戦った直後だし、疲れてるでしょ?」
「了解。任せるね」
するとその時、どこからか引っこ抜いてきたであろう丸々一本の木を、ウイングデーモントルーパーがマキナに向かって投げつけた。
「ナイスデリバリー!」
それを華麗に避けたマキナは、携行しているスポーツドリンクを一口飲み、口を開く。
「ぷはっ。『発動:volatus intermediarius/媒介飛行』」
その言葉で、彼女は投げられた木と共に空へ飛び出した。サーフィンのポーズでバランスを取りながら。
「気をつけてねー!!」
見送るコスモも、敵をさばきながら手を振った。
**********
セルアとラーシャが待機しているはずの森の少し手前で、マキナは地面に足をつけた。
────この先に二人がいるはず。お願い、無事でいて……
人工の明かりはもちろんのこと、月の明かりも雲が覆い隠す暗い森の中を進む。
七〇メートルほど進んだところに斜面があり、マキナはそこを駆け降りる。
「Visio nocturna/暗視」
二〇〇メートルぐらいあるともなれば、足は疲れるし、それなりに勢いもつく。平地に差し掛かる直前で斜面を蹴って、平地にローリング着地。すると、背中に生温かい液体が触れた感覚がした。
────えっ……?
最悪の状況を思い浮かべながら、マキナは振り返る。そこにはぱっと見では分からないが、何かが溜まっていた。吐き気を催す鉄の匂い、そして先ほどの生温かい感触から、十中八九血液溜まりであるとマキナは判断する。
しかし、「最悪の状況」には至っていなかったようで、死体はおろか、引き摺られた血液痕は確認できなかった。
「無事……とはいくらあの二人でも言い切れなさそうね」
駒ヶ岳と箱根山の間のV字の谷。ハイキングコースとなっている山中を、二人を探して駆け回る。
「セルアー! ラーシャーっ! いたら返事してー!!」
「────うーん……うーん……」
マキナが叫んだすぐそばから、男の呻き声がした。
「あっ、大丈夫ですk……ってセルア! 大丈夫?」
「うーん……アレを……スポーツドリンクを……」
「なるほど魔力切れと……ひどい傷ね。私の飲みかけでよかったら、はい。Recuperatio corporis/肉体回復。弱いけど我慢してね」
スポーツドリンクを手渡したマキナは、両手を突き出してセルアの傷口をじわじわと癒していく。
「ありがとう……」
蓋を開け、セルアは一気に五口喉に流し込む。
「あ゛ぁ゛……はぁ。生き返ったよ」
「良かった。ラーシャは?」
「今もどこかで戦っているはずだ。死んでいなければ……」
「もう! 縁起でもないこと言わないでよ!」
刹那、轟音と共に空を一本の白い光が貫いた。
「今のって……」
「ああ、きっとラーシャだ。位置は補足した、行こう」
「うん」
二人は、光が見えた北西方向へ向かって走り出した。
**********
時を同じくして、ラーシャ。「radius clarus/ブライトビーム」を撃ち終えた彼女は、長い杖を両手で持って、息を切らしながら呆然と立ち尽くしていた。
────ハァ……ハァ……なんで……
「なんであなた、これを受けて生きているんですか!!!」
彼女の目線の先。そこには、先ほどカナタが倒したはずのシャークデーモンと全く変わらない存在がいた。
「何度も言わせるな。お前と俺とじゃ力量の差が大きすぎる、それだけだ」
────確かに、今回の此奴にはまともに『alores numericos facultatis visualiza/能力値可視』が反応しませんね。
彼女の眼に見えている『Puncta facultatis/能力値』の画面には、全体的にモザイクがかかったようなものしか映っていなかった
「そういうことだ……よ!」
全身どこにも力が入らない。このまま、奴の拳に潰されて終わってしまうのだろう。
「死」の一文字が、ラーシャの脳内を何度も横切っていく。
────ごめんなさい……仇、討てませんでした。
もう大人しく受け入れてしまおう。彼女は目を閉じた。
「危なーい!!」
今にもラーシャの顔面に到達してしまいそうだったシャークのヒレ拳を、横からコスモが片足で蹴り飛ばす。
「カナタくん!? 生きてたんですか!?」
ラーシャの発言には、カナタは知り得ない裏事情があった。
偵察用小型モンスターがマキナたちを発見して大声を上げた時、彼女たちのところへシャークが襲い掛かって来ていた。その時、奴は確かに「春晴カナタはたった今殺した」と言っていた。実際、その言葉は何度も頭の中で反響したし、セルアも激昂して剣を力一杯振った。だが、春晴カナタは生きていた。
