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第17話 金田蜂起

 1851年1月11日、兄貴の誕生日に合わせて、蜂起の号令が下った。


 金田村に集結していた男営・女営、あわせて二万に届くかどうかという人数が、清軍との本格的な戦端を開いた。竹槍と密造の鉄砲、寄せ集めの装備だったが、勢いだけはこれまでとまるで違った。


 国号は「太平天国」。兄貴は「天王」を名乗った。


 俺はその式典の隅で、記録係として筆を執っていた。もとから兄貴の教義を清書する役目を、そのまま拡張しただけの立場だ。誰の目にも留まらない、地味な仕事だった。だが、これがどれほど強い武器か、俺は誰よりも分かっていた。


 何が「正式な言葉」になるかを、最初に書き留める人間がいる。


 楊秀清は、その式典でも一際目立っていた。東王という称号を得た彼は、すでに天父の声を代弁する立場として、信徒たちから兄貴に次ぐ、あるいは場面によってはそれ以上の畏怖を集めていた。声を張り上げるでもなく、ただ静かに立っているだけで、周囲の空気が変わる。


 ——やっぱり、こいつは別格だ。


 俺はその光景を見ながら、内心で警戒を強めていた。天父の声という武器は、俺の書記の筆よりも、はるかに派手で、はるかに強い。正面からぶつかれば、勝ち目はない。


 だったら、同じ土俵に立たないことだ。


 俺は、この頃から意識的に、楊秀清が手を出していない領域に自分の足場を作り始めていた。李秀成には、相変わらず暇を見つけては読み書きを教えていた。見返りを求めない態度を、ずっと崩さなかった。恩というのは、貸した瞬間には何の役にも立たない。だが、いつか必ず利子がつく。


 他にも、字が書ける者、算術ができる者、道理の通った受け答えができる者——そういう人間を見つけるたびに、俺はさりげなく声をかけ、記録や連絡の仕事を手伝わせるようにしていた。楊秀清の派閥が信仰による上下関係で束ねられているなら、俺のそれは、もっと地味な、個人的な恩義の糸でしかない。だが、糸は糸だ。数が増えれば、いずれ網になる。


 蜂起から数日、清軍の追討部隊との小競り合いが続いた。寄せ集めの装備でも、追い詰められた者たちの士気は高かった。緒戦は、太平天国側の優勢のうちに進んでいった。


 夜、野営地の焚き火のそばで、俺は兄貴と少し言葉を交わした。


 「兄さん、いよいよですね」


 兄貴は、疲れた顔にわずかな高揚を滲ませながら頷いた。


 「上帝の御心のままに、清を打ち払う」


 俺はその言葉に、ただ頷いて見せた。だが頭の中では、まったく別のことを考えていた。


 この戦は、勝つだけでは足りない。勝った後に、この国をどう回すかまで見据えておかなければ、いずれ内側から崩れる。楊秀清という、あまりに強すぎる駒をどう扱うか——それは、まだ何年も先の話だ。だが、種はもう蒔き始めておく必要があった。


 焚き火の向こうで、楊秀清が信徒たちに何か指示を出している姿が見えた。その声には、誰も逆らえない響きがあった。


 俺はその光景を、ただ黙って見ていた。


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