第4話 客家(ハッカ)の掟
兄貴の熱がすっかり引いてからも、俺たちの暮らしは驚くほど変わらなかった。
塾の教壇に戻った兄貴は、また四書五経を村の子供たちに教え始めた。俺も同じ塾の隅で、他の子供たちに混じって四書五経を諭され続ける身分だった。あの「天の試験」の一言を仕込んでからも、表向きは何も変わらない。むしろ、いつもより熱心に机に向かう兄貴の姿を見て、俺は内心で舌打ちしていた。
——そう簡単にはいかないか。
科挙という化け物は、そう甘くない。なんJのまとめスレで読んだ知識が、頭の中で勝手に補足してくる。県試、府試、院試、郷試——地方の予備試験から始まって、最終的に北京の会試・殿試まで、何段階もの選抜が続く化け物じみた制度だ。日本の共通テストと違って、一発勝負でも実力勝負でもない。何年、何十年かけても受からない者の方がずっと多い。落ちて当たり前、受かって奇跡。それでも受かれば一族総出の祝い事になり、落ち続ければ「無能」の烙印を押される。まさに現代の就活と同じ、いや、もっと理不尽な博打だった。
兄貴はもう三度落ちている。それでも机に向かうのをやめない。上帝の啓示を受けたと信じ込んだ後でさえ、科挙という物差しを完全には捨てられていない。
人間、そう簡単には人生の軸を変えられないんだな、と俺は思った。
俺たちは客家だった。この言葉の意味も、実はなんJで拾った雑学の中にあった。客家とは、もともと中原(黄河流域)から戦乱を避けて南下してきた漢族の末裔で、「客」の字が示すとおり、どこへ行っても「よそ者」扱いされる流れ者の系譜だ。広東の平野は先住の広府人が占めていて、後から来た客家は山間のやせた土地に押し込まれるしかなかった。だから客家は土地の豊かさより、宗族(血縁集団)の結束と、外へ出て稼ぐ気概を大事にする。女は纏足をせず、男と並んで畑に出て働く。よそ者同士、身内を守るために身内で固まる。それが客家の掟だった。
——なるほどな、と俺は思う。この宗族の結束こそが、今の俺の唯一の武器だ。
日本にいた頃、俺には身内の後ろ盾なんてなかった。実家は太くない、コネもない、留学経験もない。全部、自分の腕一本でどうにかしろと言われ続けた。それがこの世界では逆転している。血のつながりというだけで、俺は兄貴の一番近くに立っていい理由を、最初から持っているのだ。
だったら、使わない手はない。
俺は塾の隅で四書五経を諭されながら、同時に別のことを考えていた。この宗族社会の中で、俺があまりに勉強を怠けたら、それこそ「族弟のくせに」と目をつけられる。だから、俺も科挙の勉強を続ける。中身のない、ただの保身のためのポーズとして。
本当に頭を使うべき場所は、教科書の外にあった。
村を出入りする行商人、遠い広州から流れてくる噂話、たまに読み書きのできる旅の商人が持ち込む刷り物——そういう断片をどれだけ拾えるかが、これから先の俺の生命線になる。
まだ何も持っていない。金もない。実績もない。だが、まだ誰も知らない未来の形だけは、俺の頭の中にある。
兄貴が机に向かって落第の恨みを溜め込んでいる間、俺は別のところで、静かに種を蒔き始めていた。