「勝手に殺さないでよ! ここは一旦下がってて」
「はいっ」
遠くからゴルダン、セルア、マキナの声も一緒に聞こえてくる。
「やっぱレイドバトルになっちゃうか」
スポーツドリンクと回復魔術で調子を取り戻したラーシャも加わり、彼ら五人は横一列に並び立った。
「まず聞かせて。なんでお前生きてんの?」
「……こういうことだ」
シャークがパチンと指を弾く同時に、彼の後ろ茂みが揺れた。次の瞬間、揺れの正体が姿を見せる。
「シャークの頭? 俺がさっき倒した時の」
最初に見せたのは首から上だけ。続いて下半身も茂みの中から登場する。
「いやちがうわ……アマリタウロスの、亜種?」
アマリタウロス・・・ケンタウロスとは対をなす、上半身が馬で下半身がヒトの、ファンタジーワールドに出てくるユニークなモンスター。詳しい見た目は『ケンタウロス 余り』等でググってほしい。
それの「上半身(頭?)がシャークデーモン」バージョンが、コスモ達の前に姿を見せたのだ。
「は? は? どういうこと?」
「よく頑張ったな」
アマリシャークタウロスを抱きかかえたシャークデーモンは、それを自らの首元に押し込み、融合させた。その見た目は、さながら「フタマタノシャーク」といったところだろうか
「何あれ。『ダブルヘッド・ジョーズ』のつもり? 流石にキモい……」
「より化け物らしくなったじゃないか。どんなカラクリを使ったんだ?」
「簡単な話。再び改造を施していただいたワケだ。この姿なら……より、魔王様のご要望にお応えできてしまうぅぅぅぅぅぅ!!!!」
シャークは狂ったように空へ咆哮を響かせた。戦いが始まろうとしている山内はおろか、箱根全体に死や絶望への恐怖を孕んだ空気が伝播してゆく。
「しぶとい奴だなぁ」
コスモは耳を塞ぐジェスチャーをしながら前へ出る。
「仕切り直そうよ。そしてこれが、最後の戦い。ねっ」
**********
一方その頃、箱根山一帯を封鎖したJNIA。付近には警備用ドローンを飛ばし、本部から要請した補給人員を各所に配置、最新鋭の装甲車での見回りも行っている。
マコトとレイカはというと、共に元箱根で警備に当たっていた。
「雨も風も強くなって来たな……」
赤い誘導棒片手に、レイカはレインコートのフードを押さえる。
「そのせいでか知らないけれど、箱根本宮周辺のドローンのカメラが軒並み繋がらない」
「破壊されたのか?」
「可能性は五分五分と言ったところだ。奴ら側の勢力による破壊か、接続不調での切断か。なんにせよ・・・」
言いかけたその時、二人の耳に通信が入る。
『こちらS─-05緊─事態h─生!』
周辺を巡回していた装甲車から入電。雨の影響か、ところどころで言葉が途切れる。
「こちら月海。SD-05……いや雨宮さん。何があった?」
装甲車に乗っていたのは、JNIA伊豆・小田原・富士広域分局の雨宮だった。
『正─不明の生物に、屋─を叩かれて─す! 至─救─を───────・・・』
ついに通信が途絶えた。
「釘原、SD-05の現在位置は?」
「芦之湯近くの国道号をこっちに向かって来ている。行くぞ」
二人は車に乗り込み、作戦本部が置かれた元箱根集会所を出発。木々に囲まれた国道一号線を北上する。
しかし、別荘エリアを過ぎた辺りでSD-〇五からのGPS反応が消滅した。
「ウソだろ……消えたぞ」
「さっきまでの位置とスピードで推測できるだろ」
「確かにそうだな。やってみる」
レイカはタブレットを操作し、SD-〇五の進行位置を計算する。
「────出たぞ。場所は……マズい釘原、避けろ! 前だ!」
「えっ」
雨の降りしきる闇夜を、車のハイビームが照らす。その時照らしたのは、コントロールを失った装甲車。
「マジかっ────!」
次の瞬間、二台の車は勢いよく衝突。二人の乗る座席はエアバッグで敷き詰められた。
「生きてるか?」
「あぁ。なんとか……」
JNIA、箱根において二度目の自動車事故。これで今回の事件での損害車両は計四台にのぼった。
二人は横転した車から這い出て、もう一方の車両に近づく。勿論拳銃を構えながらだ。
「無事か!?」
マコトが叫ぶ。しかし、返事はない。
「おい、大丈夫か!? 返事をしろ!」
続いてレイカが叫んだ。すると、横転したSD-05が揺れ、その影から勢いよくシャークが飛び出してきた。
