3-1 レッツゴー神奈川
夏休みに入ってから一週間と少しが経った日の早朝、カナタは大きな破裂音と共に目を覚ました。何があったのか、誰か怪我をしていないか、そればかりが頭に浮かんでくる彼は、破裂音の発生源であろう一階のリビングに急いで向かった。
「どした!?」
カナタの視線の先には、何かが爆散して大惨事になった電子レンジと、その横で涙目で立ち尽くしているマキナがいた。
「き、昨日のゆで卵をチンしようとして……」
「えぇ!? ゆで卵を? チンした? ……なるほどね……火傷とかしてない?」
「したけど、回復魔法フルパワーでかけてるからだいじょぶ……」
その時、騒ぎを聞きつけた他の五人が降りてきた。
「何事だよ朝っぱらから騒がしい……あぁ……なるほどね。それはもういいから、お前らとっとと支度しろ。混むぞ」
台所の惨状を見てもなお冷静にそう言い放ったタイチの手には、旅行会社で貰えるような、箱根旅行の冊子があった。
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不動台の自宅を出発してから約二時間が経ち、時刻は一〇時前。江の島近くの道路は大渋滞だ。
車内の面々はほとんどが眠りに落ち、セルアは持ってきたスナック菓子を口に運び、カナタとマキナは仲良くイヤホンをシェアして映画を見ていた。
────やっぱ近くで見ると……可愛い。可愛すぎて死にそう。滅。神。もう崇拝するしかない。
カナタは映画よりマキナの方に目が行ってしまっているようだ。そのうち、映画はハッピーエンドからのエンドロールを迎えた。
「あ、終わっちゃった。まだ動けないんですか?」
「だな。俺の見立てだとあと一時間ちょいは確実に無理か……」
「一時間……よしカナタ、もう一本いきましょ」
「了解。何見る?」
マキナはタブレットをスクロールし、数多くの映画の中から気になるものを探していく。スクロールし続けると、ある一つの懐かしい映画を発見した。
「あ、これ『ボルケーノシャーク』」
「あったねそういうの。マキナたちが転移してきたときに俺が見てたやつ」
「そうそう。あのB級イミフ映画よね!」
「イミフ映画言うな。ってかディスり方パワーアップしてね?」
「ん……まあまあ、久しぶりに見ようじゃない」
「マキナがいいなら……」
こうして二人は、再び映画の世界に入り込んでいった。
その仲睦まじい様子を、助手席のサユコは見ていた。
「なんだか、カナタにお姉ちゃんができたみたいね」
「あぁ、確かに。なんか『ぽい』よな」
────そもそも、なんで俺達がこうして箱根……まぁ今は江の島の海水浴場だが、そこに向かうことになったのかを、この春晴タイチが説明しよう。
俺達春晴家は毎年夏に何処かへ旅行をしている。去年は軽井沢、その前は沖縄、さらにその前は北海道だな。大体二泊三日で行ってる。
そして、どこに行くかは毎年ランダムだ。家族の誰かがダーツを投げて、刺さったところに行く。今年はカナタが投げて神奈川に刺さったから、箱根と江の島になったってワケだ。
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それから一時間と四五分後、一家はやっとの思いでコインパーキングを発見。駐車して各々の持ち物を手に取り、海水浴場へ向けて歩き出した。
大通りには安定してファミリーカーの行列、歩道にはカナタたちと同じくこれから海へ行こうと歩みを進める家族連れや若者グループやカップルの姿。皆夏を楽しもうと気分が上がっているのが、軽快な足取りから見て取れる。
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水着にコスチュームチェンジした五人は、片瀬東浜海水浴場に足を踏み入れた。江ノ島まで伸びる砂浜は、何度も朝の天気予報で見てきた光景だ。
「江の島、大空、海、マジ最高のロケーショ~ン。やばい、めちゃくちゃテンション上がってきた~」
その全てを吸収するかのように、カナタは腕を大きく広げて伸びをする。
「何気に、私たちは海に来るのは初めてですよね。噂には聞いていましたが、こんなにも雄大なんですね」
「僕は一回だけなら」と、セルアは人差し指を立てて言った。
「うちの国の首都は、超がつくほど内陸地だもんね」
「確か、大陸のほぼ中心地だったっけな……ま、細かいことは置いといて、泳ぐぞお前ら!」
そうしてカナタは先陣を切って海へ駆け出していき、それを追いかけるようにしてマキナ、ゴルダン、セルアの三人も海へ向かった。
そしてラーシャは、一人だけ貸しパラソルの下に敷かれたシートに座り、無邪気に笑う四人の姿を眺めていた。
「皆さん元気がいいですね」
