2-9 ゴニンコスモ
学校の狭い廊下で、それぞれが戦っている。
「古式武闘術五番:回転蹴り!」
ゴルダンはその名の通りの技をイエローの頭めがけて繰り出し、続いて後ろからこっそりと迫ってきていたグリーンの顔面に、振り向きざまに重たいパンチを喰らわせた。その衝撃でグリーンのマスクの一部が割れ、口元が露出した。
「助……け……て……」
その一言を聞いた彼の体に悪寒が走った。
「ラーシャ! ちょっと、こいつらのこと『視て』くれないか?」
ゴルダンはラーシャに遠くから声をかけた。
「わかりました!」
ラーシャはゴニンジャー全員が視界に入る位置に移動し、「Desine movere/動きよ止まれ」を使用して彼らの動きを封じると、口を開いた。
「『発動:alores numericos facultatis visualiza!/能力値可視!』」
カッと見開いた彼女の瞳には、各々の生体情報や攻撃力、使うことのできる魔力量などが表示された。
「これは……!」
「何かわかったのか?」
セルアが聞いてきた。
「全員、悪性の魔術で洗脳されています! それと、恐らくですが魔力を用いた肉体改造も行われているようですね」
「やっぱりそうだったか」
ゴルダンがそう言って拳をグッと握り締めると、ラーシャは杖を床につき、魔法陣を展開。そこからは緑色のエネルギーが立ち上っている。
「A lavacro cerebri discede!!!/洗脳よ解けろ!!!」
ラーシャがそう唱えて杖を大きく左右に振ると、洗脳されていた五人は脱力して倒れこみ、レッド、もとい火田修司は荒い息をしながら変身を解除した。
「助かった、のか……?」
「はい。もう安心してください。立てますか?」
セルアたちは彼らに手を差し伸べ、ゴニンジャーたちもその手を取って立ち上がった。
「誰かは存じ上げないが、助かった」
「それはよかった。ところで……」
セルアが、ここに来ているはずのジョンソンのことについて聞き出そうとしたその時、階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。その場にいる全員が身構えたが、上がってきたのはジョンソンではなくカナタだった。
カナタの姿を目にした火田は、何かに気づいたように目を見開いた。
「カナタ!? なにかあったのか?」
「これ……マキナの……」
息も絶え絶えのカナタの手の中には、マキナのペンダントがあった。
「これ、わざわざ届けてくれたの……ありがとぉ~」
マキナはカナタをぎゅっと抱きしめた。
カナタにとっては夢にも見なかった「最推しのキャラクター」に抱きしめられるという大事件。彼は今にも昇天してしまいそうな程、幸せの最頂点に達していた。
セルアは、幸せな顔をしながらフニャフニャと膝から崩れて気絶したカナタと、それを見てあたふたしているマキナを横目に、さっきの話の続きを始めた。
「それで、本題なんですけど、『オニ』のようなお面をつけて回転刃のついた大剣を持っている男を知りませんか?」
その時、遠くからチェーンソーの「ブゥーン」という音が聞こえてきた。
「まさか」
「来るぞ……」
渡り廊下の向こうから般若のお面をつけたツナギ姿の男、『殺し屋ジョンソン』が回転刃のついた大剣を構えて突っ込んできた。
「みんな、伏せろ‼‼」
セルアの叫び声にほとんどの人間が反応し、凶悪な一振りから首を守ることができたが、反応が少し遅れたイエローとピンクは首を持っていかれてしまった。
「雷斗! 姫谷! テメェ……! よくも俺の仲間を!」
倒れこんだ二人の遺体に駆け寄った火田は、生身のまま殴り掛かったが、「……スピカ、洗脳の精度について、クラハに改善を要求しろ。解かれた」と、当のジョンソンは魔法石で通信しながら片手で火田のパンチを受け止め、一瞬手を放すと力いっぱい蹴飛ばした。そのまま流れで「裏切者には容赦しない」と言わんばかりに片手で斬撃を飛ばし、ブルーとグリーンの首をはねた。
「……残るはお前たちだけだ。勇者共」
セルアは前に出て、ジョンソンを睨みつけた。
「みんな……覚悟は出来てるな?」
「うん」
「おう」
「はい」
この時、ジョンソンはセルアの口が小さく動いたのを見逃さなかった。
「じゃあ、いくぞ」
「Vola, Globus Ignis/火球よ、飛べ」
先陣を切って攻撃を繰り出したのはマキナだった。彼女は杖で大きく円を描き、ジョンソンの方へ杖の先を向けた。すると、出現した火の玉がその方向へ飛んで行った。
だがジョンソンはそれをすべて斬って無力化した。
────斬られちゃった。でも大丈夫。これは陽動!
