第35話 資政新篇
選抜と教育の仕組みが動き始め、儒者たちの「席」も定まってきた頃。俺は、この国の近代化の設計図を、一つの文書にまとめ上げることにした。
名を、資政新篇といった。
——史実では、これは、俺が書いたはずのものだ。
筆を執りながら、俺は奇妙な感慨に囚われていた。俺が憑依した男、洪仁玕。史実のこの男も、やはり資政新篇という近代化の建白書を書いている。だが、その結末を、俺は知っていた。
史実の洪仁玕は、天京に辿り着くのが、あまりに遅かった。香港で長く洋学を学び、ようやく天京に入ったのは、太平天国も末期に近づいた頃。しかも、後ろ盾となる権力基盤を、何一つ持っていなかった。だから、彼の書いた資政新篇は、どれほど先進的な内容であっても、実行に移されることなく、ただの紙の上の理想で終わった。
鉄道を敷け。銀行を作れ。郵便を整えろ。新聞を発行し、特許で発明を奨励し、近代的な法を敷け——西洋の文明の粋を集めた、驚くべき先見の書。だが、それを実現する力が、当時の洪仁玕には、なかった。
彼の書いた資政新篇は、あまりに立派すぎたがゆえに、敵であるはずの清朝側の知識人にすら、感心されたという。曾国藩の幕僚が、その内容に舌を巻いた、という記録すら残っている。
——皮肉な話だ。敵に感心されるだけで、何一つ実現できなかった。
だが、この世界の俺は、違った。
俺は、拝上帝会の初期から、清書役として、恩義の糸を張り巡らせて、二十年近くをかけて、この国に足場を築いてきた。天京事変を潜り抜け、東王の椅子に座り、今や、この国の実務の全てを握っている。列強との交渉も、選抜制度も、儒者の飼い殺しも、すべて俺の手の中にある。
史実の洪仁玕が持っていなかったもの——それを実現する権力を、この世界の俺は、持っていた。
——同じ資政新篇でも、俺のは、絵に描いた餅じゃない。
俺は、その一条一条を、単なる理想としてではなく、実行の工程表として書き上げていった。
鉄道と道路を整え、物と人の流れを速くする。銀行を作り、この国の金の巡りを一元的に管理する。近代的な軍需の工廠を建て、兵器を、買うのではなく、自前で作り続けられるようにする。新聞を発行し、上帝の教えと、国の方針を、隅々まで行き渡らせる。西洋の学問を教える学校を各地に開き、選抜制度に接続する。
そして——何より、清朝が縛られていた、あの「中体西用」の枷が、俺にはなかった。
清朝の近代化は、儒教という古い体制を温存したまま、西洋の技術だけを継ぎ足そうとして、中途半端に終わる運命だった。だが、太平天国は、すでに儒教を否定し、まっさらな土台の上に立っている。技術だけでなく、政治の仕組みそのものを、根本から西洋に倣って作り変えることが、できた。
——清が、中体西用でもたついている間に、俺は、体制ごと近代化する。
この差は、決定的だった。
俺は、書き上げた資政新篇を、天王府の兄貴のもとへ持って行った。兄貴は、その内容の細部を、もう理解できなくなっていた。天王府の奥で、神聖な象徴として祭り上げられるうちに、兄貴は次第に、現実の統治から遠ざかっていた。
「弟よ。お前が良いと思うなら、それで良い」
兄貴は、書面にざっと目を通すと、そう言って、印を押した。
——ありがたいことだ。
俺は、深く頭を垂れた。兄貴は、もう、この国を動かす歯車ではなかった。上帝の次子として、天王として、神聖な看板であり続けること。それが、兄貴に残された、唯一にして最大の役目だった。そして、その看板の下で、実際にこの国を設計しているのが、俺だった。
資政新篇に、天王の印が押された。
史実では、実現されることなく埋もれた近代化の設計図が、この世界では、実行の号令として、動き始めた。
俺は、天王府を辞し、天京の街を歩いた。
この街に、いずれ鉄道が通り、銀行が建ち、工廠の煙が上がる。清朝よりも、そして海の向こうの日本よりも、早く。俺の頭の中にしかなかった未来の光景が、一つずつ、現実の輪郭を持ち始めていた。
——さあ、作ろう。日本より、先に。
俺は、静かな高揚とともに、次の工程へと、歩みを進めた。




