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2-10 二人の過去

 あれは……私がまだ五歳だった頃、その頃の私の周りに友達はいなかった。みんな親の仕事の手伝いに行って、日が出ているうちは家に帰ってこないせいで交流はまともにできないし、「貧民街だから」という理由で富裕層の子からはもちろん、一般層の子からも軽蔑されていた。だから、私はみんなが仲良く誰とも分け隔て無く笑っている「学校」という場所に憧れた。

 そんな日々に嫌気がさして、私はある日家出をした。街を出て、草原を一、二キロ歩いたくらいだったかな? 武器も使える魔法もなく、モンスターに殺されかけてた私を助けてくれたのが、私と五歳離れたジョン兄だった。

 ジョン兄は魔法のプロフェッショナルで、私にいろんな魔法を見せて楽しませてくれた。空を一緒に飛んだり、擬似花火を作ったり、海が遠かった街の近くにビーチを勝手に作ったり、ほんと、楽しい日々だったよ。

 でもある日、ジョン兄と彼の家族は忽然と姿を消した。私は訳がわからなくなって、来る日も来る日も街中を探し回って、通りかかる人に行方を聞いたりしたけれど、結局会うことは叶わなかった。


 ~~~~~~~~~~


「これが私とこいつの関係よ」

「……うむ。概ね合っている。それにしても、『あの言葉』が今になっても反応するとはな……」

「喧嘩っ早いアンタをよく止めてたのが懐かしいわね」

 二人が話しているうちに、ゴルダンは自らの固有魔術「Perspicuitas/透明化」を密かに発動し、ジョンソンの後ろへ回り込もうと、バレないようにゆっくり動き出した。

「……確かに、懐かしいな……だがその思い出とは今日でサヨナラだ。俺はアラベスクを殺したお前を、もう親友だとは思わない」

────アラベスク……一期の最後に戦った、音楽の魔術使ってた魔王軍幹部、アラベスク・シューの事だな。

「うん。私ももう、アンタのことは親友だともなんとも思わない。いや、思いたくない。人の命をたくさん奪って来たお前を、今日ここで絶対に倒す」

 そうマキナ啖呵を切ったと同時に、後ろに回り込んだゴルダンが「古式武闘術四番:鋼手刀」という、手を鋼のように硬く、刀のように鋭くさせ、相手の体を切断することさえできる技をジョンソンに向けて使用しようとしたその時、またもや『manipulatio gravitatis/重力操作』が発動し、ゴルダンは地面に張り付いた。

「……殺気と一瞬の余裕。隠せていない……」

 マキナはニヤリと口角を上げ、白い歯を見せた。

「amplificator manus/ハンドブースター。でもアンタだって、今私から気を逸らしたよね!」

 所謂「ナルト走り」と呼ばれる、腕を後ろに突き出した前傾姿勢で、手の平からはエネルギーのようなものを噴射しながら、秒速約三〇メートルという人間が出すには凄まじい速さでジョンソンに突進、顔に向けて飛び膝蹴りをお見舞いした。勿論それは大剣で防がれてしまったが、廊下の奥にある音楽室のドアはおろか、音楽室内の壁にまで突き飛ばすことができた。

「『manipulatio gravitatis/重力操作』……『Altius/奥へ』」

 飛び膝蹴りの後、着地して構えていたマキナの体を、背中から後ろへ引っ張られる感覚が襲った。

 それと同時に、ジョンソンは自分にもこの技を適用したためか、落下と同時にマキナヘ切りかかってきた。

「Spina Glacialis/氷の茨」

 マキナは魔法を使い、棘がとても鋭利な氷のバラの茎のようなものを作り出し、ジョンソンの行く手を阻んだ。また剣で斬られることを想定していたのか、氷の棘と茎はとても固く作られていた。それに加えて、大剣の出す熱で氷面が少しずつ解け、ツルっと滑って刃が上手いこと入らない。

 仕方なく隙間を縫って迂回することを選んだジョンソンだったが、途端に棘が伸びて彼の脇腹を刺し、ダメージを与えることに成功した。

 だが彼はそれでは止まらない。再び大剣を構えて、反対側の壁に「Pulvinar aquae/水のクッション」で着地したマキナを仕留めようとしたが、途端に目の前に現れたコスモに、腹を力いっぱい殴られてしまった。

────しまった! こいつに適用するのを、忘れていた…!

「俺も負けてられないな!」

 コスモはすかさず二発目を入れた。すると、ジョンソンの体から力が抜けてその場に倒れこむと同時に、マキナにかけられた彼の固有魔術も解除された。だがジョンソンは二秒もしないうちに立ち上がって

コスモに斬りかかった。

 コスモはまるで完璧に攻撃パターンが読めているかのようにそれをかわし、パンチを繰り出すのだが、相手に大剣でことごとく防がれてしまう。

「ああもう埒が明かねえええええ!」

 コスモはオーブリンクを行い、スライドを六回引いた。

『パンチ・ヒッサツ』

 途端にコスモの右腕が赤く膨れ上がり、まるでボクシングのグローブのようになった。

「ハァァァァァ……ハアッ!」

『パンチ・フィニッシュ・パーンチ!』

「一! 二! 三! 四! 五! 六! 七! 八! 九! 一〇! K.O.だ!!!」

 ゴルダンが声を張り上げた。

「いやボクシングじゃないから」


 **********


 カナタたちは三階の教室に移動し、そこでジョンソンを「拘束縛魔法」と呼ばれる魔法を使って拘束した。

「これで……よし」

 マキナはそう言うと、ジョンソンに魔法「Expergiscere/目覚めろ」を使って叩き起こした。

「ぐぅっ…お前ら、ただじゃ置かねぇからな!」

「はいはい。それじゃ、尋問の時間よ。アンタの過去、語りつくしなさい」

「……分かった。抵抗もできないようだし、この際すべて語りつくしてやる……CODE-009!」

 ジョンソンは、声高らかに叫んだ。

「コードゼロゼロナインって何? もしかして、まだ何か企んでるわけ?」

「お前たちには関係ない事だ」

「怪しい……」