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「みんな元気がいいわねぇ」
奇しくもラーシャとほとんど同じセリフを、海の家のテーブルに陣取ったサユコも発していた。
そこにタイチがやって来て、サユコとは反対側の椅子に腰掛ける。
「カレー頼んどいたぞ。あぁ……長時間運転で腹減りまくったぜ」
「フフ、長旅お疲れ様」
「お待たせ致しました。カレー四人前です」
注文していたカレーライスが到着した。だがその注文内容にタイチは違和感を抱いた。食事時にはまだ少し時間があるにしても注文から提供までの時間が早すぎる、というのもあるが、タイチが頼んだのは彼とサユコの二人前のみ。なのになぜか四人前が提供されようとしているのだ。
それを指摘しようと「あの」と顔を上げたが、そこにあったのは驚きの顔だった。
「く、釘原さんに月海さん。なんでここにいるんですか? しかも海の家のスタッフの格好で」
「皆さんの監視に決まってますよ。びっくりしましたよ、朝早くに大荷物を持って車でどこかに行ってしまうんですから。今度から旅行に行く時は事前に言っておいてくださいね。こちらも仕事なので」
「はい。今度から気をつけます。……で、頼んだのは二人分だけなんですけど…」
「追加の二人分は私と月海のです。折角ですし、一緒に食べましょう。あなたと同じで渋滞に巻き込まれて腹ペコなんです」
「そりゃ奇遇なもんですねぇ」
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その頃、自力では全く泳げないカナタは、
────日の光がきもちー。
なんてことを考えながら、浮き輪でプカプカと海面に浮かんでいた。周囲に浮かぶシャチやフラミンゴと、その上ではしゃぐ人々よりかは地味な絵面だが、ある事をして遊んでいるマキナたちにとっては一種のチェックポイントと化していた。
「ふ〜。休憩休憩」
どこからか泳いできたマキナはカナタの浮き輪に掴まって息を整える。
「? なにしてるの?」
「ここの海水浴場をぐる〜っと一周、みんなで競争してるの」
「すご~。さすが鬼体力異世界人」
「カナタもどう?」
「遠慮しとく。俺泳げないし」
「そっか」
その時、二人の後ろの方からものすごい勢いで水しぶきが立つ音が聞こえてきた。その方向に目をやると、セルアとゴルダンがほぼ互角のスーパースイミングバトルを繰り広げていた。
────ゴールまでもう少し!!
二人ともそのことしか頭にはなかった。
そして二人揃って同時にゴール……! と、カナタの浮き輪に触れたその時、カナタは二人の勢いとかけられた体重に耐えきれずに浮き輪ごと海に沈んでしまった。
「あぶっ……ごふぉぼぼ……」
何が起こったか理解しきれていないカナタは海水を勢いよく吸い込んでしまい、溺れている状態になってしまった。だがマキナたちもバカではない。そのため真っ先にカナタの体を掴んで水の恐怖から救い出した。
カナタは口の中に入り込んだ海水を吐き出し、大きくせき込んだ。
「大丈夫?!」
「本当にすまなかった。息、できるかい?」
「うん……大丈夫……ゲホッ」
「マジで悪い。勝負に夢中になっちまってた」
「もう気にしないで。二人が悪気ないのは分かってるから。一旦陸に戻ろう、耳に海水、口にしょっぱさ、鼻の奥から潮の匂いじゃどうしようもないよ」
「そうね。カナタは浮き輪に掴まってて。私、押すから」
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「それで、日下部首相の言ってた『国際衛星条約』って一体なんなんですか?」
「それは世界中の宇宙系企業と米軍が合同で開発した、惑星防衛用大型人工衛星の運用の・・・」
タイチとマコトはソフトドリンクを片手に、今話題の政治についての話に花を咲かせていた。ニュースを聞くだけでは難しい内容でも、国家機関に所属するマコトに聞けば答えられる範囲で分かりやすく教えてくれる、らしい。
その隣ではレイカが二杯目のカレーライスを食べ進めていた。
「レイカちゃん、よく食べるのね」
「ええ。恥ずかしながら、幼いころから大食いなもので」
「大食いなのは元気な証ね」
「恐縮です」
そこに海から引き上げてきたカナタたちが戻ってきた。
「カレーのいい匂いだな〜って、釘原さんと月海さん、なんでここにいるの!?」
「君たちの監視。この後の旅行にも帯同させてもらう予定だよ」
「へぇ〜、ご苦労さまです」
そこにタイチが「それで、」と割って入った。
「なんか食うか? 腹が減る頃合いだろ」
その言葉に示し合わせて返事をするかのようにカナタの腹が鳴った。
「そうみたい。じゃあ焼きそば食べよっかな」
「お前らも座れよ。どうせ腹減ってんだろ? 食べたいもの言いな」
