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2-14 クラハ・スパイシー

 魔王軍幹部の一人であるまじない師、クラハ・ステイシーは、魔王城の地下二階にある、厨房の前まで来ていた。

 クラハは厨房のドアをノックし、口を開く。

「兄さーん。来たよー」

 すると、扉の向こうから返事がきた。

「おー。入りな」

 クラハが扉を開けて厨房に入ると、そこには、鍋を振っている魔王軍幹部補の一人でクラハの実兄、ヴィルマ・ステイシーがいた。

「で、兄さん、なんの用?」

「ちょっと、プライベートでお前にやってほしいことがあるんだ」

 ヴィルマは鍋の火を少し弱め、調理台の一つに置いていた『鍵』を手に取り、それをクラハへ渡した。

「ん? これって、『鍵』だよね? なんで兄さんが持ってんのさ」

「ターヴォ様に頼み込んで、廃棄予定だった試作品の一つをいただいたのさ」

「ふーん────それで、ボクに何をしてほしいわけ?」

「ふっふっふ……それはな、コレだ!」

 そう言ってヴィルマが見せたのは、古い本だった。

「なになに? 『別世界で生きていく、という苦悩』……これ確か、二〇〇年前に発行された、別世界から来た人(自称)の自伝だよね。これがどうかしたの?」

「本題は……このページだ。『祖国の激ウマグルメ一〇〇選』!」

巻末にほど近いページには、なんともおいしそうな数多くの料理の絵と、短い紹介文が載っていた。

「もしかして……」

 クラハは、本から兄の顔の方へと目をやった。

「そう。この鍵使って、『ヨコハマチューカガイ』ってところの『ゲキカラ』ってやつを調べてこい!」

「ほら、やっぱりそうだ。兄さんったら、食の調査のことになると、いつもボクをパシリにするよね。ボクの方が階級上なのに」

「いいだろ別にさ〜。かっこいい兄ちゃんの頼みだろ? 仕事で俺はここ離れらんないからさ、ね?」

 クラハは少しの間黙り込んだ後、口を開いた。

「全く。しょぉ〜がない兄貴だこと。いいよ、いってきたげる」

「うおおおおお〜 最高だぞ我が弟! 帰ったらエルフ肉のステーキをご馳走してやろう」

「エルフ肉いらな〜い。あいつらかたいも〜ん」

「え〜じゃあ人魚のムニエルはどうだ? 昨日いいのを釣ったんだよ」

「不老不死は流石に御免だね」

 「べ」と舌を出して、クラハは作った扉の中へ消えていくのだった。


 **********


「さて……と。ヨコハマって、この世界のここであってるよな?」

 クラハが出たのは、カナタたちが住む世界に存在する、横浜中華街だった。

「異世界を歩くときは、Legere possum/文字認識、っと。えーっと確か、『ゲキカラ』だったよなぁ……」

 そのキーワードを思い出しながら、クラハは店へ入っていった。

「いらっしゃい。食券買ったら、お好きな席にどうぞ」

────食券……?

 彼の目の前には、私たちからするといたって普通の券売機があるのだが、異世界から来た彼はその仕様を、当然だが全く知らないのだ。

────なにこれ。しょうゆらーめん? ちゃーはん? あ、この数字は値段か? えーと……何だこの単位。ジュエグじゃなさそうだな……

 いつまで経ってもよくわからないので、店主に直接聞いてみることにした。

「なあ、これで食えない?」

 自分が持っていた一〇〇〇ジュエグ紙幣を店主の前に出したが、それを見た瞬間に店主は困った顔を見せた。

「悪いけど、おもちゃのお金じゃあ、うちのメシは食わせられねぇな。なんかのギャグか? あ、もしかして外国の方?」


 クラハは、大人しく退店した。

────はあああああ!?!?!?!? このボクに向かってなんだよあの態度! つかおもちゃじゃねーしコレェ!

 不貞腐れて、一旦帰ろうと道を歩いていたその時、後ろから何人組かの男に声をかけられた。

「ねーねーお姉さん、今一人?」

「よかったら俺らと遊ばない?」

「お酒、奢るからさ」

 ナンパだ。

 クラハは男性なのだが、長髪、童顔、低身長、声高め、スカートスタイルといった要素のせいで、女性と勘違いされることがよくある。実際、現魔王軍幹部メンバーも、出会って間もない頃はクラハを女性だと思っていたらしい。

「今はちょっと……」

 だが、男たちの顔と体をよくよく見回してみると、それはそれはとても彼好みの「食事」だった。

────若い人間のオス……肌綺麗、顔整ってる、肉付きよし…………今日のお昼、こいつらにき〜めた!