「なんでここにいるんだ! カナタくんたちと戦っているはずじゃないのか!?」
「フヒッ……フヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」
不適な笑みと鋭利な牙を浮かべながら、シャークはゆっくりと二人に近づく。
奴の猛攻に備えて、レイカは警棒を展開して構えた。
その時、北西の空が光った。
気を取られて余所見をしたその隙に、シャークは襲いかかる。
だが、レイカは牙を警棒で受け止め、もう片方の手に持っている警棒でシャークを殴打する。
蹴り飛ばし、警棒二本で交戦開始。マコトも慎重になりながらも発砲してレイカを援護する。
それから一分ほど戦った後、シャークは不意に動きを止め、全身を震わせた。
「……なんだ?」
謎の状況に、マコトも拳銃を下ろす。
「ウググッ アググッ」
────イカねば
シャークは北東方向にある森の中に向かって走り出した。
「待て!!」
「月海。先に雨宮さん達を助けるぞ」
「……だな」
「雨宮さん、津久呼さん、大丈夫で……」
横転したSD-05の方を振り返ったマコトは絶句した。車体からはガソリンが漏れ、壊れた部品が火花をパチパチと散らすその隣で、彼らは気を失っていたのだ。
────マズい。このままでは爆発して……!
同じことをレイカも察知したのか、二人は同時に走り出す。
SD-05に乗っていた雨宮を引っ張り出し、車から投げ出された津久呼の肩を持って引き摺り、事故車両郡から距離を取る。
三メートルほど離れたところで、ついに火花がガソリンに引火、爆発した。爆発の範囲ギリギリにいたマコトは背中に爆風を浴び、抱えていた雨宮と共に前に吹き飛ばされた。
「おい、大丈夫か?!」
「なんとか……」
地面に座り込んだ状態で、マコトは燃え盛る二台の車両に目を向ける。
「救助呼ぶか」
「消防もな」
**********
熾烈な戦いの続く山中。カナタ対シャークの一騎討ちから、セルア達も正式に交えた五人対シャークのレイドバトル方式に変更され、両者一歩も引かぬ状況である。
「Flammae iaculator/火炎放射!」
────これで三回目。三度目の大成を願うばかりね……
シャークは弱点の一つである炎に包まれる。しかし、結果は火傷を負った程度で奴にとっては無傷同然であった。
「なんで効かねぇんだ! よ!!」
────古式武闘術七番:上飛大殴撃ィ!
これでも、やはり与えることのできたダメージはそこまで多くなかった。
「効いてねぇって訳では無さそうなんだがな」
ラーシャは再び『Puncta facultatis/能力値』での視認に挑戦する。
「ぼんやりとしか視えませんが、奴の体力、攻撃力、素早さは先のジョンソンとほぼ同等。ですが防御力はそれなりに上回っているようです」
「固いだけなんだ」
「固いというより、軟らかくて攻撃が吸収されるような感じだ」
「あ~軟骨魚類だからかな。コイツに関係あるかどうかは知らんけど」
シャークは木々の間を蛇腹型をつくるように蹴って移動し、奥の真ん中にあった木を一段強く蹴り、体を丸め、ローリングアタックの姿勢をとって飛んでくる。
「鮫肌デスロール」
「山陰か!」
ツッコミながらコスモは避けた。
『サメのカイジンがワニのワザをツカったことと、サメをワニとヨぶサンインチホウのことをかけたつっこみですね!』
「解説いいから」
その時、遠くから「ご本体ー!!!」と叫ぶ声が聞こえた。その声は途切れることなく、こちらへ近づいてきている様子。
声の正体が茂みから姿を現した。またもやシャークの分身体で、奴もまた本体の首もとに融合し、「ミツマタノサメ」状態になった。
「また増えた!」
「うっわ『トリプルヘッドシャーク』……勘弁してよもう」
「これが! 俺様の真の力の姿だ」
「へぇ。何度強化を重ねようが、俺たちは勝つぜ。お前によ」
「悪いがお前達は後回しだ」
その時、シャークは勢いよく飛び出し、地面に潜る。五人の周りをとてつもない速さでぐるぐる回った後、コスモの真下から飛び出て彼を腹パン。上空へと吹き飛ばし、シャークも後を追って飛び立った。
「カナターっ!!!」
空高く打ち上げられたコスモは、身動きがとれぬまま何度もシャークに殴られ、蹴られる。
「うぐぅっ……ニコーラー、この装備って空飛べる?」
『トべますよ。ハンジュウリョクしすてむサドウ!』
その掛け声で足の裏の機構からエネルギーが発され、コスモは宙に立った。
────どこ行った?
