2-12 聴取の時間
眠らされていたカナタが目を覚ました時、そこは警察署の取調室のような部屋だった。
「ん……────ここは?」
即座には状況が呑み込めず、部屋を見回す。刑事ドラマやサスペンス映画でよく見たような部屋。机の反対側には、グレーのロングコートにスーツを着た男が座っていた。
「お目覚めかな?」
「あなたは……どちら様ですか? それと、ここはどこですか?」
まだぼんやりする頭と視界で、状況を把握しようと口を動かす。
「私の名前は釘原マコト。日本国家情報調査局、通称『JNIA』の局員です。詳しい場所は機密の観点から言う事はできませんが、我々の施設とだけ。怖いことはしませんので、肩の力は抜いてください」
「はあ。で、じぇいにあ? それってどんな組織なんですか?」
「日本の安全と秩序を裏から守る秘密組織、です。こちらも機密の観点からこれ以上は」
マコトは机に置いていたバインダーを手に取り、開いて紙を一枚めくった。
「氏名、春晴カナタ。年齢一三歳。七王子西中学校に在学中の二年生。両親は春晴タイチ、春晴サユコ、兄弟姉妹は無し。で、あってるね?」
「ええ、まあ……はい」
「よし、それじゃあ彼らのことについて、聞かせてもらえるかな?」
マコトがそう言うと、同席していた職員がノートパソコンをカナタの前に置いた。そこには、別室で聴取を受けているセルア、ゴルダン、ラーシャの三人が映った、監視カメラの映像が映し出されていた。
「みんな……!」
「全部話すんだ」
「えっと、こんなこと言っても信じてもらえないと思いますが……彼ら、異世界から来てるんです」
マコトはメモを取りながら話を聞いている。
「なるほど……続けて」
「えっ、疑わないんですか?!」
「はい、疑いませんよ。そもそも私が所属している部署では、科学や一般常識では到底説明できないような不可解な事件や、都市伝説的なものを調査しております故、そういったことにも耳を傾けるスタンスを取っております。それに、異世界系の都市伝説的案件は多いですし」
その後にマコトは「有名なところはきさらぎ駅とか異世界エレベーターとか、マイナーものだとトレド連合王国の男とかですね」と付け加えた。
「あ~、だからですか……まあ、理解しきるには時間かかりそうですけど」
「無駄話はこれで最後にしましょう。では、続きを」
「は、はい。まず、異世界と言っても、彼らが来たのはテレビアニメの中からなんです。『ファンタジーワールド』っていう、去年の夏シーズンの覇権アニメなんですけど……」
「ファンタジーワールド……────ああ、私も一話だけですけど見ましたよ。Ⅹのトレンドに乗ってたので」
「そうなんですね。今ならサブスクで全話見れるのでよかったら是非」
ここぞとばかりに布教をしておいた。これぞ、オタクの鑑である。
**********
聴取は続き一時間後。
「なるほど、つまりそいつはマキナ・アーロウさんのお知り合いだったと」
「はい」
「あ、一応聞くけど、ジョンソンもアニメの中からね?」
「はい、多分。あの、ついでにジョンソンが所属している組織の事について話しても良いでしょうか?」
「いいですよ」
「では、そのノートパソコンを貸していただけますか? 本編を見せながらの方がわかりやすいかもしれないので」
カナタは、最初にマコトが映像を見せたノートパソコンを指さし、マコトもそのお願いを承諾した。
キーボードを叩いてサブスクの動画サイトに辿り着き、カナタ自らのアカウントでログインした。それから、サイトの上部にあった、ファンタジーワールドのサムネイルをクリックし、三話の再生を始めた。
三話冒頭は、まだ地獄の奥深くにある魔王城の引きのカットから始まった。
「禍々しい雰囲気の城ですね。初代モンスター・クエストに出てくる魔王城にそっくりです」
「もしかして釘原さんって俺の父さんと同世代です?」
「私がやっていたのは、初代といってもリメイク版です」
「そうですか。……で、これが魔王城。ジョンソンの属していた組織、『魔王軍』の本拠地です。あ、そろそろ来ますよ」
カナタがそう言った直後に、場面は城内の謁見の間に幹部メンバーが集合しているところに切り替わった。アラベスク、スピカ、クロノス、クラハ、そしてジョンソンの五人だ。
「こいつらが幹部ってわけですね」
「一番右の奴は倒されてますが、はい。そしてこいつらは、今現在この世界にいるセルア・レイズ達を狙っています。さっきの学校での戦闘も、セルア達の居場所をつかんだ魔王軍が襲撃したことに起因することです」
「なるほど……もし、今回のそれと似たようなことがこれからも続くなら、相当マズイな……」
その時、聴取室のドアがノックされた。マコトが席を立ってドアを開けると、そこには一人の男性局員がおり、彼はマコトに耳打ちをした。
「すまない、カナタ君。これからこの部屋を緊急で使いたいらしいから、出よう」
「え? 終わりってことですか?」
