1-2 転移のワケ
転移の翌朝、布団が片付けられた和室には昨夜と同じように机と座椅子が並べられていた。そこには春晴一家とセルア達が分かれて座っている。
「じゃあ、改めて、私は春晴サユコ。この家で料理とか洗濯とかをやってるから、困った時はいつでも声掛けてちょうだいね」
最初に自己紹介をしたのは母、サユコだった。
「分かりました。いつでも頼らせていただきます!」
サユコの自己紹介にセルアが返事をした。
続いて、父が口を開く。
「春晴タイチだ、社長やってる」
────あ〜社長さんだから、こんなに家が広かったのね。
社長といってもピンキリだが、タイチの経営する会社は多摩地域だと『かなり勢いがある、成功した部類の中小企業』だ。
さて、マキナは春晴家がだだっ広い理由について納得したようだ。
「あと、昨日は済まなかった」
父、タイチは深々と頭を下げた。
「いいんです、誤解も解けたことですし水に流しましょう」
ラーシャがそう言うとタイチは頭を上げた。
「ありがとう、許してくれて」
「次は俺か。俺は春晴カナタ、趣味は映画鑑賞……よろしく」
「おう! よろしくな」
カナタは手を差し出すと、ゴルダンが力強くカナタの手を握った。そしてそのまま質問する。
「で、エイガって、なんだ?」
「あ、そこからか。う~ん……演劇ってあるでしょ? その光景をそっくりそのまま記録した、音つきの動く写真……みたいな?」
「シャシンってのも分からんが……これも今聞きだしたら長くなりそうだし、また後で聞こう」
三人の自己紹介を終えた後、マキナがふと気づいたように口を開く。
「私たちも、改めて自己紹介した方がいいのかな」
「別にいいぞ。あんな形だったけども、名前と職業は覚えてるし」
────まぁ、俺はそれ以上もいろいろ知ってるんだけどね。
カナタは心の中で呟いた。その思考の裏には、ファンタジーワールドのファンブックがあったのだが。
「そっか。了解」
そうして家族会議は本題に入った。
「えーと……これから色々、こっちが聞きたいことを質問させてもらうんだけど、大丈夫だよね?」
「ああ、なんでも聞いてくれ」
セルア達も春晴一家も真剣な顔で話を始めた。
「まず、こっちに転移してくる前に何があったか教えてほしい。なにかトリガーになるようなことはあった?」
カナタがメモ帳を片手に質問する。
「確か……僕達は魔王と戦っていました」
「魔王!? そんなものがセルア君たちの世界にはいるの?」
サユコが心配そうな目でセルア達を見た。
「はい、普段は地獄という場所に封印されていて、被害はほぼ無いのですが……どういうことか出てきてしまったのです」
────地獄……確か七話で言及されてたっけな。悪人が連れていかれる刑務所的なところ……
「はぁー、魔王に地獄、ファンタジーの典型だな。ファミコンでモンスター・クエストやってた頃を思い出すぜ」
タイチは、自分が過去に遊んでいたテレビゲームと絡めて、どこか納得しているようだった。
「話を進めます。僕達が、魔王が暴れていたシラ王国の首都であるキュージに着いたのは、ヤツの復活から二日後でした。その頃には街はほぼ壊滅、城も制圧されていて兵力もゼロ、勝ち目なんてなかったんです。なのに僕達は無謀にも戦いを挑んで返り討ちに遭いました。ここからはうろ覚えになるんですが、魔王が城の最上部から持ち出した、三大禁宝の一つ『虹の魔法石』に触れた途端、周りが光に包まれて気づいたらこの世界に」
「ちょっと待て、虹の魔法石ってなんだ。あとその三大禁宝とやらも」
今まで納得気だったタイチがついに質問をした。
「三大禁宝というのは、聖剣『オルヴァルート』、禁書『ブラックファイル』、そして創造神の賜物『虹の魔法石』からなる、『禁宝』の名に恥じない強力な力を持った品々です。虹の魔法石についてはラーシャの方がよく知っているので彼女から」
語り手はセルアからラーシャに移った。
「はい、まず魔法石とは何かから説明いたしますね。魔法石というのは、簡単に言うと、『天からの賜りもの』、『想像力の権化』である魔法を使うために欠かせないアイテムです。簡単に言えば、外付けのエネルギーの変換機構で、私たちの世界の人はほぼ全員所持しています。この指輪やマキナちゃんのペンダントも実は魔法石なんですよ」
ラーシャは自分の左手の薬指につけられた指輪を見せながら説明した。
「ちなみに、魔法石は『色』によっても特性が異なります。種類が多いので、ここでは割愛しますが」
「便利なのね」
「そうなんですが、使い方を間違えると危険なものもあるんです」
「あら、それは気をつけなきゃね」
「そんな多種多様な魔法石の力全てを含んでいるのが『秘宝:虹の魔法石』です。その力は未知数で、一説によると、虹の魔法石からすべての魔法石が生まれたとか」
「「「へぇ〜」」」
春晴家三人の声がピッタリ揃った。
「でもそれに触れただけでここに?」
カナタが聞く。
「悪いけど詳しい事は僕達にも分からないんだ。なにせ文献が古すぎて読める状態じゃなかったから……」
「なるほどねぇ」
