2-6 カナタ・イン・ワンダーランド
カナタが教室、いや、不思議の国に閉じ込められる三〇分前、ジョンソンは駅前の路地裏で鍵を使用し、「助っ人」であるゴニンジャーを召喚していた。そしてそれと同時にスピカが再び連絡をしてきた。
「クラハの視覚共有に映っていた少年の情報が分かった。名前は春晴カナタ、性別男、七王子西中学校第二学年に在籍している」
スピカは自作のコンピューターで、カナタが慈善活動を行ったことを表彰されている画像を見ていた。
「……それで?」
「君にはこれから彼をどこかに閉じ込めてもらいたい。どうやらクラハ曰く『あのガキの中に大きな、ボクたちの脅威になりうる力を感じた』そうだ。不安要素は潰しておくに過ぎないだろう?」
「……わかった。学校を襲って殺せばいいんだな?」
「そう。だが穏便に済ませてくれよ。未開の地ではあまり目立たない方がいい。今後の活動に支障をきたすかもしれないからな」
「……了解」
ジョンソンは変身前のゴニンジャーを連れて校門前までたどり着いた。
「お前たちはここで待機しろ。合図をしたら入ってこい」
五人はコクっとうなずいた。彼らの目には、以前までの輝きは無い。
ジョンソンは武器を隠して校内に侵入した。流石殺し屋というべきだろうか、音一つ立てず、気配すら感じ取られずに進む。呼び出し放送でカナタが教室を出るという誤算が起こりつつも、無事教室に侵入することができた。
二-三の教室に侵入するや否やジョンソンは魔術「phantasma hypnosis/幻影催眠」を発動し、その場にいた全員を不思議な世界へ誘った。
「……子供はお菓子が好き。何よりも……そんなものだ……」
**********
ここで視点はカナタへ戻る。
「なにこれ……! どこここ!?」
「春晴くん!」
名前を呼びながらこっちへ走ってきたのはクラス委員でもある佐藤さんだ。
「佐藤さん、これ一体どうなってるの?」
「私にも分からないけど、気づいたらここにいて」
「だよね。みんなは?」
「それもわからない。でもみんなバラバラになってると思う」
「そっか。じゃあ探そう、みんなと一緒に生きてここから出る」
「そうだね。行こう」
*佐藤さんがパーティーに加わった。
二人は扉から出たところからまっすぐ歩きだした。
「誰かいるー?!」
カナタが声を出しながら歩いていると、チョコレートの川に突き当たった。
「すげぇ、チョコの川だ。『チャーリーとチョコレート工場』みたい」
「乗っていかれます? タダで行きたいところまでお連れしますよ」
川に浮かんだボートから声をかけてきたのは、全身チョコレートでコーティングされたような見た目の渡し守だった。
「じゃあ、お願いします」
────全身チョコなこと除けば、ウィリー・ウォンカみたいな服着てるな。帽子もまんま。
二人はボートに乗り込んだ。
「あの、一ついいですか?」
カナタはオールを漕ぐ渡し守に声をかけた。
「はい、なんでもどうぞ」
「ここは、この世界は一体何なんですか?」
「うむ……申し訳ありませんが、実は私共も分からないものでして、お答えできかねます」
「そうでしたか……ではここから外の世界に行く方法って知ってたりしますか?」
「それもわかりませんね。森にいる魔女にでも聞けばいいんじゃないですか? ところでお二方、お好きなお菓子ってありますか?」
渡し守が聞いてきた。
「お菓子? うーん、なんでも好きだけど、特段好きなのはチョコですね」
カナタが答えた。
「おお、分かってらっしゃいますね。それではそちらの貴方の好きなお菓子は何でしょうか」
「私が好きなのは……グミ、かな」
佐藤さんが答えた。
「グミ? あなた今グミっておっしゃいました?」
渡し守が聞き返してきた。
「はい。私、グミが好きです」
その答えを聞いた途端、渡し守は立ち上がった。
「グミなんてものが好きだなんて貴方思考が終わってますね! プリンやクッキーならまだしも、グミなどというここ数年でしゃしゃり出てきた半端者など言語道断!! 私は……認めんぞぉ!!!」