シャークを見失ったコスモは辺りを見回す。
来た。真下から拳を付き出して、顎を狙って昇ってくる。
「危なっ」
顎狙いならば頭を後ろに傾けてしまえばいいのだ。
攻撃を外してもまたすぐに息も吐かぬ速さで攻撃が飛んでくる。
「はい。はい。ほっ。これでも喰らえっ!」
弾いて弾いて避けて回転蹴り。
────空気中のチリや原子、水分を『液状化』させて固めて浮いてるのか? いやでもそれ可能かな?
そんなことを考えていたその時だった。マキナが丸太にしがみついて空に上がってきた。
「私がここから援護するから、頑張って!」
「分かった!」
「邪魔が増えたな」
こうして、天空は二対一の構図になった。
ここからは解説する間も言葉を発す間もないほど激しい戦いが幕を開ける。
スピードアップした撃ち合い。木々が生い茂る山肌に近い場所では、引っこ抜いた木を使用して『液状化』からの『凝固』で、お馴染みのトゲ球攻撃や、文字通り「魚雷」な鮫型ミサイルでの攻撃が行われる。
だが、コスモが避けるかマキナが撃墜するかで、シャークの攻撃全てを防ぐことには成功していた。
だが、突如として事件は起きる。
マキナが気を失い、立っていた丸太から落下したのだ。
「マキナ!」
────計画通り。
~~~~~~~~~~
「これをやろう」
二度目の強化改造を終えたシャークは、スピカから一つの瓶を受け取った。
「これは?」
「濃度の毒性魔素を上手いこと調合したものだ。奴らも油断さえしていれば通用するだろう」
「ほぅ……」
「もしかすれば、箱根で取れる火山ガスから追加分が作れるかもしれん。足りなければ現地調達してくれ」
~~~~~~~~~~
「本とウニ役に立つとはな! 死ね! 魔術師女!」
そう言い捨てる声を背中で聞き、為す術なく落ちてゆくマキナを助けるべくコスモは向かう。
「なんで急に……!」
落下しながら空を泳ぎ、なんとかマキナの手を掴み、抱えることができた。が、今度はコスモの反重力システムが上手く作動しなくなり、浮けなくなった。
「なんでっ!? ニコーラー!」
『モウしワケありません。えねるぎーのゲンカイです』
「ウソ、そんなのあるの!?」
「ザコが」
不意の失敗を嘲笑するその声を耳にしたコスモは上を振り向く。
すると、シャークが上からパンチを構えて迫ってきた。
────ヤバっ
避けきれない。このままでは二人共々地面に勢いよく叩きつけられるだろう。
────考えろ俺。普段の勉強で培ってきた思考力をフル回転に……
その時、下の方に気配がした。狙われていない筈なのに身を震わせてしまうほど、冷たくも熱い、押し潰されそうなほど『強い』オーラ。
マキナをこの危機から脱させる方法が、カナタの脳内を貫いた。
コスモは抱えていたマキナの体を、その気配の方向へ向けて、思い切って投げた。
「セルア! お願い!!」
気配の主であったセルアは、飛んできたマキナをしっかり抱き止め、剣先を空へ斜めに向けて唱える。
「Ebrius et confusus/酩乱」
剣先から発された目に見えぬ魔術は、シャークを直撃。それによって「こんらん」し、自らの周囲を常に『liquefactio/液状化』させている状態になった。
「なんだっ! この状態゛は゛ぁ゛っ」
────魔力が制御できない!
