1-1 《逆》異世界転移
煙と焼き切れた魔素の臭いが、鼻をツンと刺激する。彼に左腕の感覚はもうない。だがそれでも、背中に重くのしかかる瓦礫を押しのけ、右手の剣でバランスを取って立ち上がった。
剣士の青年は、焦土と化し、あちこちから煙の上がっている街を一歩、一歩と足を引きずりながら進む。道すがら、傷だらけで倒れた仲間の姿があったが、今はそれを気に留めている場合では無かった。
「ゲホッ、ゲホッ」
魔術を酷使しすぎたのか、体がもう限界だと悲鳴を上げているようだった。だが、立ち止まることはできない。
彼の睨む先には、禍々しくも絢爛な、大魔王の姿。
「魔王!! こっちを見ろ」
剣先を魔王に向けて、叫んだ。だが魔王は、目の前にある光る物体に釘付けだった。
「セルア・レイズ。貴様の方こそこれを見てみろ……! 私はついに手に入れたのだ! この『虹の魔法石』を!!! あぁ、虹の魔法石よ、Da mihi vires/我に力を与えよ!!!!」
魔王が『虹の魔法石』に手を触れた刹那、まばゆい青白い光が彼らの目をくらませた。衝撃波もあった。それを脳で認知する前に、青年の肉体は天に持ち上げられた。
周囲は相変わらず、青白い光に包まれている。その光景は、UFOによるアブダクションをイメージすれば分かりやすいだろうか。周りでは、同じように仲間たちの肉体も持ち上げられていた。
そして彼は見た。体の傷が癒え、失われた左腕が回帰したのを。
直後、彼らは、光るチリとなって、消えた。
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春の西日が差す、閑静な日本の住宅街。一人の少年が自転車を、息を漏らしながら
立ち漕ぎで坂を登っている。やがて、その自転車と少年は豪華な一軒家の前で止まった。
自転車を庭に止め直し、籠に入っていたビニール袋を手に取ると、少年は玄関に向かって駆け出した。
「ただいま!」
元気な声が玄関に響く。その声に呼応するように、母からのおかえりの声も廊下に響いた。
春晴カナタ、アニメと映画を愛する中学二年生。
そんな彼が、今ハマりにハマっているのは「ファンタジーワールド」という、剣と魔法がテーマの超王道バトルアニメだ。
そのポスターが壁に貼られ、ベッドにはキャラクターのぬいぐるみ、本棚には数多くのDVD、中型のテレビ。そんな部屋に彼は帰ってきた。
「やっと買えた〜」
ウキウキな彼のもつビニール袋の中には『火山×人食い鮫 衝撃の展開を見逃すな!」と書かれたDVDのパッケージがあった。
「なにそれ?」
謎の少女の声がカナタの耳に入る。だが、すっかり舞い上がってしまったカナタは声の正体を疑うことも無く、説明を始めてしまうのだった。
「え、これ? これは火山から吹き出てきたサメが人を襲う話でさ、どこの店にも置いてないしレンタルもサブスクも無かったから超探したんだよね! そんでもって今日やっと駅前のレコードショップで見つけたんだよ!」
「────ふーん。変なの」
得体のしれない存在に一通り解説し終えると部屋の電気を消し、コーラとミニサイズのポップコーンを片手に、つい寝てしまうぐらいふかふかな座椅子で鑑賞を始めた。
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エンドロールも終わる頃、カナタの耳にご飯ができたことを知らせる声が届いた。
「はーい今行くー」
そう言って、壁にある部屋の電気のスイッチをつけた次の瞬間、カナタの目に思いもよらぬものが飛び込んできた。
西洋騎士の格好をした青年、魔法使いの格好をした少女、屈強な男、教会の司教のような格好をした女、の四人。いつの間にやら、映画鑑賞中だったカナタの背後に、いた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「───────────────!!!!!!」
今まで発したこともない声で、両者は叫んだ。カナタに至っては、棚にしまっていたDVDやBlu‐rayディスクのほとんどが落ちるほどの勢いで後ろに転んだ。そして三〇秒もたたぬ内に叫び声を聞いた母が部屋に飛び込んできた。
「どうしたのそんな声出して、って」
次の瞬間には、母の甲高い叫び声も部屋に響いた。
「お父さん! 不審者! 不審者がカナタの部屋に!」
「──、─────……?」
慌てて何かを訴えているようだが、聞き取れなかった。
「─? ────。──────」
