第34話 選抜
儒者たちに「席」を用意する一方で、俺は、この国の未来を担う人材を、根本から作り変える仕組みに着手した。
選抜と教育の、新しい制度だった。
科挙は、廃した。四書五経の暗誦で人を測る、あの古い物差しは、もう要らない。だが、廃しただけでは、ただの空白が残るだけだ。空白を埋める、新しい物差しを、俺は用意しなければならなかった。
俺が設計したのは、こういう仕組みだった。
まず、入り口は、全員に開かれている。出自も、血縁も、問わない。字が読めるか、算術ができるか、道理を理解できる——そういう、実務に直結する基礎だけを、最初の関門とする。客家だろうと、漢人だろうと、貧農の子だろうと、そこは一切、区別しない。
関門を越えた者は、まず、全員が同じ場所から出発する。
——全員、一度は、軍に入れる。
これが、俺の設計の肝だった。
文官になる人材も、武官になる人材も、最初は等しく、若い士官として、実際の部隊に配属する。そこで、兵とともに寝起きし、行軍し、時には戦場の混乱をくぐる。机の上の学問だけでは決して身につかない、現場の呼吸を、全員に一度は味わわせる。
永安を脱出したあの夜、俺は嫌というほど思い知った。どれだけ立派な戦略を机上で語れても、実際の修羅場を知らない人間の指揮は、脆い。逆に、戦場を知らぬまま国の中枢に座る文官ばかりになれば、この国は、地に足のつかない空論で回ることになる。
だから、全員が、一度は同じ泥をくぐる。
その上で、道が分かれる。
尉官として現場を経験した者の中から、さらに選抜が行われる。軍才に秀でた者は、より高度な用兵を学ぶ、軍の学校へ。実務と知略に長けた者は、法制、行政、洋学を修める、文官の学校へ。どちらに進むにせよ、彼らはもう、「戦場を知らない机上の人間」でも、「学のない荒くれ者」でもなかった。
——これで、二つの失敗を、同時に避けられる。
俺の頭には、二つの反面教師があった。
一つは、まだ見ぬ未来の日本。あの国は、身分を問わぬ士官学校を作って、下からの人材登用に成功した。だがその結果、軍人が独自の権力回路を持ち、やがて政治そのものを呑み込んで、国を破滅へと導いた。武に偏りすぎた登用の、末路だった。
もう一つは、宋。武人が唐を滅ぼした反省から、文官が武官を徹底的に抑え込んだ。おかげで政治は安定したが、軍事は弱体化し、北方の異民族に押され続けた。文に偏りすぎた統治の、行き詰まりだった。
——俺は、その間を行く。
全員に軍を経験させることで、文官が軍を知らぬという宋の弱点を消す。だが、政治の実権は、あくまで文官の側に置く。軍学校を出た指揮官がどれほど有能でも、政治の意思決定には、文官の監督が必ず挟まる。武人が独立した権力を持ち、政治を呑み込むという日本の失敗を、制度として封じる。
武を知る文官が、国を動かす。それが、俺の描いた形だった。
この新しい仕組みの中で、真っ先に頭角を現したのが、李秀成だった。
かつて、山深い貧村の出で、読み書きもろくにできなかった男。科挙なら、答案の一文字も書けずに門前払いされていたはずの男。だが、俺が手ほどきをし、この選抜の仕組みに乗せてやると、その実務の勘と、人を動かす力が、みるみる開花していった。尉官として現場で鍛えられ、やがて、一軍を任される器へと育っていった。
——ざまあみろ。
俺は、李秀成の成長を眺めながら、内心で、日本にいた頃の自分を思い出していた。
あの世界で、俺は、実家が太くないというだけで、コネがないというだけで、まともに評価されなかった。どれだけ実力があっても、入り口で弾かれる人間が、いくらでもいた。李秀成のような男は、あの物差しの下では、一生、日の目を見ることはなかっただろう。
だが、俺の作った物差しは、違う。
血でも、家柄でも、コネでもない。ただ、実際に使えるかどうか。それだけで、人を測る。俺自身が、あの世界で欲しくてたまらなかった、公正な入り口。それを、俺は今、この国に作っている。
——もっとも、公正なのは入り口だけだがな。
俺は、内心で薄く笑った。入り口は、誰にでも開く。だが、その先で誰を引き上げ、誰を切るかは、俺が握っている。天朝田畝制度の「皆兄弟」という理想の看板の下で、実際には、実務能力という冷徹な物差しが、人を選別していく。それは結局、どの時代にもあった、あの構造だった。
ただ、俺は、その物差しを、少しでもましなものに寄せようとしていた。血縁や家柄ではなく、実力に。それが、偽善だろうと、欺瞞だろうと、構わなかった。何もない入り口よりは、いくらかましな入り口を、俺はこの国に据えた。
執務室の窓の外で、若い士官たちが、隊列を組んで行軍していく声が聞こえた。その中には、かつての俺のように、コネも家柄も持たない、しかし確かな実力を秘めた者たちが、大勢混じっているはずだった。
——育て。そして、俺の国の骨になれ。
俺は、選抜の名簿に、また一人、新しい名前を書き加えた。