「うん、でもそれがトリガーであることは間違いないと思う」
カナタはセルア達から聞いた内容を最後までメモした。
「おっけい! 一番聞きたいことが聞けてよかったよ」
その言葉を聞くや否や、今度はタイチが手を挙げて口を開いた。
「次は俺いいか?」
「はい。構いませんよ」
「では単刀直入に言おう。お前たちには、今日からこの家に住んでもらう」
彼の口から飛び出した衝撃の言葉に、その場にいた皆が驚きと困惑を隠せなかった。その様子を横目に、タイチは話をつづけた。
「帰る手段、持ってないだろ」
「はい……無いです」
「じゃあ当分はここに住みな。この世界において、金なし職なし戸籍なしじゃあどうにもならないし、下手に放置して周りに迷惑かけられちゃあたまったもんじゃない。それに、俺は困ってる奴に関しちゃあ見過ごせない性分でな。ま! 心配すんな、金と部屋ならある」
その時、カナタが立ち上がり、「ちょっと来て」と耳打ちし、三人で和室の外に出た。
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「本気で言ってる?」
「ああ。俺は本気だぞ。さっきも言った通り・・・」
カナタは父の言葉を「分かってる!」と遮って話を続ける。
「でも……ちょっと……その……」
「おいおい、言いたいことあるならはっきり言えよ」
「……魔法使いの格好したマキナって子いるじゃん? 実はその子、俺の『最推し』のキャラなんだよね……言ってしまえば……所謂『BIG LOVE』なわけで……」
「おう。知ってるぞ」「うん。知ってるわよ」
夫婦二人の声が揃った。そして、両親のその言葉にカナタは「え?」と、和室の中まで聞こえる大きな声で驚いた。
さらにそれで驚いたマキナは、座ったままぴょんと、意図せずコミカルに数センチ飛び上がった。
「なんで知ってんの!?」
「自分の部屋見りゃわかるだろ。あんなにグッズ置いてたら、そりゃあねぇ」
「もしかして入ったの? 俺の部屋に」
「おう。寝顔を見に」「うん。学校行ってるときに掃除機かけたから」
またしても、夫婦二人の声が揃った。
「はぁ……年頃の我が子の部屋に勝手に入るんじゃないよ。しかも二人揃って」
「わりわり。それで、最推しがどうした? もしかして、恥ずかしいのか?」
タイチが少しニヤけた顔で茶化すように問いかけた。まさか、「そう」と返されるとも知らずに。
「なんというか……彼女の魅力と俺は不釣り合いな気がしてさ、ほんと魅力的すぎて、眩しくて、俺が近くにいるのは申し訳なくなっちゃうというか……」
「ほーん、お前も思う所があるんだな。でも昨日今日と平気そうだったじゃねえか」
「それとこれとは話が別! さっきだってめちゃくちゃに緊張してたし、それに何日か限りの、一時の夢みたいな関係だと思ってたから…」
「カナタの気持ちはよぉーーーーく分かった。だが、俺の意思は変わらない。あいつらにはここに住んでもらう」
「ねぇ、ほんとに言ってんの? 俺の心臓がマジで持たないって!」
カナタのその声を背中で受け止めたタイチは、一足先にセルアたちの待つ和室へ戻った。カナタもそれを追いかけて和室に戻ろうとしたが、サユコに呼び止められた
「大丈夫。昨日今日とちょっと話したけど、あの子、とっても良い子よ。きっとカナタのありのままを受け入れてくれるわ」
「そうだろうって事は俺も分かってるんだけど……なんかそれすらも申し訳なくなってきちゃうなぁぁぁぁ……」
その時、後ろで襖が開く音が聞こえたかと思えば、タイチが二人のところに戻ってきた。
「お前の唯一と言っていい欠点は『凄い人の前では自分を卑下しがち』って事だな。もっと広く世界を見てみろ。あの子に相応しくない奴なんて、お前よりごまんといるぞ」
「それはそう! それはそうだけどぉ……」
カナタは相変わらず下を向いたまま。だが耳には、タイチの「安心しろ」という言葉はしっかり届いた。
「お前は自分を誰の子だと思ってる。俺らの子だ。ピンチも悩みも、全部切り抜けられる春晴家の子供だろう。どうにだってなるし、時間が経ちゃあ慣れると思うがね」
「そういうもんかな」
「そういうもんだ。ほら、前に進む時だぜ」
カナタは少し考えた後、決心の面持ちで和室へ戻った。
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母に諭されたカナタは皆が待つ和室に戻ってきた。二人が定位置に座ると、タイチは話を再開した。
「お前たちも、今日からここに住むってことでいいんだな?」
「「「「はい」」」」
「よぅし! じゃあ改めて・・・」
「改めて、これからよろしく。みんな」
タイチの差し出す手を遮って、カナタはセルア達の前に手を差し出した。その顔は恥や緊張を裏に隠してはいたものの、とてもにこやかで、穏やかなものであった。
「ああ」
「うん」
「おう」
「はい」
「「「「これからよろしくお願いします!!!!」」」」」
異世界からやって来た四人全員が、カナタの手を、強く、握った。
春晴家の二年間に及ぶ摩訶不思議な日常は、ここから始まるのだ。