その時、ジョンソンの真上の天井に穴が開き、そこからゴルダンが逆さまの体勢で出てきた。
「古式武闘術三番:殴連打撃!」
ゴルダンはものすごい速さで殴り続け、ジョンソンはそれを大剣で防いでいる。
その隙にセルアは剣で斬りかかろうとしたが、ジョンソンは右手でセルアの顔を、左手でゴルダンの拳をがっちりつかみ、いくつかの天井を突き破って大きく跳躍し、屋上に出た。
「……ほら。戦う場所は広いほうがいいだろう…」
「そう来るか」
**********
その頃、気絶していたカナタは意識を取り戻していた。マキナとラーシャも三人を追いかけたのだろう、周りには誰もいない。あるのはゴニンジャーの遺体だけだ。
「うぅっ、マジか……」
カナタは青い顔をして両手を合わせた。その時、ジョンソンに蹴とばされた火田に、とても弱々しい声で呼ばれた。その声を聞いたカナタはすぐに駆け寄った。
「大丈夫…じゃないですよね………」
カナタは大量の出血や吐血から、火田の死を悟った。
「ああ、もうじき迎えが来るだろう。そこでだ、キミにこの力を、託させてほしい……そして必ず……俺たちの仇を……」
火田は自らのゴニンチェンジガンと、真ん中に赤い宝石のついた豪華な首飾りを差し出した。
「本当に、俺でいいんですか? って言うか話急すぎ……」
死の間際でも、彼はフフッと優しげで力強い笑顔を浮かべた。
「キミだからこそ……だ。キミなら絶対に……できる」
────キミの中には、七色に光り輝くものがあるから……な……
薄れゆく意識の中でそう思ったが、彼はあえて口には出さなかった。
「分かりました」
カナタは首飾りを、ゴニンチェンジャーを装備した。すると、真ん中の宝石は赤色から、ラメの入った藍色に変化した。チェンジガンに入った赤いラインも同じくだ。
**********
屋上では当然ながら戦いが続行しているが、残念なことにセルア側が押され気味である。
「ねぇ、このままじゃ全滅は時間の問題じゃない?」
「ああ、マキナの言う通りだ。自爆してでも倒すことを視野に入れるべきだろう」
「ですね。私たちが死んででも、この世界だけは守らねば……!」
「その必要はないよ」
屋上へ向かう階段とつながる扉から、カナタは出てきた。
「おいカナタ! 何やってんだ早く逃げろ!! 死ぬぞ!!!」
「大丈夫。俺は力と、仇討ちを託されたから。全身全霊でアイツに立ち向かわせてもらう!」
歩きながら銃をネックレスの宝石部分にかざすと、宝石が光り輝いた。『オーブリンク』だ。そこからスライドを三回引くと、電子音のかっこいい待機音が辺りに響いた。
────テレビで見たとおりに、やれば良いんだよね、火田さん。
カナタは大きく股を開き、銃口をジョンソンに向け、
『変身!!!』
トリガーを引いた。発射された五つの銃弾は星型を描き、その形を保ったまま横向きにグルグルと回転し続け、体がその間を通り抜けた。
すると、カナタは宝石と同じ色の重厚なアーマーを各部にまといつつも、スタイリッシュな白い英雄の姿になった。
「変身した……?」
「すげぇ……すげぇぞカナタ!」
白い英雄は細く、深い息を吐きながら三歩前に出た。
「変身したんなら、名前を名乗るべきだよね……そうだな・・・」
そして軽く咳払いをして、
「俺は、悪を倒し世界を救う新英雄、ゴニンコスモだ!!」
「ゴニンコスモだと……ふざけた名前にふざけた見た目のガキだ……血祭りにあげてやる……」
ジョンソンは跳躍して大剣を振りかざしたが、ゴニンコスモはそれを両手をクロスさせて受け止めた。
────なんだ? なぜ……斬れない……!