「───、─────────────」
何か戸惑っているようでもあったが、やはり聞き取れなかった。
騒ぎになった部屋の中でカナタは、深呼吸を三回して、アニメ『ファンタジーワールド』のメインビジュアルが描かれたポスターにうつる四人の姿と、部屋にいる謎の集団を交互に見る。
改めてよく見た彼らの顔は、あまりにも似すぎていた。
「────!?!?!? えっ、え!? ウソ!? 御本人!?」
────窓、開いてないし割れてない。今日は一日中母さんが家にいたし、うちそもそもセキュリティ会社と契約してるから侵入も不可能。この部屋以外のどこかの窓が開いてたって可能性は……無いか。父さんは鍵含めて全部閉めるはずだから。サプライズ? いやいやサプライズがあるような場面とか時期でもない。
「コスプレイヤーにしては顔があまりにも本人すぎるし……もしかして……いやそんなまさかねぇ」
カナタは深呼吸の後、マシンガンのように速い鼓動を呑み込んで、思い切って話しかけた。
「あの~。みなさんってもしかして……」
そう言われて、四人は「何を言っているんだ?」と言いたげに首をかしげた。
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その頃、リビングでは固定電話の前で母が慌てた様子で父に訴えかけていた。
「変なコスプレ集団がカナタの部屋にいたのよ! 早く警察に…」
「待て待て、ちょっと落ち着け……」
「あなたがかけないなら私がかけるから!」
ちょっとしたパニックになっている母は受話器を取り一、一と押した。あとは〇さえ押せば警察に電話が行く。〇ボタンに指が届く寸前、カナタは母の腕を掴んだ。
「ちょっと待って、心当たりが」
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ファンタジーワールド・・・夏雲ゴロウ作の大人気異世界ファンタジーバトル漫画で、剣士、魔法使い、闘士、聖職者、獣使いの五人が、悪の権化である大魔王を討伐するために各地を巡る物語である。また、アニメ化もされており、ストーリーの王道具合が多くの人に受け、昨年度の夏期覇権アニメにもなっており、第二期の制作は確定、劇場版をするとかしないとか言われている。
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宴会用の大きな机と座椅子が並べられ、机の上にはお茶が出された春晴家の和室。席は両親と、カナタ+コスプレ集団に別れた。
「つまりそいつらはアニメの世界からやってきた、と言いたい訳だな?」
父が問いかける。
「そう、だと思う」
「ふざけているのか?」
「え?」
「ふざけているのかと聞いてるんだ。そもそもな、こんな素性も分からない人間を椅子に座らせて、もてなしてる時点でおかしいんだ。そうして何を言い出すかと思えば異世界転移って、馬鹿も休み休み言え! こんなのただのコスプレ集団だろう!」
父に一喝されたカナタはすっかり萎縮してしまった。
「で? 君達名前と職業はなんだ?」
父の問いに対し、最初は西洋騎士姿の青年が口を開いた。
「───・─────。───・・・」
「待ぁて待て待てい。おまえ、にほんご、わかるか?」
「──……─?」
「分かんねぇのか。じゃあ……」
タイチはメモ用紙とボールペンを差し出した。
「名前、書いてみろ」
ボールペンを手に取った西洋騎士姿の男。しかし、どうやら使い方が分からないらしく、指で持って、くるくると見回してみていた。
「これはね、ここを……こう」
西洋騎士姿の男の手を取って、一緒にボールペンのノックボタンを押した。
その時だった。カナタと異世界人四人の周囲を囲むように、淡く青く輝く、光の輪が生まれた。
だが、次の瞬間にはもう消えて無くなっていた。
「な、なんだ今のは」
「僕にも分からな……あれ、言葉が聞き取れる?」
そう言ってはいるが、彼は、いや、彼らは話せていた。日本語も。
「……そ、それはこっちもだよ。日本語喋れてるじゃん」
「ニホンゴ……? オレたちは至っていつも通り喋ってるんだが? お前の方こそ、どうしてリングリッシュを?」
屈強な男が言った。リングリッシュとは、言語のことだろう。
「俺もいつも通り喋ってるし……もう気にしないでよくない?」
「そう、ですかねぇ……」
司祭姿の女が言った。
「気にしろよ。で! 言葉通じるなら早く自己紹介!!」
「改めて、僕はセルア・レイズ。職業は王立騎士団所属の剣士です」
