2-17 入学試験と夏の始まり
終業式を終え、早くも多くの生徒が夏休み気分で足取りを軽くしている柳葉高校。そこに、下校する生徒たちの波に逆らって歩く少女の姿があった。
「あー、やばい。緊張してきた……にしてもこの坂、キツすぎない……?」
マキナの振り返る先、そして見上げる先には、柳葉高校名物「ヤナギバスライダー」があった。名前の由来は不明であるし、名前を付ける必要があるのかも不明である。
なぜ、彼女がこの坂を歩いて登ることになったのか、その理由は二〇分前にある。
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「う~ん。人が多すぎて、ここから先は危ないかしらねぇ……」
運転席で頭を抱えるサユコの目線の先には、猛スピードで坂を自転車で下る生徒や、一つの大きな塊になって歩く生徒がいる。というかそもそも、数え切れないほどの生徒がいるのだ。
彼らと接触してしまうことを恐れて前に進むことができないサユコを見かねたマキナは口を開く。
「ここからは私一人で歩いていきます」
「えっ? 大丈夫なの? 試験前に疲れない?」
「大丈夫ですって。一応魔力もスポドリもありますから」
「そうね……あ、でも人前で魔法は駄目よ!」
「分かってま〜す」
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「なんで……あの時……あんなこと言っちゃったんだろう……私……」
トボトボと歩いていたその時、足に何か当たる感覚があったかと思えば、地面のアスファルトが、気づいた頃には目の前に迫っていた。
その時、優しい声がマキナの耳に聞こえた。
「おっと。大丈夫です?」
倒れかけた彼女の身体を、一人の男子生徒が支えてくれていたのだ。
「あっ、ありがとうございます。お陰で転ばずに済みました」
「いえいえ。ところで、今日はどのような用でうちに?」
「編入試験を受けに。一三時からなんです」
「そうでしたか。では、俺が案内しましょうか? 校内はとても広いので、迷ったら大変ですし」
「いえいえ、大丈夫です。先日の夜に母と確認しましたので」
「それなら安心ですね。テスト頑張ってください」
「はい!」
マキナは満面の笑みで返した。
そして、二人は逆方向に歩き出した。だが、彼は立ち止まり、振り返って口を開いた。
「小鳥遊! 俺の名前は小鳥遊キイチです! 近々同じ柳葉の仲間になるかもしれないので、覚えていてください!」
それを耳にしたマキナも振り返って口を開く。
「私は春晴牧奈! 名前、覚えさせてもらいました。次は教室で会いましょう!」
二人の間に夏のすがすがしい風が吹いた気がした。そして彼らはまた、別々の方向へと歩いていくのだった。
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「はじめまして。春晴マキナさん。本日の編入試験の試験監督はこの私。占部カナエが担当致します」
教卓の目の前にある机に座ったマキナの前には、メガネをかけた茶髪の、いかにも真面目な女性教師が立った。
「はい。よろしくお願いします」
時刻は一二時五七分。後三分でテストは始まろうとしている。
「学園長と情報局の方から事情はお聞きしております。ファンタジーワールド、私も見てましたよ。特にアラベスク戦の最後のブライトビーム、あそこが一番かっこよかったです」
「いやいやどうもどうも。頑張った甲斐があったな〜 まさか、別世界の人まで活躍が知られてるとは思っても見なかったですし」
「……さて、もうすぐテストをはじめます。開始の合図があるまで中は見ないこと」
そう言ってサナエはマキナの机に数学の問題用紙を置く。
一三時まで、三、二、一……
「はじめ」
時刻は一三時ちょうど。マキナの戦いが始まった。
最初の科目は数学。小問集合、図や表を用いた問題、グラフの問題、証明の問題と続く。
また、今回のテストは入試の問題に定期テストの問題が組み込まれた、マキナ専用の特別なものとなっている。
……わかる。難しいはずなのに、わかる。次に書くべき数字が、次に書くべき符号が、わかる。次々に頭の中に浮かんでくる。
でも、どうしてもわからないところもある。そこは一旦飛ばして、最後に解くとしよう。カナタ曰く、『わからない問題に何分もかけて解けるはずのところが時間切れで解けなくなるくらいなら、分かるところを先に解いて取れる点を確実にしたほうがいい』らしい。
続く国語。やはり異国の言語、特に文法や古文漢文、漢字の部分はとても難しい。だけど、カナタと一緒に対策した自分は『ハイパー無敵』。そう思うことで何でもできる気がするし、なんだって分かる気がしてくる。事実、解答欄は全て正確な解答で埋められている。
その後も英語、理科、社会と続いた。問題を解く度に何度も何度も、カナタと勉強した時のことが頭の中にフラッシュバックした。
彼が丁寧に淡々と教えてくれた日もあれば、共に頭を捻った夜もあり、彼の方が先に疲れて寝落ちしてしまった日だってあった。