渡し守は持っていたオールで襲い掛かってきた。
「キャア! ごめんなさい! ほんとはチョコ、チョコが大好きです!!!」
「今更私に忖度など、もう遅い! 川底に沈みなっさーい!!!」
渡し守はオールを船底に叩きつけた。佐藤さんにはギリギリのところで当たらなかったが、船底に穴が開いてしまい、そこからチョコレートが入ってきた。
「やばい! このままじゃ沈む! 渡し守さん落ち着いて!」
「落ち着けるかぁ!!」
荒ぶる渡し守を止めようとしたが、彼は全く聞く耳を持っていなかった。
「こうなったら……」
カナタは勇気を出して立ち上がり、渡し守を蹴飛ばして川に落とした。
「あぁ…あがが」
川に落ちた渡し守はドロドロとドロドロに溶けていった。この川に流れるチョコレートは、どうやら高温らしい。
「やった! でも船がヤバい!! 佐藤さん飛べる?」
「うん!」
二人はぴょんと船から飛び降り、岸に着地した。
「助かったぁ」
カナタはその場に座り込んだ。
「カナタ?」
背後から声をかけられた。
「もしかしてその声は、エイタか⁉」
振り返ると、そこにはカナタの予想通り、エイタがいた。
「あ~よかったぁ。それでエイタ、他の人見なかった?」
「いや、見てねえな。というか俺らがここに来る前に教室にいたの、俺らの班の五人とお前のねーちゃんだけだったぞ」
「ん? ねーちゃん?」
「おう、『カナタの姉』ですって言ってたぞ」
────マキナかぁ……
「わかった。じゃあ残りの四人を探しにいこう」
「だな」
*エイタがパーティーに加わった。
それからカナタ達は北へ向けて歩き続けた。すると、いつの間にか砂がクッキーでできた砂漠地帯に来ていた。
「あちい。もう歩けねぇ。それに腹減ったぁ~」
エイタが地面に座り込んだ。
「がんばれエイタ。いずれ砂漠から出られる時が来るから……」
カナタは疲弊した声で話した。
「んなテキトーな……」
「ごめん私も休憩……」
エイタに続き佐藤さんも地面に座り込んだ。
「佐藤さんまで……ってあ! あれ見て!」
カナタは進行方向から向かって左側を指さした。
「あれってオアシスじゃね?」
「どうせ蜃気楼だろ」
エイタが反論した。
「いや、あれはマジオアシスだね」
「証拠は?」
「ない。でもとりあえず走れ~!」
そう言ってカナタは走り出した。
「待てよぉ」
エイタと佐藤さんは立ち上がってカナタを追った。
ところが数百メートル走ったところでカナタは転んでしまい、緩やかな下り坂でコロコロ転がり、勢い余ってそのままオアシスにダイブしてしまった。
「カナタ! 大丈夫か⁉」
追いついてきたエイタが岸で叫んだ。
「大丈夫! ってあっま! ここの水、シロップだ!」
カナタが水面から顔を出して答え、すぐさま二人に救助された。
「うわ、ベトベト……」
カナタが落ち込んでいると、佐藤さんが何かを見つけたようだ。三人でそこへ行くと、ビスケと班長と、帽子をかぶった男と赤いドレスを着た女性がお茶会をしていた。
「あ、カナタ。会えてよかった~」
「二人とも無事?」
「おう。班長は緊張で震えてるけど無事だよ」
「それは良かった。この人たちは?」
カナタが聞いた。
「さぁ。詳しいことは俺にもわかんないけど、行商人とどこかの国の女王様らしい」
「ほへぇ~。それでビスケ、芝谷さんとは会った?」
「いや、気づいた時には班長と二人だけで砂漠にいたから会ってない」
「分かった。じゃあ探しに行くぞ。次は森を目指す」
「おう、ほら班長も行くぞ」
「は、はい」
*ビスケと班長がパーティーに加わった。
「ちょっと坊や、これを持っていきな」
そう声をかけたのは女王だった。彼女はビスケにクッキーが十枚ほど入った袋をくれた。
「仲良く食べるんだよ」
「ありがとうございます!」
「そうだ、君たちもしかして魔女を探してるんじゃないか?」
行商人の男がカナタに話しかけた。