「終わったわけじゃない。また今度続きをする」
そうして彼らは聴取室から撤退した。
**********
廊下を何一〇メートルか歩き、カナタは、ベンチが数多く並んだフリースペースに連れてこられた。
「ここで待っていてくれ。残りもすぐ連れてくる」
マコトはそう言って立ち去った。カナタはそれを目で見送り、マコトが丁度角を曲がったところで、誰かに肩を叩かれた。
「カナタ、大丈夫か?」
「父さん……無事でよかった」
「あたりめぇだ」
タイチの横には、サユコもいた。
「でも、なんでここに?」
「それはこっちのセリフだ」
「アカネちゃんのお父さんに誘導されて、車に乗せられて、そこで寝ちゃって、気づいたらここにいたのよねぇ」
「佐藤さんのお父さんに?!」
なんと、カナタの班のメンバーである「佐藤さん」こと佐藤アカネと、熊の一件を報告した謎の男、佐藤は親子関係であった。
「そんで、その人に取調室で色々説明されて、話を聞かれて……それで今や〜っと解放されたとこだ」
「それはもう、お疲れ様です……」
「お前もな!」
そう言いながらタイチは、明るく笑いながらまたカナタの肩をバシバシと叩いた。彼が手を止めて神妙な面持ちになったのは、そのすぐ後だった。
「……それでだな、カナタ。ちょっといいか?」
「ん? どしたの?」
「お前、変身して戦えるようになったらしいじゃないか」
「うん、ってえ?! なんで知ってるの?」
「色々言われたし、見せられたからな。お前が変身するところとか、セルアと一緒にバケモノに立ち向かっていくところとかの映像を……我ながら、凄い息子を持ったもんだ」
「そりゃ、どうも」
「それでだ。お前はこれからその力をどうしていくつもりだ?」
「へっ?」
「だから、その手に入れた強い力についてどう考えてるかって話だ。立ち話もなんだし、座ろうぜ」
カナタ、タイチ、サユコの三人は、部屋の中に所狭しと並んでいるベンチの一つに、並んで腰掛けた。
「俺は────どうせ使うんならやっぱり、守るために使いたいと思う。俺たちが倒したのは、敵組織の幹部の一人。それが倒されたとなるとあっちも本腰を入れてくると思う」
「ああ、その上『あっちの狙いは僕たちだ』って、セルアも言ってたし、その予想はほぼ確で当たるだろうな」
「うん……そうなると、今回以上にこの世界に甚大な被害が及ぶ可能性がある、って俺は考えてる。だからこそ、守れる力を持ってるなら、俺は守りたい」
タイチは少しの沈黙の後、口を開く。
「そうか。お前の考えはよく分かった。力ってのは使い方と使う人次第で正義にも悪にもなるからな。お前は芯がしっかりしてて一安心。心配する必要無かったかもな。だが、これだけは俺たちと約束してくれ。『無茶はするな』。何かあったら俺かサユコにすぐに相談しろ。無茶を承知で言うが、俺らとしては危険な戦いには行かせたくはねぇ。お前はヒーローである以前に、どこにでもいる平々凡々な中坊で、俺らの息子だ」
「うん。わかった。父さんと母さんの思いは受け取った。極力そうするよ」
「極力って……まあいいか。あ、戦うなら体鍛えとかないとな」
タイチは、カナタの平均より細身な身体を、頭から爪先までよく観察しながら言った。
「はは。そだね」
それにカナタは苦笑しながら答えた。
そういった話をしていると、マコトがセルア達四人をフリースペースに連れてきた。数時間ぶりのご対面だ。
「みんな! 体の方は大丈夫?」
カナタはベンチから立ち上がり、彼らのもとへ駆け寄って聞いた。
「ああ」
「はい、なんとか」
「まだちょっと痛むけどな」
「良かった……みんな無事で……」
カナタの目には、ほんのり安堵の涙が浮かんでいる。
その時、「いた!」と、廊下の方から一つの声が聞こえた。一同がその声の方に目をやると、そこには松葉杖をつき、右足にギプスをしたマキナの姿があった。
「えぇ?! マキナ、重症じゃん!」
「大丈夫か?」
セルアが心配そうな表情を浮かべながら聞いた。
「大丈夫……だけど、結構バキバキにいってるみたいなの」
「バキバキって、全然大丈夫じゃなくね?」
「帰ったら魔法で治しましょうか?」
「うん、お願い」
その時、カナタは「あ!」といった具合で何かを思い出した。
「魔力切れの方は? しんどくない?」
「え? あ~、さっきまではめちゃくちゃ辛かったんだけど、渡されたスポーツドリンク(?)っていうのを飲んだら、なんか元気になった」
「え? スポドリで?」
「魔力切れって、スポーツドリンクで回復するものなんですね……」
「トレーニング後の疲れた体にはめっちゃ効くんだが、まさか『そっち』にも効くとはな。こりゃ常備必須だぜ」
「では、マキナちゃん、試しに、あそこに落ちているボールペンを取り寄せられますか?」
ラーシャは、フリースペースの隅に落ちていた、誰かのボールペンを指さして言った。
「分かった。やってみる」
マキナは魔法を発動。ちゃんと取り寄せる事ができた。
「ほんとに回復してますね…」