そうやりながら、その時その時に身に着けた事は、今こうして自分自身を助けている。
「そこまで」
時刻は一七時五〇分。主要五教科からなる入学試験は終わりを迎えた。
本来ならこの後面接があるのだが、先日の面談があったためか免除されていた。
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「ただいま」
マキナは迎えの車のドアを開けて後部座席、家に一度帰ってからついてきたのであろうカナタの隣に腰を下ろす。
「テスト、どうだった? うまくできた?」
カナタが聞く。
「バッチリ! 手応えあったし、何より楽しかったわ」
「それは良かった。今から結果発表が楽しみだよ」
「私も」
二人の談笑は家に着くまで、長く続いた。
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「なにこの車! デッカ!」
カナタのその声が夕空に響いたのは、帰宅してすぐのこと。春晴家の駐車場には、朝には無かったはずの黒のミニバン(新車)が停まっていたのだ。
そして、その声を聞きつけたタイチが「まってました」と言わんばかりの表情で出てくる。
「やぁやぁおかえり三人とも。マキナはテストどうだった?」
「バッチリです!」
明るく誇らしげにそう答えたマキナとは裏腹に、カナタとサユコの二人はどこか困惑している様子だ。
「ねぇ、父さん。この車何?」
カナタが恐る恐る質問をする。
「あ? 買った。念願の新車だ」
「買った!?」
「前の車は七人全員乗り切らなかっただろ」
「まあ確かにそうだけど……それで前の車は?」
「売った」
「でしょうね。父さん意外とケチだからね」
「倹約家と言ってくれ」
そんな会話を交わしながら、四人は家の中へ入っていく。
今夜もまた、他愛のない話で盛り上がり、各々床につくのだった。
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三日後、月曜日の午前一一時過ぎ。
セルア達四人は庭でトレーニングをしていた。
彼らの元いた異世界と比べると現実世界はあまりにも平和であるため、ついだらけ、平和な環境に甘えてしまう恐れがあった。それを予防するために、そしていつの日か来るであろう強敵との戦いに備えて、彼らは日々トレーニングに励むのだ。
その最中、門の外から「カタン」という音が聞こえた。その音をポストに何かが投函された音だとすぐに感づいたマキナは、駆け足でそこを確認しに行く。
門の扉を開けて左を見る。そこには走り去っていく郵便配達員の姿。今度は右を見る。そこにはポストからはみ出した大きな封筒。取り出して確認してみると、下部中央に柳葉学園の名があった。
「キタ! 結果キタ!」
彼女はウキウキな様子でリビングに戻る。それを他の三人も追いかけ、二階の自室から見ていたカナタも降りてくる。
そうしてリビングには、それぞれ買い物と仕事で出かけた夫婦を除いた春晴家に住む全員が集合した。
「開けるわよ……」
封を開け、中から合否が書かれた用紙を取りだそうとしているマキナの手は緊張で震え、心臓はいつにない速さで脈を打っている。
全員が息を呑んで見守る中、マキナは恐る恐る用紙を封筒から出したが、なぜか白紙だ。
「これ、裏返しになってませんか?」
ラーシャが指摘する。
「あっ、ほんとだ。じゃあ、改めて……」
せーの、はい!
『合格』通知書
受験番号 ────
氏名 春晴牧奈
あなたは令和七年七月二五日に行われた
特別入学試験に合格されましたので
ここにご連絡いたします。
令和七年七月二八日
柳葉学園高等学校 学園長 春晴紫音
「ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
マキナの歓喜の声が家中に響き渡る。緊張の空気が立ちこめていたリビングは一転、たちまちお祝いムードで満たされた。
「よかったな。マキナ」
「全部お前の努力の成果だ! よくやった!」
「よかったですね。マキナちゃん」
「頑張ったね。マキナ」
四人から労いの言葉を受け取って感極まったマキナの目には涙が浮んでいる。
「うん。ありがとう、みんな」
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その日の夜、一家は駅前の居酒屋に来ていた。さながら「一学期お疲れ様会」といったところだろう。彼らの座る店の奥に位置する座敷席の机には、各々のドリンクが置かれている。
タイチはビールが入った自分のジョッキを片手に持って口を開く。
「えー、まぁ。俺自身社長だけど、こういうのは苦手なんで簡潔に。マキナ合格おめでとう! そしてみんなも今日までの三、四ヶ月よく頑張りました。乾杯!」
「「「「「「乾杯!!!!!!」」」」」」
こうして、春晴家の摩訶不思議な日々に一区切りがつくのだった。
さて、もう既に夏休み。何をして、どこへ行こうかな。