「え?なんでわかったんですか?」
「おいらにゃ君たちの考えなんてお見通しだよ。────お菓子の家を探しな。多分そこに、魔女はいる」
「お菓子の家……ですか。ありがとうございます」
カナタは礼をしてお茶会の会場を後にした。
**********
砂漠を抜け、森に出たカナタ一行。その森には大きなペロペロキャンディーが自生し、チョコレートで出来た木が生えている。
「腹減った~クッキー食っちまおうぜ~」
エイタがまたもや弱音を吐いた。
「やめとこうよ。異世界異次元のもの……というかそもそも、人から貰った訳の分からないものは迂闊に食べない方がいい」
「え~でももう無理! いただきます!」
カナタが言ってもエイタは聞かずに袋を開けて食べ始めた。
「私も!」
「ぼ、僕も……」
「意外と美味いな」
エイタに続き、カナタ以外のメンバー全員が食べ始めた。
「やめとこ?! もし危ない成分とか入ってたら……」
カナタがそう言った途端、クッキーを食べた全員の体が小さくなってしまった。
「ほら言わんこっちゃない。迂闊に食べたもののせいで、大変なことになる展開は童話のお約束でしょ」
「はい、すんません」
「すげぇ! 小さくなった!」
「どうなってるのこれ⁉」
一人で悪気なさそうに謝るビスケの傍らで、エイタはテンションが上がり、佐藤さんと班長はとても困惑していた。
「カナタも一緒に小さくなろうぜ! そのほうが絶対楽しいから」
エイタが誘ってきた。
「えぇ、じゃあいただきます」
カナタはしゃがみこんで手を出した。
「あ、ごめん。食べつくしちゃったみたいだからもうないわ」
「うそでしょ。食べつくすなよ」
「ごめんごめん。でもこの世界のお菓子なら何でもいいんじゃね? そこらに生えてるペロペロキャンディとか」
エイタはカナタの後ろに生えている大きなペロペロキャンディを指さした。
「いけるかな……?」
「いけるって」
カナタはキャンディを引っこ抜いた。意外と軽かったようだ。
「じゃあ、いただきます」
ガリっと一口かじると、カナタの体は見る見るうちに大きくなった。
「あー……マジかぁ……」
「笑える」
この後、クッキーを食べた四人はキャンディをかじって元の大きさに戻った。カナタも木に生えていたマカロンで元の大きさに戻った。
**********
それからも森の中を進み、ついにお菓子の家にたどり着いた。
「すみませ〜ん。誰かいますか?」
カナタがノックしながら聞いたが返事は無い。
「居ないみたいだな」
「窓割って入っちゃう? 多分これ飴細工だぞ」
エイタが聞いてきた。
「そしたらバレた時が多分やばい。童話ではここに住んでるのは悪い魔女だし」
「知ってる。ヘンゼルとグレーテルでしょ」
カナタとエイタが話す横で班長は家の中を覗いて、あるものを見つけた。
「はっはははは春晴くん、ちょっと中、中見て」
「ん? どれどれ?」
班長に言われるがまま中を覗いたカナタは、部屋の中央に置かれた釜の上に縄で吊られている金髪の女性を見つけた。釜は禍々しい色を放ちながら沸騰している。
「あっ、あれ……」
カナタは窓を開けてお菓子の家の中に侵入、縄を解いて女性を救出した。
「大丈夫? 柴谷さん」
助けられた彼女は、今年度から七西中二年三組に、アメリカから転校してきた、ヴァネッサ・柴谷。名前の通り、日本人とアメリカ人のハーフである。
「Where is this?」
「あー……Sorry, we don't know either.(ごめん、俺たちにも分からないんだ)」
「So that's what it was.」
「More importantly, what happened?(それより、何があったの?)」
「I thought I was in the classroom with everyone, but suddenly I found myself alone in the forest.