「お前はここで死ぬんだよ」
僅かに残っていた最後のエネルギーを使って、コスモはほんの少し上へ飛び上がり、シャークを押さえつける姿勢をとる。
そのまま地面へ落下するも、『liquefactio/液状化』の影響で下へ下へと沈んでゆく。
数キロメートルも沈めば、マグマによる地熱はコスモのスーツ越しでも耐え難いものになっていた。
『カナタサマ! これ以上は危険です!』
「分かってる! だけど、ここで殺らないと!」
────殺らないと、関係無い人まで死んじゃうから。
コスモはより一層強く押さえつける。
「ぅっ、あああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ゛ア゛ア゛ア゛!!! ア゛ツ゛イ゛ィ゛ッ」
一際熱に弱いシャークの体は、所々焦げ、塵になり始めていた。
その時、シャークの体の中から赤黒く輝く物体が出てきた。その物体は上へ向かってふわりふわりと飛んでいく。
「────! あれ、あの時の!」
カナタの脳裏に浮かんだのは、文化祭の戦いの時にポータルから伸びた謎の手によって、今見たのと同じ赤黒い玉がジョンソンに埋め込まれる瞬間のこと。
────もしかしてアレが……
その時だった。
「あれッ ここどこだ!? くらいッ、あついッ、いたいィッ!」
「いきなりどうした!?」
なぜか先ほどよりも弱々しくなったシャークに、コスモは困惑していた。
その困惑の声に反応したサメ男は上を振り向く。
「だれッ!? やめて! ころさないでッ! お、おれまだ、しにたくない!!」
「えっ」
彼からは「敵意」というものが完全に消えていた。その上、「恐怖」し大粒の涙を浮かべていた。
その事に気付いたコスモはとっさに手を離す。だが遅かった。
サメ男の肉体は崩壊を始めたのだ。下半身から上半身へ、サラサラと粒子状になっていく。
「たす……けて……」
その声と共に彼の肉体は完全に消失し、爆発した。
それによって発生した衝撃波は『液状化』により液体と化した土や岩石を押した。巻き込まれたコスモの体には一気に力が加わり、吹き飛ばされる。
いくらスーツがカナタの身体を守っているといえど、これには耐えきれなかった。
内臓が押し潰されそうになり、視界が歪み、メットの内で鳴り響くアラート音やニコーラーの声も遠のいていく。
そして、その全ての感覚が消えるのは一瞬だった。
**********
同じ頃。セルア達四人は、コスモとシャークが共に沈んでいったその場所で、カナタの帰りを待っていた。
「マキナちゃん、調子はどうですか?」
「良くなってきたわ」
ラーシャの膝を枕にして横になりながら、マキナは解毒魔術で治療されている。
「まさか毒を使ってくるとはね。完全に想定外だったよ」
その時、地面が揺れた。体感では震度三ぐらいだろうか。
「わっ。揺れた」
「ったく、こんな時に地震かよ」
そのすぐ後だ。芦ノ湖の方向から低い爆発音がうっすら聞こえた。
「今の、絶対なにかありましたよね」
「念のためだ。行こう」
四人は森を抜け、遊覧船が停泊する桃源台港のそばの砂浜に辿り着いた。
「爆発が起きたのはこの辺りか?」
「……あ」
それを目にしたマキナは、思考が止まった。何が起きたのか分からなかった。なぜ、湖にカナタが浮かんでいるのか。
「Superficiem aquae congela/水面よ凍れ」
マキナはカナタのもとまで一本の氷の道を作り出し、急いで駆け寄る。
「カナタっ! カナタ聞こえる!?」
体を揺すって呼び掛けるが、返事は帰ってこない。
「退いてください。『Puncta facultatis/能力値』……マズいです……カナタ君息してません!」
全員の顔が、一気に青くなった。
「任せろ」
前に出たセルアは剣を置き、カナタの胸に手を置いて胸骨圧迫を開始する。
ラーシャも回復魔術で対応する。
「お、俺釘原さんたち呼んでくるわ!」
「頼みます」
────三人はカナタを助けるべく現在進行形で動いているのに、私は一人何をしているの? 回復魔術が弱いから、もう既に誰かがやってるからって、ただ突っ立ってるだけ? 違うでしょ。私に、今、できること……
次の瞬間、カナタとマキナ、二人の唇が触れ合った。
ただし、これは単なるキスではなく人工呼吸。彼女は必死になってカナタの体に空気を送り込んだ。
「お願い、生きて……頼むよぉ………」
彼女の瞳からボロボロと、大粒の涙が零れ落ち、カナタの頬を濡らした。




