第6話 村にも届く戦火——アヘン戦争
1839年の秋頃から、村の空気が少しずつ変わり始めた。
広州から戻ってきた行商人が、井戸端で妙な話をしていくようになったのだ。イギリス人の商船が広州の港に居座って、清朝の役人と睨み合っているらしい。詳しい事情までは誰も知らない。ただ「戦になるかもしれん」という、断片的な不安だけが村を這うように伝わっていく。
俺はその話を、努めて素知らぬ顔で聞いていた。
——アヘン戦争だ。
これも、なんJで読んだ雑学の中にあった。イギリス商人が清に密輸していたアヘンを、清朝の役人・林則徐が広州で強制的に没収・焼却したのが直接の引火点だ。だが根っこはもっと単純で、貿易赤字を抱えたイギリスが、清に対して市場開放を強要するための戦争だった。花県はまさにその発火点、広州からたった数十キロの距離にある。村人たちが不安がるのは当然だった。
この村にいる誰もが知らない結末を、俺だけが知っている。清はこの戦争に負ける。香港は割譲される。南京条約という、これから清という国の運命を決定的に変える不平等条約が結ばれる。あと三年後のことだ。
だが、今この場でそれを口にする意味はない。
「阿玕、お前はどう思う」
叔父の一人が、俺に話を振ってきた。俺はまだ十七の少年でしかない。本来なら意見を求められる立場じゃないが、この一家では兄貴が「天に選ばれた」らしいという噂が、いつの間にか少しずつ広がっていて、その族弟である俺にも、多少の箔がついていた。
俺は少し考える仕草をしてから、静かに言った。
「広州の港のあたりは、しばらく近づかない方がいいと思います。商売の用があっても、今年は控えた方が」
根拠のある予言でも占いでもない。単に、俺だけが結末を知っているだけの話だ。だが叔父は感心したように頷いた。
実際、翌年には広州近郊での小規模な戦闘や、清軍の動員で街道が物騒になった。行商に出ていた親族の一人が、道中で危ない目に遭いかけて逃げ帰ってきたときも、俺はあらかじめ危険な時期と場所を、それとなく避けるように伝えていた。おかげで、うちの家からは一人の死傷者も出なかった。
——たかがこれだけのことで、随分と株が上がる。
日本にいた頃を思い出すと、笑えてくる。あの世界では、俺の言葉なんて誰も本気で聞いてくれなかった。証券の営業成績が伸びないのは気合いが足りないからだと詰められ、産業医に相談しろと言われても本音では聞く気のない相手だった。ここでは違う。まだ何の実績もない子供の言葉でも、当たれば信用になる。
もちろん、こんな小さな予言当てで満足するつもりはない。これはただの練習台だ。まだ政治に関われる立場でもなければ、教義に手を出せる立場でもない。今の俺にできるのは、知識を少しずつ小出しにして、小さな信用を積み上げることだけだった。
兄貴は、この頃も相変わらず机に向かっていた。四度目の科挙に向けて、まだ地上の物差しに縋っている。
——それでいい。まだ、こっちの出番じゃない。
俺は表向き、心配する族弟の顔を保ちながら、頭の中では静かに算盤を弾いていた。1842年、香港開港。そこまでは、あと三年。