As I was walking, the witch found me and took me to her house.」
ヴァネッサは丁寧に説明してくれた。彼女も教室の異世界化に巻き込まれ、一人で森を歩いていたところを魔女に連れ去られたらしい。
「やっぱ魔女が住んでたのか。thank you for tell me.(教えてくれてありがとう)」
「カナタすげーな。英語ペラペラじゃん」
ビスケが感心している。
「そう? ありがと」
「おい、それよりやばいぞみんな」
さっきまで窓から外を見ていたエイタが声をかけてきた。
「何かあったの?」
佐藤さんが質問した。
「魔女っぽいやつがこっちに来てるんだよ! 隠れるか逃げるかしないと捕まっちまうぞ」
「げ! マジかよ」
「what happened?」
今度はまだ日本語に疎いヴァネッサが質問してきた。
「The witch who kidnapped you is coming this way. Hide or you'll be caught.(君を連れ去った魔女がこっちに向かってきてる。隠れないと捕まっちゃうよ)」
「What?! We have to hide quickly!」
そう言って彼女は階段の影に隠れた。
「よし、俺たちも隠れよう」
各々、バレない場所に隠れると、魔女が帰ってきた。後ろには黒いフード付きマントを着用した人物もいた。
「ありゃ⁉ ガキがいないじゃねえか! どこへ行きやがった⁉」
そう言うと魔女は曲がった腰でヴァネッサを探し始めた。
「おいマキナ! あんたも一緒に探さんか!」
────マキナ……???
黒いマントを着用した「マキナ」と呼ばれた人物も、一言も発さずにヴァネッサを探し始めた。
「一体どこに行っちまったんだい……せっかく美味そうなガキだったのに」
そう言いながら魔女が釜に背を向けたその瞬間、フードを下げて魔女の弱々しい体をがっしりとつかんだマキナは、プロレス技のスープレックスで魔女を釜に頭から突っ込んだ。
「ひぃぃぃぃ」と声を上げながら、釜に溶けた薬品の影響だろうか、魔女はドロドロと溶けていく。
「みんな! 大丈夫!?」
「マキナ!」
隠れ場所から出てきたカナタはマキナの元へ寄って行った。
「カナタ!? なんでここに? 教室にはいなかったよね?」
「うん。ちょっと呼び出されてたんだ。それで教室に戻ってきたらこんなことになってて、入ったら俺も閉じ込められちゃった」
「そうだったのね。それより落ち着いて聞いて。この文化祭、多分やばいことになるわ」
「やばいことって、どんな?」
「私たちがこの世界に閉じ込められる前に、教室に魔王軍幹部の一人で殺し屋のジョンソンが入ってきたの。そしてこの状況はおそらく、魔術『phantasma hypnosis/幻影催眠』によるものよ。多分、奴が使ったんだと思う」
「幹部って……やばいじゃん! あの強さの敵がここに…」
カナタはアニメ ファンタジーワールドの第九話~一〇話にかけて行われた、セルアVS魔王軍幹部である音楽家『アラベスク・シュー』との戦闘を思い出した。幹部クラスは、あの時のセルアたちでもボロボロになってやっと勝てたレベルだ。
「でしょ? 早くここから出て止めないと!」
「あの、」
ビスケが二人の話に割って入った。
「さっきから聞いてたんですけど、魔王がどうたらとか魔術がどうたら、何の話なんですか?」
「あっ、気にしないで。独り言みたいなもんだし」
「いや気になりますよ。ていうかがっつりカナタと話してましたよね?」
「それより戻る方法なんだけど、」
これ以上反論できなくなったマキナは話題をそらした。
「あそこにある鏡を褒めちぎれば、どこにでも行けるって魔女が言ってたから、それを試してみようと思う」
マキナの指の先にあったのは古びた鏡、大きさは一メートルほどはある。エイタが布をとってみると、鏡面に顔が浮かび上がった。