 ~~~~~~~~~~


 まずは、あの国の歴史から語る必要があるだろう。

 俺たちが住んでいたシラ王国では、今からちょうど二〇年前に奴隷制度が廃止され、奴隷が禁止された。俺が二歳、マキナはまだ生まれてすらいない頃だ。解放された奴隷たちは大半が喜んでいたそうだが、仕事を失い無一文で路頭に迷う奴もいた。同時に、奴隷を使っていた富裕層や経営者は労働力が失われた事で困っていた。そこで裏社会に作られたのが「闇市」だ。そこでは身寄りのない人間や、借金に苦しむ人間、障害を持っている人間、賊に目をつけられた人間などが「闇奴隷」として流されたり、先述の路頭に迷った元奴隷が身売りをしたりしていた。


 それを踏まえた上で、俺の人生を語るとしよう。

 俺たち一家がマキナの前から姿を消したあの日、俺たちは闇市に流された。でかい討伐やら任務やらで大量に稼いでは、その日のうちに全額ギャンブルに突っ込んでマイナスにするようなバカ両親の、借金を返すための苦肉の策。当初は俺だけを売るつもりだったらしいのだが、二人もあっさり騙されて連れて行かれ、モンスターの食用肉に加工されちまった。そして俺だけが、富裕層の労働力として生き残った。

 そこからは地獄のような日々だった。生まれつきの虚弱体質が祟ってか、買われては「役立たず」として返品され、また別の人に買われては返品され、買われ、返品、買われ、返品その繰り返し。

 まあ、分かりきってたよ。小さい頃からずっと。俺は誰からも必要とされてないんだって。


 そんなある日、魔王軍幹部を名乗る二人組が闇市を覗きにきた。

「ねぇ兄さん、これ良くない? 奴隷のガキにしては肌ツヤいいしさ」

「確かに、旨そうな顔してやがる」

「もう、兄さんったら。食材の買い出しは終わったでしょ」

「おーおーそうだった。であとは確か……殺し屋育成のためのガキ、だったかな」

「正解! 大将、このパツキンのガキ売ってくれない?」

「五〇〇万ジュエグ。ちなみにそいつの名前はジョンソンだ。とっとと金置いて失せやがれ」

 ちなみに「ジュエグ」とは、俺たちが元いた世界だけで通用する貨幣の単位、名称のこと。その価値はスピカ曰く、このカナタとか言うガキの国の単価「日本円」に等しい。

「はいピッタリ五〇〇万。さ、いくよ。ジョンソンくん♡」

 この時、食用肉になった両親共々、家族単位で仲良くお買い上げされたわけだ。

 次の日から「休息」なんて言葉は無い、過酷な特訓地獄が幕を開けた。三〇人くらいいたガキも、ついていけない者から死んでいく。

 そこから一〇年後、最後の一人になった俺は魔王軍幹部に「魔王直属の殺し屋」として編入させられた。

 特訓と魔力によってすっかり虚弱体質が解消された俺は、好きなように殺し回った。魔王軍は、俺に存在意義をくれたんだ。

 そして俺は、今まで自分を蔑ろにしてきた世界に、『復讐』を誓った。


 ~~~~~~~~~~


「……というところだ。別に後悔なんてない。親は俺のことをストレスの捌け口、単なるお世話係などとしか、思っていなかったクズ共だったしな」

「……アンタ、私以上に壮絶な人生送っていたのね」

「だとしても、人を殺していい理由にはなりません。元の世界に戻ったら『地獄』で懺悔なさい」

 ラーシャの言葉を聞いたジョンソンは急に笑い出した。

「地獄? 懺悔? そんなものは必要ない。俺は今日ここで、お前らとともに死ぬ」

 その時、ジョンソンの後ろから小さい二つの謎のポータルが出現し、そこから手のような、触手のようなものが伸びてきた。それと同時に教卓に置いていた魔法石から声が聞こえた。

「CODE-009を承認した。『デーモンコア』との融合を始める」

「この声、スピカ・ターヴォか!」

 カナタが声を上げた。

「スピカって誰!?」

「魔王軍幹部、科学者の女だよ。アニメで見た」

 ポータルから伸びてきた手のようなものをよく見てみると、赤黒く光る玉のようなものを持っていた。謎の手はそれをジョンソンの体の中に力ずくでねじ込んだ。

「グッ……ガァァァァァァァ!!!!!」

「何何何!? 何が始まるっていうの!?」

 その時、教室が赤黒い光と煙に包まれた。

 光が収まり、煙が晴れると、ジョンソンがいたはずの場所には、ピエロを禍々しく変化させたような怪物が立っていた。


 **********


 その様子を魔王城からクラハの水晶玉を通して、クラハとスピカの二人が見ていた。

 クラハは先ほどジョンソンの後ろに出現したのと同じポータルから腕を引き抜いて口を開いた。

「なーなースピカ。これでいいの?」

「ああ。よくやった。プロトデーモンの完成だ。実験開始……といこうか」

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