「すげぇ、CV.秋雨レンノまんまだ……」
カナタがボソリと呟く。
「なんか言ったか? ……次」
次は紺色の髪をした、魔法使い姿の少女が口を開く。
「私はマキナ・アーロウ。職業は魔術師……です」
「はい次」
次は屈強な男が口を開いた。
「オレ、いえ、自分はゴルダン・クロルド。普段は闘技場で格闘技をしています」
「次」
「私はラーシャ・マグナ。ハトマーレ教会の司教です」
「どこの宗教団体だよ。────これで全員だな」
タイチは深いため息を挟んで、口を開いた。
「全く、お前ら全員頭の病気じゃないのか? とっとと警察と病院行きな」
「お父さん! 流石にそれは酷いんじゃないの? 言って良いことと悪いことって・・・」
父の侮辱発言に対し、母が声を上げたが、
「うるさい! 正体の分からない不審者共に慈悲など要らん! さっきも言ったがな、こんなことをしている時点で俺たちはおかしいんだよ!」
と、突っぱねられてしまった。
「もうお前らに構う時間など無い!」
そう言って父はリビングに戻ろうとする。
「あの!」
その時マキナが父の腕を引っ張った。
「なんだ? まだ言い訳が足りないか?」
「私、本当に魔術使えるんです。信じられないかもしれませんが本当なんです」
「ほう、じゃあ見せてみろ。全員来い」
そう言って父はマキナの手を引いて、三人家族には大きすぎるほどの自家用車に乗り込んだ。それを追ってカナタ達も車に乗り込む。流石に七人全員は乗り切らなかったので、マキナ、カナタ、父、セルアの四人は父の車で、母、ゴルダン、ラーシャの三人は母の車でそれぞれ向かうことになった。
「魔法を使われて、家が壊れたら大変だからな。広い場所に移動するぞ」
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家のある住宅街から少し離れた、神奈川県との県境にほど近い大公園。流石に二一時となるともう人はいない。
「ほれ、やってみろ」
「分かりました」
父にそう言われると、マキナは胸元の赤いペンダントを二秒ほど握りしめると、口を開いた。
「Surgant flammae/炎よ吹き上がれ」
三〇センチメートルほどの木製の杖を斜め上に振り上げ、斜めに下ろし、少し離れた場所を突くように指した。すると、杖で指した場所で炎が吹き上がった。
カナタは息を呑む。これが、『魔術』というものなのかと。まるで芸術にも、超技術にも見えた。現実世界ではまずあり得ない、彼女の放つ大技。
炎は一〇秒ほど辺りを照らし続けた。
信じられない光景を目の当たりにした一家に、セルアが問いかけた。
「僕達のこと、信じてくれます?」
悔しげな表情で父は答えた。
「認める……しかなさそうだな」
強ばった勇者たちの顔に笑顔が戻った。
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帰りの車の中、カナタはふと、そういえばと、思い出した。
────あれ? ジャイゴはどうしたんだろう? 獣使いで、一団ではセルアに続いて強いジャイゴ・ガルシア……ん~、たまたま彼だけ転移させられなかったのかな?
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家に戻った一家とセルア達は順番に風呂に入り、それぞれ床に就いた。この家にちゃんとした寝床が今のところ無いセルア達はというと、和室に布団を敷いてもらっていた。
セルアと母が話している傍ら、マキナは既に寝息を立てていた。
「こんなにしてもらっちゃって、なんだか申し訳ないです」
「いいのよ。それよりお父さんがあんな事言っちゃってごめんなさいね」
「いえいえ気にしないでください、状況が状況でしたし、怪しまれるのは当然ですよ」
「そうなの。じゃあよかった。おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
母は襖を閉じ、電気を消した。セルアたちも布団に入った。
「なんだか凄いところに来ちまったな」
ゴルダンが、まだ起きているラーシャとセルアに話しかけた。
「ああ、夜なのに明るいし、水も無限に出てくる。家の中もチリ一つなくて、とても綺麗だ」
「ですね。私たちの世界では考えられなかったことです」
「この先一体、俺らはどうなっちまうのかな」
「さあね。考えても無駄だと思うし、寝よう」
「だな」
「ですね」
「おやすみ」
「おう」
「おやすみなさい」
そうして彼らは眠りに落ちた。