その時、館内に警報音が響き渡った。突然の様子にその場にいた全員が困惑、そして少しの恐怖を覚えた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。地下五階フリースペースにて、Zエネルギーが確認されました。該当の調査職員は至急現場に向かってください。繰り返します・・・』
「え? 何何?」
「地下五階のフリースペースって、ここですよね?」
ラーシャの目線の先には『B五』と壁にオブジェが設置されていた。
「おい、お前ら今何したんだ?」
タイチが若干呆れた声で聞いた。
「何って魔法を……」
「あそこだ! 急げ!」
大きな声が聞こえた。その方向にある廊下に目をやると、廊下の向こうから大量の職員が押し寄せてきているのが見える。だが職員の波はそこからだけにとどまらず、反対側の廊下や、左右の廊下からもほとんど同じ人数が押し寄せてくる。
「うそ、これやばくね?」
一〇秒も経たないうちに、部屋には三〇人以上の局員が一気に突入してきた。
「「「「「「「うぎゃああああああ」」」」」」」
七人はぎゅうぎゅう詰めにされ、彼らは局員たちにもみくちゃにされてしまった。
**********
「手荒な真似をしてしまって、本当に申し訳ありませんでした」
一つの小会議室。そこでマコトは、カナタ達に深々と頭を下げた。
「実は我々、あなた方から発せられると思われる謎のエネルギーの調査も以前よりしておりまして」
────魔力のことかしら。
マキナは思った。
「今回の一件はおそらくそのせいです……」
「そうか。もういい。頭を上げなさい。そして俺達を早く家に帰してくれ」
タイチが言った。
「承知いたしました。すぐに車を手配します」
**********
一行は、押収されていた装備品を全て返却してもらい、マコトの運転する車で施設を出た。
「ここ、東京タワーの地下だったんだ」
カナタは車の窓から、夜空に赤く光りながらそびえ立つ東京タワーを見あげた。
「他の人には内緒ですよ。もし言おうものなら、知った人間全員に記憶消去措置を取らなければならないので」
「あー、あのペンをピカーッってやるやつですね」
カナタがボケたが、マコトは冷静に「そんな『メン・イン・ブラック』じゃないんですから」と返した。
それから一時間ほどして、家に着いた。
**********
JNIAに連行されて取り調べを受けてから、二日が経った日の朝。
「いってきまーす」
カナタが玄関を出ようとすると、サユコに声をかけられた。
「あら、どこに行くの?」
「スバルの目が覚めたらしいから、お見舞いに」
「そうなのね。いってらっしゃい」
「はーい」
カナタは玄関を出て、自転車を押しながら家の敷地を出てすぐに、紙袋を提げたマコト、そして学校突入の時に一緒にいた月海と出会った。
「マコトさん! と、そちらの方は?」
「外事課の月海レイカです。今回、あなたと同居している異世界人が『特別保護外国人』に指定された関係で、特別に釘原とコンビを組んでの調査を担当をさせてもらいます」
「今日はちょっと、挨拶にね」
「挨拶?」
「ああ」
マコトは、カナタの家の向かいの一軒家を指さした。カナタの家とは違って、ごく一般的な規模の一軒家だ。
「あそこに、君たちの監視と保護を目的に、当分住むつもりだから、その挨拶で」
「えっ、そうなんですか?! ……じゃあこれから、ご近所さんですね」
「そうだね。それと、君はこれからどこかに行こうとしているみたいだけど……」
「あ、そうだった。じゃあ、これで」
カナタはマコトに別れを告げ、自転車で走り出した。
**********
「こちらが、お父様に頼まれていた例のものです」
リビングのソファに座っているマコトは、同じように反対側に座っているセルア達四人の前に四枚の書類を差し出した。
「皆さんがこれから日本で暮らすにあたって不自由な事がないように、全員の戸籍を作らせてもらいました。それと同時に皆さんの偽名と偽の経歴もこちらで用意させていただきました」
「それと」といって、マコトは彼らの偽造マイナンバーカードも差し出した。
「偽の名前……僕は『羽柴誠也』か」
「私は『春晴牧奈』ね」
「柳葉高校との兼ね合いもありましたからね。呼び合うときに支障がないようにしてあります」
「俺は〜っと、『金宮黎斗』イカした名前だぜ」
「私は『徳川史恵』ですね。────なんだか私だけ遠くないですか?」
マコトは「まあまあまあ」と受け流して、話を進める。
「これからみなさんには、公の場ではその名前を名乗ってもらいます。くれぐれも、実名を口走らないように。万が一があった場合は、こちらでもできる限りのカバーはしますが、一度のミスが大きな、取り返しのつかない騒動に発展することはよくあることですから、ね」
マコトはいつになく真剣な眼差しを彼らに向けた。それは監視対象を常に監視しつづける、一JNIA局員としての覚悟の眼差しでもあった。