「え、嫌なん?」

「ううん。前言てっか〜い。遊んじゃお!」

 わざとらしい女声を出して、テンションを一変させ、見事に男たちを釣り上げた。

「よっしゃ! じゃあどっかの店に……」

「ねぇねぇ、それより先にちょっとだけ行きたいところがあるんだけど……付き合ってくれる? イイコトがあるかもよ」

クラハは三人の真ん中にいた男の耳元で囁いた。その言葉に、男は鼻の下を長くして「うんうん」と首を前に動かした。

そして道中、クラハが「近道だ」と言った路地裏に入っていった。


 **********


 それから数分が経った。

路地裏に立つクラハのそばには、無残にも食い散らかされたナンパ男達の死体と血溜まりがあった。

「あ~、美味かった。ちょっと煙臭かったけど、血は一級品! ありがたがれよドカス共。なんてったって、このボクに食べてもらえたんだからな!」

 股から千切って骨付き肉のようにした、筋肉質な太ももを豪快にかじる。噛んで飲み込んだら、「もういいや」とつぶやいて放り投げた。


 **********


 肉と血を腹五分目くらいまで食べたクラハは、再びあの店を目指して歩いていた。手には、ナンパ男たちから回収した財布が握られている。

「へいてんちょー。ただいま」

「あ、さっきの。今度はちゃんとしたお金を持ってきたんだろうね」

「はい! それはもうしっかりと。とゆーわけで、店長、この店で一番辛いやつください」

「この店で一番辛いのは、チャレンジ麻婆豆腐。券売機からどうぞ」

 クラハ、券売機にリベンジ。奪った千円札を入れ、「チャレンジ麻婆豆腐」とデカデカと書かれたボタンを押すと、食券が出てきた。

「はいよ。じゃあコレ書いて」

 食券を渡して席に着いたクラハの前に差し出されたのは、同意書だった。

「これを書けと?」

「ああ。うちのはどこの比にもならんほど、とっても辛いからな。その事を理解した上で食べてもらいたいんだよ」

「ふーん。まぁいいや」

 クラハは適当にすべてのボックスにチェックをいれ、サササっと筆記体で名前を書いた。

「確認した。少し待ってろよ」


そして一〇分後

「はいお待ち。激辛麻婆豆腐」

「おぉ〜これが……」

 やっとの思いで辿り着いたその料理に、クラハは目を輝かせた。初めて食べる異世界の料理。

それを、悪の組織の構成員とは思えないほど、意外にも上品な手つきで口に運んだ。

「ん~ 意外と辛くないな」

 自分の舌がおかしいのか、と思い、続けて一口、また一口とどんどん口に入れていった。

「おいおい、そんなに一気にいって大丈夫か?」

「へーきへーき。だって辛くな………」

 その時だった。クラハの口の中が焼けるように熱い感覚に襲われたのは。

「っっっ……辛! 辛い辛い辛い辛い!!!」

「だから言っただろ。ほら、水飲みな」

「うぅっ……あっす……」

 だが、差し出されたコップ一杯の水では、この辛さを抑えるには足りなかった。店主におかわりを頼むも、それでも辛さが収まる気配はない。

 そのせいで我を失ったクラハは、とうとうテーブル席にあった水ピッチャーごと飲み始めてしまった。

「ちょっと、それはまずい。他のお客さんがいたらあんた、一週間のうちに人生終了だぞ?」

「そんなこといってられねーよ~~」

 ガブガブと飲み続けていたその時、クラハは兄の言葉を思い出した。


「知ってるか? 『辛い』ってのは、厳密には味覚じゃなくて、痛覚が刺激されたことによる、いわば『痛み』なんだ」


 当時は「ふーん」としか思っていなかった豆知識が、まさかこんなところで役に立つとは、クラハも思ってはいなかった。

 クラハは水ピッチャーを机に置くと、自らの舌と口内を回復魔法で癒し始めた。

 実はこの回復魔法、肉体が持続的に感じている刺激を和らげることもできる。

「はぁぁ〜 楽になった」

「もう、大丈夫なのか?」

「うん。お気遣いどーも」

 クラハは、少々不気味な笑顔を浮かべながら返事をした。

 それからというもの、数口食べては魔法で癒しを繰り返しながら食べすすめた。辛さに慣れてしまえば、案外楽勝だ。


 そして、食べ始めてから三〇分。ついに完食した。

「ふぅ。ごっそーさん! じゃあな! てんちょー」

 明るい顔のクラハが退店しようとしたその時、雑巾を持った店長に止められた。

「悪いが、掃除を手伝ってもらおうか」

「えー、なんでなんで?」

 案の定、クラハは不満気だ。

「なんでって、床見てみろよ。あんたがこぼしたピッチャーの水でビチャビチャだろうが」

「えー。めんどくさ」

「俺もここまでじゃなかったら一人でやったさ。でもこれは度が過ぎてる」

 クラハは少し考え込んだ後、不満気な表情を崩すことなく「しょーがないなぁ」と、店長の持つ雑巾を手に取った。

 そうして、二人の掃除時間が始まった。と言っても、それは一〇分程度で終わったのだが。

「はい、これで満足?」

「おうよ。ご協力どうも。また来いよ」

「はーい。考えときまーす」

 こうして、クラハはやっとの思いで退店することができた。魔王城に帰る道中、パトカーと救急車数台が彼の横を勢いよく通り過ぎたが、大して気に留めなかった。

 ────さあ帰ろう、我らの城に!

 そう考えたが、ある問題が浮かんだ。自分の力ではどうしようもない事を悟った彼は、魔法石で連絡をとりはじめた。

「スピカ〜世界〇〇〇一まで迎えに来てくんね? 帰り用の鍵持ってないから帰れなくてさぁ〜」

『は? なぜ貴様はそっちの世界にいるんだ?』


 **********


「兄さん、ただまー」

「おぉクラハ、おかえり。それでどうだった? ヨコハマの激辛は?」

「それが凄くてさ、こう、ジワーっと舌に染み出てくるような辛さで、それがボッと火がついたみたいに爆発的なものになって、それで・・・」


三分後、ようやく語り終えた。

「なるほど。参考になった。ありがとう」

「こちらこそ、ゲキカラ以外にもいいもんが食えたしさ」

 「いいもの」についてピンと来ていないヴィルマ。だが、それも自分たちの種族を思い出せば、すぐに答えにたどり着けた。

「おお。それはよかったな。じゃあそういうことで、またよろしく」

「フフッ こちらこそ」

 二人は、互いの拳をコツンとぶつけた。それは、兄弟の強い絆と愛を表しているのだろう。

「あ、そういえば魔王様とスピカから、『鍵』無断使用の件で直々にお話があるってさ」

「うそん。マジかよ」

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