Log: 07
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昼休憩終了10分前。
わたしは桐生の肩に担がれたまま、研究室前に到着した。
「桐生、おろしてくれ」
「なぜだ? まだ10分あるだろ」
桐生は、ジャガイモ袋のように肩に担いだ私を、そのまま回転させる。
視界が円運動を開始する。
ぐるんぐるんと、三回転。
内耳の平衡感覚が乱れる。
「……警告する」
「お?」
「このまま回転を継続した場合、三十秒以内に嘔吐反応が発生する確率が高い」
桐生が固まる。
「君の頭部へ放出される可能性が最も高い」
「マジか。それは困るな」
桐生は即座に、わたしを床へ降ろした。
足が地面に接触する。
重力が安定する。
視界の揺れが収束するまで、2.4秒。
「……回復した」
「お前、本当にやりかねない顔してたぞ」
「やる、やらないではない。発生する」
桐生はしばらく私の顔を見てから、吹き出した。
「すまん貧弱ちゃん、悪かったよ。もう大丈夫そうか?」
「君の悪口語彙の蓄積量に驚いている」
桐生が少し真面目な顔で、私に話す。
「今日な、夜襲警報があるかもしれないから……」
「そうか。では、待機する」
「何時になるか分からないんだぞ?」
「構わない。ヒアラブルデバイスの通信を切断しないでほしい。
君の位置情報と生体ログが取得できれば、行動修正が可能になる」
わたしは桐生の顔を見つめる。
「……観測できる状態を維持してくれ」
桐生は、少し辛そうな顔をしている。
「……お前、嫌がってもいいんだぞ?」
「どうしてだ?」
桐生は言い淀んだ。
「お前、動物好きだろ?」
「好き嫌いと、人命救助の優先度は比較対象にならない。
それは合理的ではない」
彼は少しだけ視線を逸らした。
空中都市の下層。
+10〜9空域。
防衛ラインの外縁。
変異生物が都市へ接近してくる高度帯だ。
桐生はそこへ出る。
特殊スーツとドローン部隊と共に、迎撃任務に入る。
私は数秒考えた。
「わたしは研究員だ。
戦場への侵入は許可されていない。
直接戦闘には参加できない。」
「分かってる」
「だが戦闘行動の最適化は可能だ。
センサー情報を共有すれば、回避経路と行動指示を送れる。
SEALの情報は広域最適化を目的としているため、
個体の生存を最優先にしていない。
よって、私が介入した方が生存率は上昇する」
桐生は何も言わない。
私は続ける。
「過去任務の行動ログを参照した場合、
君の判断は接近傾向が強い。危険域へ踏み込みすぎる」
「……」
桐生は黒い髪を掻き分ける。
落ち着きがない。
「遠距離誘導を優先するべきだ。
わたしが監視すれば修正できる。
君はわたしが見てる前では、
馬鹿な行動を控える傾向がある」
桐生は鼻の頭を指で掻き、視線を逸らしたまま言う。
「ナズナ。お前……」
「……?」
私は自分の発言を再確認する。
内容は戦術提案だ。誤りはない。
桐生は、困ったように笑った。
「お前さ、他の隊員にも同じことするのか?」
「しない」
答えは即座に出た。
私は一拍置いてから続ける。
「必要がないからだ」
「他の隊員の行動パターンは標準偏差の範囲内に収まる。
だが君は外れる。
したがって個別監視が必要になる」
桐生はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「そっか」
彼は顔を上げる。
「よーし。おじさん、ちょっとやる気出た。今日は頑張るぞ」
「頑張る必要はない。君は頑張ると、結果が悪化する傾向がある」
「いいや、今日はかすり傷一つなく帰ると誓う」
私は数秒考える。
「……それは、君の家で見たアニメの“死亡フラグ”だ」
「よし!」
「喜ぶな」
私は言葉を選び直す。
「負傷は許容する。装備の損壊も許容する。
任務の失敗も許容する」
桐生がこちらを見る。
私は続ける。
「だが――100%帰還は必須だ」
沈黙。
私はなぜこの条件を付けたのか説明できない。
戦術上、完全帰還を前提にするのは合理的ではない。
それでも、修正する気は起きなかった。
「……傷だらけでも構わない。治療は私が行う。
だから死ぬ気で戻ってこい」
桐生の目が少しだけ見開かれる。
「お? それヒロインのセリフじゃん」
「参考にした。これで死亡フラグは完全に折れた」
桐生はしばらく黙ってから、笑った。
「ナズナ」
「何だ」
桐生はいつものように笑う。
「……絶対帰るわ」
「当たり前だ。わたしが戦闘指示を出すのだから、戻るに決まっている」
――数時間後。
研究室にいた私の元に、
汚染生物の襲撃による夜襲警報が作動した。
防衛ライン外縁にて複数反応を確認。
わたしは、髪を一つにまとめて、
モニターに映る戦闘ドローンユニットに指示を送る。
「おはよう。君たち、今日もよろしく頼む」
表示されたモニター
SG-02《ゴリラ》<<特別装備準備・待機>>
<<UNIT-03 : 待機>>
<<UNIT-05 : 待機>>
<<UNIT-07 : 待機>>
<<UNIT-12 : 待機>>
<<UNIT-18 : 待機>>
<<ドクターナズナ。おはようございます>>
<<戦術情報解析および、戦闘支援指示をお願いします>>
空域戦闘開始予測時間まで、およそ40分を切っていた。
~ふんわり観察メモ~
空中都市のさらに下層、
+10~9空域。
都市防衛ラインの外縁。
汚染環境で変異した生物群が、
都市へ接近する高度帯である。
彼らが、なぜ空中都市を目指して
攻撃してくるのかは――
現在も解明されていない。