強い力に少々押されたものの、それをものともせずにクロスを解いて跳ね返したコスモは、着地したジョンソンの左頬に強烈なパンチを繰り出した。
「すご! 体が勝手に動く!」
パンチやキックをテンポよく、そして正確に繰り出し、襲い掛かる大剣や体術を避け、時に受け止めながら有利に戦いを進めていった。
「なんなんだ……この力は!!!」
「これは、二〇年間脈々と受け継がれてきた、正義の力だ! これで決める!」
コスモは再び胸の宝石に銃をかざす『オーブリンク』を行い、スライドを五回引いた。
『チョウ・ヒッサツ』
銃口にエネルギーがチャージされ始め、股を大きく開いて、銃を構える。
「僕たちも加勢するぞ! 全員『固定魔法』準備!」
「りょーかい!」
「おうよ!」
「はい!」
「「「「Desine movere!/動きよ止まれ!」」」」
四人はタイミングをそろえて同時に魔法を発動、ジョンソンはまるで鎖に繋がれたかのように動きが固定された。
「ナイスみんな!」
エネルギーのチャージが満タンに達した時、彼はトリガーを引いた。
『ショット・フィニッシュ・ショーット!!!』
正義のエネルギーに満たされた銃弾は発射され、ジョンソンは自らに向かってくる”それ”をいつものように、大剣で斬って無力化しようと構えたが、受け止めるのは五秒も持たずに被弾、爆発してしまった。
「やった……カナタがやったぞ!」
「すごいよ!幹部を一瞬で倒しちゃうなんて!」
セルアとマキナからの賞賛の声を背に、コスモは変身を解除して生身のカナタに戻った。
「みんな、大丈夫?」
「ああ。おかげさまで」
ゴルダンは「ヘイッ」という具合で右の拳を出し、カナタも同じように拳を出してグータッチをした。
「カナタ君の方こそ大丈夫ですか?」
「うん。ちょっと腕がジンジンするくらいで、後は全然」
その時、学校全体が揺れ始め、その影響で窓ガラスは割れ、屋上の床には亀裂が入っていった。
「なんだなんだ?」
「……まさか!」
カナタは未だに燃え盛る炎の方に目を向けると、中からただならぬ怒りとドス黒い憎しみの感情を感じ取った。それと同時に屋上の床は崩落し、五人全員が校舎四階に落ちてしまった。
「痛ったぁ。なにが起こったのよ……」
「床……なんで?」
その時、瓦礫と土煙の向こうから、チェーンソーを吹かしたような、大剣を起動する音が聞こえてきた。
「おいおいまさか…」
「みんな立て! 来るぞ!!」
「……Confringe/砕け散れ」
その一声で彼の周りにあった瓦礫は、全て砕けて砂となり、さっきよりもボロボロになったジョンソンが姿を現した。面の見た目も大きく変わっており、般若よりも強い怒りを表す「真蛇」の能面と、穏やかな顔をした「翁」の能面を組み合わせたような、なんとも不気味なものとなっていた。
「……絶対に……許さない……!」
そう言ってジョンソンが大剣を一振りすると、真空の刃ではなく、『チェーンソーの刃そのもの』がすさまじい回転をしながら飛んできた。
「まずい。このままじゃ……!」
刃が五人を切断するまであとわずかというところで、セルアが最前線に立ち、魔法石が埋め込まれたイヤリングに軽く触れた。
「『発動:Defensio automatica/自動防御』」
そう、彼は自らの固有魔術を発動させ、バリアの張られた体で刃を受け止め、皆を救ったのだった。
「ありがとー! 今日で二回も助けられちゃった」
「お前がそれを使ったってことは……五分で決着をつけなくちゃいけねぇみたいだな」
剣士、セルア・レイズの持つ固有魔術「Defensio automatica」は、所謂「オートガード」であり、五分間だけどんな攻撃も通さない技である。だがその反面、使用時間が切れると気を失ってしまい、足手まといになりかねない、という弱点も持っている。
『オーブリンク』「今度こそ絶対に倒す!」
カナタは再びスライドを三度引き、銃口を構え、トリガーを引いて変身。間髪入れずにジョンソンに殴りかかった。
だがその時、
「……『発動:manipulatio gravitatis/重力操作』」
ジョンソンは自らの固有魔術を発動した。この技は、その名の通り重力の向きと強さを自由に変更することができる。
「……『deorsum/下に』」