「では、お言葉に甘えさせていただきますね」
四人は壁に張られたメニュー表を見回し、食べたいものを口々に言い始めた。
「私、カキゴオリってやつ食べてみたい」
「俺はカレーで。月海さんの見てたら食べたくなっちまった」
「ここのは大丈夫だと信じて、私はたこ焼きを」
「僕は大丈夫です。体質的にもあまりお腹が空かないので」
「カナタ焼きそば、マキナかき氷、ラーシャたこ焼き、ゴルダンカレー、セルア無し……店員さーん! 注文いいですかー!?」
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食事を終えた五人は「食休み」なんて言葉を忘れ、マコトも交えて再び海へ繰り出した。
「釘原ぁ! 私たち今仕事中だぞ!」
「至近距離で見てられるから良いだろう別に!」
「はぁ……賢いのかバカなのか、分からない男だ」
仕事そっちのけではしゃぐマコトにそう愚痴をこぼしていたレイカは、カナタやマコトらの向かう先に人だかりができていることに気づいた。
何をやっているのか気になってレイカも彼らの後を追って人だかりの方へ行ってみると、そこでは『飛び入り歓迎! ダブルスビーチバレーボール大会』というのぼりが立っていた。
「はっ? おい待て! まさかそいつらを…」
『ここで飛び入り選手の紹介です! 七王子市からお越しの春晴牧奈&羽柴誠也ペア!』
司会役が二人を紹介すると、周りの観戦者たちから歓声が湧き上がる。
「牧奈ー! 誠也ー! ガンバー!」
カナタもノリノリで二人を応援している。
「すでに参加してっ…… おい釘原ぁ! 何故参加させた!!? 正体バレたら始末書モノだぞ!」
「ん〜、バレる気配なさそうだったし、まあ大丈夫かなと。というか俺が来た頃にはもう参加しちゃってたし、止めるのもなんかなーって思いまして」
「……はぁ、バレなきゃいいが……」
ため息が止められない、レイカなのであった。
『お二人のご関係は?』
ビーチバレーの司会役が、マイク越しに話を振る。
本当の関係は魔王の危機から世界を救う旅仲間なのだが、この現実世界においてはその関係を公の場で口に出すことはできない。そのためセルアはしどろもどろしてしまい、それに見かねたマキナが口を開いた。
「゛ん゛ん! 恋人同士です!」
マキナはセルアの左腕に咄嗟に抱きつき、小声で、「ってことで」と囁いた。
その言葉に会場に群がる人々からは「おぉ〜っ」と先ほどよりも大きな歓声があがる。しかしカナタはその人たち以上に感動して目を潤わせ、口に手を当てていた。
「『マキセル』だ…マキナ×セルア……尊すぎてヤバい……」
彼の感動していた理由。それは彼の推しカップリングがLOVEしている場面を目の当たりにしていたからだった。
相手選手も入場して、さぁ試合開始。ルールは基本的なビーチバレーと全く変わらず、勝利条件は相手のチームから五点を先取すること、ただそれだけ。
「二人とも頑張れー!!!」
「頑張ってくださいねー!」
最初のレシーブは相手チームからだ。初めからとてつもない強さのボール。それをセルアがレシーブで打ち上げ、マキナがジャンプしてそのままアタック! 無論、相手チームはブロックをしてくるが、それを優に超える、彼女の持ち前の体力を活かしたジャンプでボールを相手コートに打ち込む。マキセルチーム、開始一分未満で一点を先取。
その後、相手に二点取られてしまったものの、魔力なし、異世界由来の体力のみで圧倒し、見事勝利を掴み取った。
そのまま二回戦へ……と言いたいところだったが、ドクターストップならぬレイカストップがかかり、そのまま辞退となった。
それからも暫くは五人の体力が尽きることはなく、目一杯海を楽しむのだった。
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時は既に空が橙色に染まる頃。海水浴場から一般道で一時間ほどの場所にあるホテルへ向かう車内には、すやすやと寝息を立てるカナタたち五人にサユコを加えた六人の姿があった。信号で止まる度にタイチはその安らかな各々の寝顔に目をやりながら、眠気覚ましのコーヒーを口にするのだった。
バックミラーには、後ろにピッタリとくっついて来る黒塗りの車。その車内にはマコトとレイカの姿が映っていた。
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空にはもう星々が点々と浮かぶ頃。二台の車は箱根町にあるレトロな旅館の前に到着した。
「お前ら起きろー。着いたぞ」
「ん? もうついた?」
そう呟いたカナタ車内で大きく腕を伸ばす。
七人はそれぞれ車から降りて、トランクから自分の荷物を取り出し、旅館の中へ足を運んでいった。