『ふぅ。あの婆の封印から助けていただき、どうもありがとうございます。この御恩に免じてどこでも好きな場所へ連れて行って差し上げましょう』
どうやら今回は褒めなくてもいいらしい。
「じゃあ、俺たちが元居た教室に戻してくれないか?」
カナタが言った。
『残念ながらそれはできかねます』
「えっ? なんで?」
マキナが聞いた。
『私がお連れできるのは、この『お菓子の国』の中にある場所のみですので』
「嘘⁉ じゃあ私たちはどうしたら戻れるの?」
『さあ。別の世界となりますと、死ねば行けるんじゃないですか? 異世界転生というやつですよ。ま、詳しくは分かりませんがね。私はこれで』
そう言って鏡の顔はスウッと、まるで煙のように消えていった。
「おい逃げんなこのクソ顔面!」
エイタが殴りかかったが鏡は少しも反応しない。それどころかやりすぎて鏡が割れてしまった。
「あ! 何やってんだよエイタ!」
「ごめん。やりすぎた」
責めるビスケと謝るエイタの横で、カナタはナイフを持って立っていた。
「ねぇ、春晴くん、そのナイフは何?」
「死んで元の世界に戻れるかもしれないなら、やってみる」
「やってみるって、もし嘘だったら取返しがつかないわよ!?」
マキナが声を張り上げる。
「そうだぞカナタ。早まるな!」
佐藤さんとエイタとマキナが静止したが、それを抜け出したカナタは喉にナイフを突き立てて自殺してしまった。
「カナタ!!!」
マキナが駆け寄ったが遅かった。血こそ流れて出ていないものの、カナタの体は冷たくなっていた。
「こうなったら……」
マキナはカナタの持っていたナイフを握り「えい!」と同じように喉に突き立てて自殺した。
「マキナさんまで……」
ビスケは悲しそうな顔をしているが、エイタはナイフを取りに二人の死体があるところへ歩いた。
「ええい! ままよ!」
エイタもまた、ナイフを使って逝ってしまった。
「これ俺らもやるの?」
残されたビスケが呟いた。
**********
その頃、カナタは無事に現実世界で目覚めた。起きるなり自分の首を触ったが、傷一つない。カナタはほっと胸を撫で下ろした。
「カナタ! 大丈夫?」
マキナも続いて起きた。
「うん、大丈夫。だけどこの部屋なんか変な匂いしない?」
カナタの指摘でマキナも空気を吸ってみた。
「これ……魔素の匂いね。ここまでのものは久しぶりに嗅いだわ」
魔素とは、ファンタジーワールドの世界で空気中に漂っている物質で、セルア達やその世界の住人たちは、魔素を手持ちの魔法石に取り込んで魔力エネルギーに変換、そのエネルギーを詠唱とともに打ち出すことで魔術となり、使用することができる。
また、魔素は地下から湧き出す「魔泉」から漏れ出ているため、温泉のように独特な匂いがするのだ。
ちなみに、カナタは魔素の存在をアニメで知っている。
「多分ジョンソンがこの締め切った部屋全体に魔術を使ったから、この匂いが立ち込めてるんだと思う」
マキナが説明しながら窓を開けているうちに他のメンバーも起きてきた。
「みんな無事?」
カナタが聞いた。
「一瞬痛かったけど何とか」
「よかった……ほかのみんなも大丈夫?」
「うん」
「なんとか」
「怖かった……」
「I'm glad I was able to return safely.」
「無事で何より……って、」
カナタは時計を確認した。時刻は一二時五〇分、演劇部の開演時刻の一三時まで残り一〇分もないのだ。
「やばっ! なんか食べものちょーだい!」
「はい! カメロンパン!」
「サンキューエイタ! じゃあ行ってくる!」
カメロンパンをくわえたカナタは大急ぎで教室を飛び出した。
「あいつ、あんなに急いでどうしたんだ?」
エイタがビスケに聞いた。
「演劇部の公演だろ。忘れてたのかよ」
ビスケもそれに答えた。