その一言と同時に左手をふりおろすと、五人の上にズシリと重い力がのしかかり、パンチが届くまであと数センチというところでコスモも床に墜落してしまった。
「お、重い……」
床に張り付くようにして倒れているコスモは、顔をあげて立ちあがろうと試みたが、重力に抗うことはできず、それに追い打ちをかけるかのように頭を踏みつけられてしまった。
「悪を倒し世界を救うニューヒーロー…だっけか? 威勢がいいことを言ったそばからこれとは……敵として情けない……」
「一回倒されかけてる癖によく言うね……」
「黙れ……おい勇者共、親しいガキが殺される瞬間を、しっかり目に焼き付けておくことだな」
二、三回頭を強く踏みつけながらそう言うと、今度は額をつかんで高く持ち上げた。
「やめろ! 僕たちが身代わりになるから、彼だけは見逃してやってくれ!」
セルアの悲痛な叫びが聞き入れられることは当然無い。額をつかんでいた手を放し、コスモの体が宙に浮いたところを、下からこれまでにない高速回転を行う刃で斬ろうとしたその時、ジョンソンの顔に大剣の刃が勢いよく当たった。
「ぐぁっ……何が起きた?」
混乱したためか固有魔術の効果が切れ、全員が自由に動けるようになった。
「キックバックだよ。チェーンソーやその剣みたいに回転する刃がついた道具は、回転中の刃の先端上部に物が当たると勢いよく跳ねる危険な性質があるんだ。俺は今回刃を足で触ってそれを起こ、っていだだだだだぃ!」
足の痛みを自覚したカナタの悲痛な叫びが、校舎に響きわたった。
「ここは私たちが引き止めとくから、ラーシャ! カナタを回復してあげて!」
「言われなくてもそのつもりです!」
「それと、多分刃が強化されてるから気をつけて!」
セルア、マキナ、ゴルダンの三人はここぞとばかりにジョンソンに攻撃を仕掛け、ラーシャは荒い息を吐くコスモの元へと駆け寄った。
「カナタ君、大丈夫ですか?」
「大丈夫……だけど……マジで痛い……」
コスモは右足先を切断され、血がスーツににじんでいた。
「酷い怪我……ちょっと痛むけど、我慢してくださいね。Sana vulnera tua/傷よ治れ」
そうすると、斬られた部分はメキメキと小さい音を立てながら再生した。
「ありがとう。ほんとにありがとう」
「どういたしまして。私たちも行きますよ」
「うん。絶対に勝つぞ」
「はい」
**********
三〇秒ほど時を戻し、セルアたち三人がジョンソンに攻撃を再開した頃。
「Electric malesuada euismod/電気の網」
マキナは電気の網を召喚し、ジョンソンを拘束した。動きを封じることができる上に電気で体を麻痺させることもできるので、拘束力と威力は相当なものだ。
「やっちゃって!」
「助かった! 古式武闘術三番・改:百連打撃!」
ゴルダンが百発のパンチを絶え間なく浴びせると、ジョンソンは二重の攻撃を受けてよろめいた。
「よし、今だ! セルア!」
剣を振り上げ、ゴルダンを軽々と飛び越えたセルアは不気味な面を真っ二つに斬った。ちょうどそこに、回復を完了したコスモとラーシャが合流した。
「さあ、面の中身を見せてみろ」
斬られた面はすぐさま床に落ち、殺し屋の素顔があらわになった。だが、その顔を見たマキナは目を見開いて、衝撃と絶望の混ざったような表情を浮かべていた。
「うぅ……貴様らぁ! よくも俺の面を!」
ジョンソンは怒り心頭の様子で、魔法「bracchium serpentis dentis magni/大牙蛇腕」を発動し、自らの腕を大きな牙の生えた口がついた、蛇のような生物に変化させた。
それを自由自在に操り、セルアたちに攻撃を仕掛けたが、怒りに身を任せた無茶苦茶な攻撃だったせいか、まともに当たることは無かった。
だがそれも今この瞬間で終わり。オートガードの制限時間が切れてしまったのである。
────しまっ……た……
凶暴な腕は即座に、気を失ったセルアに襲いかかった。あと少しで喰い殺される、というところでマキナが声を張り上げた。
「ストップ、ジョン兄ぃ!!」
ジョンソンはその一声で腕を止めた。
「ジョン兄ぃって……知り合いだったの!?」
「うん」
「教えてくれ、この男との間に、一体何があった?」
「あれは、私がまだ五歳だった頃……」
マキナは下を向いたまま自分の過去を思い出し、それを語り始めた。




