Log:61 対となる者
Log:61 対となる者
スラム地区にある、朽ちかけた建物。かつては学校の講堂として使われていたのだろう。
私の目の前には、質の良いマホガニー製の机が置かれている。
長年の使用によって天板にはいくつもの亀裂が走っているが、机としての機能は失われていない。
その机を挟んで、一人の女性が私と向かい合っていた。
白く華やかなドレスに、それに合わせたのであろう帽子と靴。
ここがスラムであることを忘れてしまうほど、彼女の装いは清らかで、どこか幻想的ですらあった。
しかし、以前見かけたとき、
彼女の背後に控えていた黄金のロボットたちの姿は、どこにもなかった。
西園寺。
これまで幾度となく、私の命を狙ってきた人物だ。
スラムで行ったSEALの公式放送を見た彼女から、
私のヒアラブルデバイスに一通のメッセージが届いた。
『会いましょう。場所と時間はこちらが指定します。SAIONJI』
彼女は私の申し出を受け入れたようだ。
もっとも、それは表面上の話であり、今も私の命を狙っていることは間違いないだろう。
ただし、現在の彼女は、
翼を折られ、
爪を剥がされ、
嘴を砕かれた猛禽類のようなものだ。
かつての権勢は見る影もなく、すでに破滅の一歩手前まで追い詰められている。
このような状況に陥った者が辿る末路は、おおむね決まっている。
――死なばもろとも。
自らの破滅が避けられないと判断した者は、
最後に敵対する相手を道連れにしようとすることがある。
そして、彼女にとっての敵は私だ。
ただ、彼女の思惑どおりに道連れになるつもりはない。
その結末だけは、丁重にお断りさせていただこう。
「さて、西園寺。君に会うのは、これで四回目だ。
最初は共同食堂、二回目はSEAL防衛基地の訓練場、三回目はSEAL総合病院。そして、今回だ」
私は対面に座る西園寺を見つめた。
「君は最初から、私に対して嫌悪感を露わにしていた。
そこで、なぜ君がそこまで私を嫌悪するのか、調べてみたんだ」
西園寺の歪んだ笑みが、さらに深くなる。
どうやら私の言葉に苛立ちを覚えているようだが、構わず話を続けた。
「私の優秀な親友、AR-04《エレファント》が、君についての情報を集めてくれた。
もちろん、法律の範囲内でね」
私は、手元の資料を読み上げながら、一度言葉を区切った。
「公開情報によれば、君は天上層の中でも特殊IDを所持し、SEALへの介入権限を持つ人物だ。
さらに、人工生命体SEALを生み出した人物の子孫でもある。
非常に恵まれた立場にいると言えるだろう」
「ここからは私の推測になるが、確度は高いと考えている。
そして、おそらく君にとって最大の禁忌に触れることになるだろう」
「君は天上層で唯一の非能力者だ。 そうだね?」
西園寺は何も答えなかった。
ただ、私に向けられる視線は、猛毒を帯びた針のように鋭さを増していく。
「君は容姿、権力、財力、地位。そのすべてに恵まれていた」
私は西園寺の反応を観察しながら、言葉を続けた。
「だが、たった一つだけ、どうしても手に入らないものがあった。
その事実が、幼少期の人格形成に大きな影響を及ぼし、
現在の君の思考や行動を歪める一因になったのではないか。私はそう推測している」
「実際、君には自分よりも立場が弱い者を見下す傾向が顕著に見られる」
「君に関係する裁判記録はすべて読んだ。
そこに記されていた女性たちは、全員が『治癒能力者』だった」
「そして……偶然かどうかは分からないが、君の母親もまた、『治癒能力者』だ」
「君の異常なほどの攻撃性、治癒能力者への激しい憎悪。
これらを結びつける因果関係は、現時点では推測の域を出ない」
「だまれ……」
西園寺が小声でつぶやいた。
しかし、私は話を続けた。彼女の目をまっすぐに見つめながら、推論の核心へと踏み込む。
「ただし、これまでの情報を総合すると、一つの仮説が浮かび上がる」
「君は幼少期、治癒能力を持つ近親者から虐待を受けていた。そう仮定すれば、
これまでの君の言動にも説明がつく」
「黙れぇぇっ!!」
西園寺は勢いよく立ち上がり、その怒声が廃墟と化した講堂に響き渡った。
荒い呼吸を繰り返す彼女はひどく取り乱しており、焦点の定まらない瞳が虚ろに揺れている。
しかし、その奥には、どす黒い殺意だけが確かに宿っていた。
「わたくしを見下し、知ったような口を利くな!」
「わたくしは、お前とは違って天上層のエリートなのよ! 容姿も、血統も、何もかもがお前とは違う! 誰よりも優れた遺伝子を受け継いでいることは、SEALが保証しているのよ!」
「わたくしを、そんな目で見るな! 狂った科学者風情のくせに!」
西園寺は怒りに任せて、握りしめた拳をマホガニー製の机に何度も叩きつけた。
その衝撃で、すでに亀裂の走っていた天板に、新たなひびが広がっていく。




