Log: 08 (*Battle 1)
Log: 08 (*Battle 1)
桐生を見送ってから、夜間まで
私は研究室のモニタールームから一歩も動かなかった。
<ナズナ? 映像と音声は届いているか>
モニタールームのホログラムディスプレイに、
桐生の視界が同期され、視界、音声ともに良好だ。
「桐生、映像、音声問題なし。
次に特殊アーマーのエネルギー残量、君の装備データを表示してくれ」
<ははは、パンツの色もか?>
「その情報はいらない、いいから真面目にやれ」
ヒアラブルデバイスが振動した。
通信通知。監視補助AI《SEAL》
視界に情報ウィンドウが展開される。
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個体ID S.KIRYUより
個体データの数値情報の共有を
許可しますか?
YES・NO
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技術的には単なるデータ共有許可だ。
心拍、血中酸素、神経反応、アーマー損傷率、位置情報。
戦術解析に必要な情報が増えるだけ。
合理的判断は明確だ。
わたしは躊躇せずにYESを選択する。
桐生の帰還を全力でサポートをするのに、
1秒でも無駄にできない。
直後、モニター右側に新しい表示が追加された。
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心拍数:92
血中酸素濃度:98%
ストレス反応:軽度上昇
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生体ログがリアルタイムで更新される。
<お、なんか許可来たぞ。
ナズナ、お前の情報も丸見えだな>
「戦術情報解析の為だ。やむを得ない」
<じゃあ、頼むわ。相棒>
「任せろ、君を全力でサポートしよう」
彼の視界が揺れる。
外部照明が減少している。
夜間空域へ移行した。
音声に、ノイズのような雑音が混ざり
戦闘空域が近いことを知らせる。
<ナズナ、あのさぁ。もうちょっと可愛い声で
頑張って!とかいってくれないの~?>
「なぜだ?」
<俺のやる気が変わるかもしれないだろう?>
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心拍数:98
血中酸素濃度:98%
ストレス反応:軽度上昇
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しかし、“可愛い声”の定義が不明確だ。
音量か、声質か、語彙選択か。
数秒考える。
結論:再現不能。
したがって、内容のみ最適化する。
「……がんばるな。以上だ」
<……え?>
数秒の沈黙。
<ナズナ、それ応援になってないぞ>
「合理的判断だ。
無理な行動は生存率を下げる。
君が取るべき行動は“努力”ではなく“帰還”だ」
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心拍数:104
ストレス反応:中度
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桐生の視界が大きく揺れる。
暗い空域に赤い警告灯が点滅している。
センサー波形が変化。
ドローンの高度が下降。
私の研究室にある
ホログラムディスプレイモニターの1つ
戦闘ドローンとアンドロイドの指示系統の特殊言語が
表示されて機械音声が流れる。
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<<AREA-MULTI>SCAN_INIT>OBJ:20>sig>Δ-02>>
<<>FWD:20m / AZ+30° / OBJ#02 :: ENGAGE>>
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――接敵。
「桐生、前方二十メートル、右上方三十度。
反応あり。二体」
<もう見えてる!>
視界に影が走る。
輪郭は不規則。
生物と機械の中間のような外形。
突進速度、予測より速い。
「左へ回避。三歩後退、推進噴射は使うな」
<了解!>
彼の身体が動く。
回避成功。
桐生の背後にいる
SG-02《ゴリラ》が前に出る。
直後、ドローンが迎撃射撃。
衝撃波で映像が乱れる。
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心拍数:118
ストレス反応:中度
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私はログを確認する。
数値は許容範囲。
問題ない。
私は同時に複数のドローンを操作する。
視界が滲む。
モニターに赤が落ちた。
鼻出血だ。
手の甲で拭う。
モニターを見る。
「桐生、次が来るぞ」
<おう>
「桐生、二体目が死角へ移動。
後方、距離五メートル」
<っ、見えねぇ!>
「しゃがめ」
桐生の身体が反射的に沈む。
直後、頭部をかすめて敵が通過する。
回避成功。
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心拍数:132
ストレス反応:高
血中酸素濃度:93%
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私の操作する視覚用ドローン2機を至急向かわせ
オートモードへ切り替える。
桐生を守るように援護射撃を展開。
桐生の数値が変化している。
ドローン兵が次々とロスト。
SG-02《ゴリラ》<<迎撃中>>
<<UNIT-07 : LOST>>
<<UNIT-12 :迎撃中>>
<<UNIT-18 : LOST>>
表示が、赤に変わる。
(危険だ)
「桐生、後退だ
ドローン兵とアンドロイド部隊を送る」
直後、衝突音。金属が砕ける。
爆発。ノイズ。
モニターが暗転する。
……桐生の信号が、一瞬消失した。
黒。
汚染生物特有の、あの闇だ。
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心拍数:148
血中酸素:91%
ストレス反応:高
アーマー左上腕被弾、汚染度:低
複数の裂傷により、出血
*直ちにSEAL医療部隊を向かわせます
安全な場所で待機して生命維持に
心掛けてください
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私はコンソールから直接、アンドロイド部隊へ救援指示を送信した。
音声ラグ 0.8秒
映像信号不安定
「桐生、応答できるか」
<悪い、交戦中だった。少し掠ったな。
さっきのがボスだ>
<対象は殲滅した。案外しぶとくて
久しぶりに、能力解放した>
「桐生、左上腕の装甲貫通。止血しろ。
医療部隊が到着するまで、動くな」
返答を待たず、次の指示を出す。
「損傷ドローンは桐生の周囲に防衛円を形成。
可動機は前方区域へ再配置。
アンドロイド部隊は交戦継続、優先目標は接近個体の排除」
「SG-02《ゴリラ》。最優先は桐生の保護。
余力があれば、他アンドロイド部隊の掩護に回れ。
そして――君自身の保護も忘れるな」
SG-02《ゴリラ》の電子音がモニタールームに届く。
コード解析。
<了解。帰還後、三回丁寧に拭いてくれ>
操作ログが一斉に反応する。
青の識別マーカーが桐生の周囲に集まる。
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心拍数:152
血中酸素:90%
汚染度:低
アーマー損傷率:11%
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<ナズナ 怒ってる?>
私は返答ができなかった。
怒りではない。
だが否定できない。
脈が自分の耳の中で鳴っている。
モニタールームなのに、空気が薄い。
「桐生」
名前を呼ぶだけで、声が揺れる。
私はもう一度言語化を試みる。
「――生存率を下げる行動を、するな」
<了解、えらい人>
彼は軽く笑った。
呼吸が乱れているのに、笑った。
<ナズナちゃん?聞こえてる?>
「無駄口を叩くな、体力を温存しろ」
<ありがとな。いま、救助ドローンが見えた>
「そうか、良かった。帰還後、治癒処置を行う。
それから、君の戦闘行動ログを確認する。修正点が多い」
桐生の、ふざけた悲鳴。
続いて、医療アンドロイドによる
緊急汚染除去と応急手当開始のログ。
それらが流れ終わってから、
わたしは、彼らにメッセージを送った
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<< SEAL_RESEARCH_NODE : DR.NAZUNA >>
対象 : ALL ANDROID / DRONE_UNIT
S.KIRYU : 保護_PRIORITY = 最大
友軍損耗 > 許容値
感情_tag = grief ?
心 = [構造不明]
memory_record → 永続
delete_permission : DENIED
ありがとう
END_SIGNAL
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私はようやく椅子に座り、
大きく、息を吐いた。
アンドロイドとドローン達からの音声信号は
モニター越しの機械音声が、
今日は少し違って聞こえる。
感謝の信号。あるいは、哀悼かもしれない……




