12話 誰がための祈り
<あらすじ>
ギャンブルで身を持ち崩した三十路女。目覚めると彼女は赤ん坊。そしてそこは異世界でした。
特別な力を授かるでもない彼女の異世界生活。前世から持ち越せたのは大工としての知識だけだった。
「今度こそ、わたしは自分の家を建てる!」
12
日暮れ頃まで雨が降り続けたので、火災はすっかり鎮火した。そもそも、この辺りの建築の構造物は石積みと漆喰塗りが主だ。木材は補助的な内装材と家財道具、あと屋根の一部でしか用いられない。高級だから。
わたしたちはアーロンの父、ガマリエルさんの屋敷に避難して雨露をしのいでいた。
野盗の襲撃をうけ、アーロンの師であるマグダラが拐われたのだ。同情した彼は「すぐ会堂の役人に訴えよう」と立ち上がった。
「ナザリア集落ではなく、ガリアの地方領主様に訴え出るべきですね」
サムソンの目が包帯の陰で鋭く光った。そして彼は金壺を取り出した。
「これは我が家の蓄えです。マグダラが調理場に隠していたのですが、手付かずで残っていました。野盗であれば普通は見つけるだろうし、見つけるまで探そうとするはずです。賊の目当ては金では無かったのでしょう」
ガマリエルは顎髭に手をやり「では、やはり目当ては、奥様」と険しい顔をした。
「どうして先生が狙われるのですか、父様」
アーロンがガマリエルの袖を掴んで問いかけた。
「それは、彼女が治癒術士だからだ」
「俺だって、見習いながら治癒術士です」
ガマリエルは彼の肩を掴んで「それが知られていなかったから、お前は助かったのだ!」と声を荒らげた。
「──父様、わたしに治癒術の才が無かったのは、とても普通のことだったのですね」
サムソンを見上げ、そう囁くと彼は険しい顔で「それで良かったのだ」と答えた。わたしは彼の手を握りしめた。
「きっと彼女は生かされている。それは間違いない。俺は地方領主様に訴えに行こうと思います。その間、子供達を預かって頂けないだろうか」
サムソンは金壺を差し出して「これを子供らのために」と頭を下げた。ガマリエルさんは「任されよう。安心して行かれよ。ケルビムに鞍を掛けるよ、使ってくれ」と快諾し、使用人を呼んだ。
「父様! わたしも──」そう途中まで口にしたが、唇を噛み締めて、言葉を閉じた。わたしは足手纏いだ。
サムソンはわたしを抱きしめ「メトシェラを頼む」と頬に口付けした。髭がちくちくしたせいで涙が溢れた。
サムソンは荷物を整え、夜のうちに出立した。わたしとアーロンは暗闇に小さくなる彼の背中をただ見詰めることしかできなかった。
翌朝わたしが目覚めたときには、雨はすっかり上がり、雲間に青空が見えていた。
ガマリエル邸の寝床は快適で、羽毛入りの掛け布団があたたかかったが、瞼を閉じると、轟々と上がる火の手やマグダラの悲鳴で頭が一杯になってしまい、何度も何度も寝返りを打ったのだった。
「クラリス、起きているか?」
部屋の扉を叩く音と共にアーロンの声があり、わたしはのろのろと布団から這い出した。
肌着の上に濃紺の外套をかける。この紺はマグダラが染めたものだ。
「おはようアーロン」
「食事にしよう、こっちだ」
ガマリエル邸の客間を出て廊下をゆく。二階部分は木造で出来ており、回廊から中庭を見下ろせる。
「坊ちゃん、おはようございます」と使用人らが階下から挨拶を投げる。その顔は明るいものだ。
ガマリエルさんは、きっといい主人なのだろう。
回廊の先には扉で仕切られていない広間があった。食事が整えられた大きな食卓の一番奥にガマリエルさんが座っていた。
使用人の女性が椅子を引き、アーロンが腰掛ける。わたしもその隣席に着いた。
わたしの向かい側ではメトシェラが柔らかいミルク粥を与えられていた。彼はまだスプーンを自分で扱えないので使用人女性が同席して手伝ってくれている。彼女を挟み、メトシェラと反対側にも幼い子が居た。
「あの子、アーロンの弟?」
「妹のタビタだ」
見ると食卓にはわたしとメトシェラの他に八人の子供がいた。立派な服を着た女性が三人。奥様だろう。
「アーロンは八人も兄弟がいるの?」
「いや、九人だよ。一番上の兄様は士官学校で寄宿舎に入っているから」
わたしは白パンをひとつ取って皿に乗せると、手を組んで目を閉じ、神に祈りを捧げた。
誰かのために心から祈るのは、これが初めてのことだった。
わたしの本を読んで頂いてありがとうございます。
一日一話更新して行きます。
毎朝七時の更新を心がけます。
異世界語として用いられているのは実はヘブライ語なので翻訳検索していただければ意味が解るのですが、あまり深い意味は有りません。
言語学者さんやヘブライ語に自信ニキの方にすれば、もしかしたら文法や意味が間違っているかも知れませんがご容赦ください。




