第26話 上海へ
天京の統治の土台が、ひとまず回り始めた頃。俺は兄貴に願い出て、上海へ向かうことにした。
名目は、洋務の視察——西洋の技術と学問を、この国に取り入れるための下調べだ。南京条約で開かれた上海は、天京から長江を下ればすぐの距離にあった。かつて開港したての香港を、金も伝手もないまま眺めて帰った、あの日の俺とは違う。今の俺には、太平天国の実務を握る者としての、それなりの立場と資金があった。
——今度は、使い倒してやる。
上海の租界に足を踏み入れて、俺はまず、その混沌に圧倒された。
清の役人、洋人の商人、通訳、宣教師、苦力、そして阿片で財を成した買弁たち。あらゆる人種と言葉が入り混じり、金と物と情報が、恐ろしい速さで動いていた。香港が「開いたばかりの窓」だったとすれば、上海はもう、大きく開け放たれた扉だった。
俺は、宣教師の伝手をたどって、西洋の書物を集めた。算術、地理、航海術、機械、法律、そして各国の政治の仕組み。通訳を雇い、片端から中身を吸収していった。
だが、上海で俺が本当に得たものは、書物の知識だけではなかった。
——そうか。純粋な平等なんて、突き詰めたら、地獄になるのか。
俺は、租界の商業の現場を眺めながら、ずっと頭の隅に引っかかっていたことに、はっきりと答えを見つけつつあった。
天京で掲げた天朝田畝制度。あの、土地も財産もすべて共有し、余剰を聖庫に集め、皆が等しく暮らすという理想。あれを、もし本気で、隅々まで実施したら、何が起きるか。
誰が、どれだけ持っているかを、国が完全に把握しなければならない。誰が、どれだけ働き、どれだけ収めたかを、国が監視しなければならない。私有を認めないということは、裏を返せば、すべてを国が管理し、すべてを国が握るということだ。平等を徹底するほど、監視は強まり、統制は増し、逃げ場は消えていく。
——これ、行き着く先を、俺は知ってるぞ。
歴史の教科書の、ずっと先のページ。平等の理想を掲げた国家が、その理想を徹底するために、国民の一切を管理し、密告を奨励し、私有を罪とし、最後には途方もない数の人間を飢えと粛清で死なせた、あの光景。理想が純粋であればあるほど、それは全体主義に化ける。
兄貴の説く「皆兄弟」の平等は、動員の旗印としては最高だった。だが、それを額面通り、最後まで実装してはいけない。純粋な理想は、猛毒だ。
——だったら、薄める。
俺が上海で見た、この猥雑な商業の活力。金儲けへの欲、私有への執着、市場の混沌。これは、あの純粋な理想とは正反対のものだ。だが、正反対だからこそ、毒消しになる。
私有を、一部は認める。市場を、一部は残す。人が自分の取り分のために働く、その即物的な欲を、完全には殺さない。理想の看板は空に掲げたまま、足元にはこの商業のリアリズムを、意図的に混ぜ込んでおく。そうすれば、平等の理想が、監視と統制の地獄へと純化していくのを、内側から食い止められる。
美しい理想を、あえて不純にしておく。それが、この国を長持ちさせる、唯一の方法だと俺は思った。
——兄貴には、一生分からない理屈だろうな。
兄貴は、理想を信じている。純粋であればあるほど、正しいと信じている。だが俺は、その純粋さが何を生むかを、知っている。だから俺は、兄貴の理想を掲げながら、その足元で、せっせと理想を薄める。冷や水を差し続ける。
それは、裏切りかもしれなかった。だが、兄貴の理想を額面通りに実現することの方が、よほど多くの人間を殺すと、俺は知っていた。
上海の埠頭で、俺は洋書の詰まった木箱を船に積み込みながら、静かに算盤を弾いた。
この知識と、この商業のリアリズムを、天京に持ち帰る。理想の国の骨格に、現実の毒消しを、そっと仕込むために。
——さて、帰るか。俺の国の、続きを作りに。




