第9話 開港の合図
1842年8月、その知らせは思ったよりずっと遅れて村に届いた。
南京で、清とイギリスの間に条約が結ばれたらしい。誰かがそう言い出したのは、秋も深まった頃だった。詳しい内容までは、村の誰も正確には知らない。ただ「香港をイギリスに渡した」「賠償金を払うことになった」という、断片的な噂だけが伝わってきた。
俺は、その話を聞いた瞬間、内心でひとつ区切りをつけた。
——ついに来たか。
南京条約。清が結んだ最初の不平等条約。香港島の割譲、広州・福州・厦門・寧波・上海の五港開港、賠償金二千百万両、それに公行という広州の独占貿易組織の廃止。この一つ一つの項目が、これから清という国の骨格を、じわじわと変えていくことになる。俺の知る歴史の教科書では、ここが近代中国の始まりの一行として必ず出てくる。
村人たちにとっては、遠い南京の話でしかなかった。誰も、この条約がどれほどの意味を持つか分かっていない。だが俺だけは知っている。香港という土地が、これから数十年、数百年にわたって、清の外側にある特殊な窓になることを。
——だったら、俺の計画も前倒しだ。
もともと俺の頭の中には、いつか香港に渡って、洋学と洋務の知識を集める、という筋書きがあった。歴史上の俺——洪仁玕という男が実際に香港へ渡ったのは、もっと後、1850年代に入ってからのはずだ。太平天国が南京を都と定めた後、遠回りしながらようやく辿り着いた場所だった。
だが、待つ理由はどこにもない。
香港が開港した今この瞬間から、あの土地には宣教師、商人、通訳、洋学を学びたい人間が流れ込んでくる。誰よりも早くそこに足を踏み入れて、誰よりも早く言葉と知識を仕込んでおけば、後で兄貴の下に「戻ってくる」ときの手土産が、まるごと変わる。
史実の洪仁玕は、後から追いついた。
俺は、先に着いておく。
もちろん、今すぐ動けるわけじゃない。まだ十九歳、村を出る正当な理由もなければ、路銀もない。兄貴はまだ科挙に縋っていて、来年の四度目の受験に向けて机に向かい続けている。この家の中で、族弟が突然「香港に行きたい」と言い出せば、頭がおかしくなったと思われるだけだ。
だから、まだ言わない。
兄貴が四度目の落第を経験し、それでも縋るものを失って、ようやく別の物差しに手を伸ばす瞬間——そこまでは、あと少し。その瞬間が来たとき、俺の手土産の準備も、できる限り進んでいてほしい。
村の井戸端では、まだ「香港が取られた」という嘆きが交わされていた。俺はその輪の外で、静かに算盤を弾き直していた。
あと一年で、兄貴は落ちる。そこから、俺の出番が始まる。




