↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/79

Log:59 守る者

Log:59 守る者



「――いいでしょう。かかってきなさい!」


エイトが地面を蹴った。


同時に、桐生も動く。二人の姿が交差した。


甲高い金属音とともに火花が散り咲き、残響だけがその場に取り残される。

エイトのナイフが桐生の首筋を狙い、桐生はタクティカルギアの腕部でそれを弾く。


追撃。


刃の軌道が途中で変わり、桐生の視線が動く。

異常な反射速度で回避すると、そこへエイトの蹴りが飛ぶ。


桐生は片腕で受け止め、その脚を掴もうとするが、

エイトは触れられる寸前に身体を捻って離脱した。


無駄な動作がほとんど存在しない。

攻撃が失敗した時点で、すでに次の攻撃へ移行している。


桐生の能力が身体能力そのものを高い領域まで引き上げているのだとすれば、

エイトは膨大な経験と技術によって、その差を埋めている。


「ふ〜ん。まぁやるじゃん! 強い強い、根性座ってる。

だから、俺は能力を使わない。お前と同じ土俵で戦ってやるよ」


「は……?」


エイトの口元から、笑みが消えた。


「……随分と舐められたものですね」


「違う違う。褒めてんの」


桐生は軽く手を振った。


「お前が『努力すれば凡人でも勝てる』って言ったんだろ? だったら証明してみろよ」


「…………」


「能力なしの俺に勝ってみ?」


エイトの口元が、ゆっくりと歪んだ。


「……後悔しますよ」


「しねぇよ。俺も努力して強くなった側だからな」



エイトの目が見開かれる。


桐生の拳が迫り、エイトは首を逸らして回避した。

しかし、鈍い音が響き、エイトの身体が横方向へ吹き飛ばされた。


地面を転がる。

それでもすぐに片手をつき、立ち上がった。


「……なるほど」


口元から流れた血を、エイトは親指で拭った。


笑っている。しかし、先ほどまでとは違う。


呼吸が乱れていた。


「俺の動きに、慣れましたか」


桐生は答えない。ただ拳を構えている。


私は二人の動きを観察していた。


最初とは明らかに違う。

エイトの攻撃速度は落ちていない。


判断も鈍っていない。

桐生の身体能力が、突然向上したわけではない。


エイトの癖、重心移動、視線、攻撃へ移る直前の予備動作。

攻防を重ねるたび、それらへの対応が早くなっている。


おそらく、幾度も死線を潜り抜けてきた経験と、積み重ねてきた訓練の成果だ。


変化したのは――対応速度。


どれだけ速く動いても、桐生はすでにエイトの攻撃を見切っている。

躱す。そして、次の攻撃へ移るより早くカウンターを叩き込む。


エイトの攻撃速度が落ちたわけではない。


桐生の対応が、それを上回り始めたのだ。


「――っ!」


エイトの表情が初めて崩れた。


次の攻撃へ移ろうとした、その瞬間だった。


まだ攻撃すらしていない。

それなのに、すでに腕を捕まれている。


桐生はその腕を捻り上げ、体勢を崩したエイトの腹部へ膝を叩き込んだ。


鈍い音。


エイトの身体が浮く。桐生は腕を離さない。

そのまま地面へ叩きつけた。


「どうした? 降参するか? 尻尾巻いて逃げるか?」


「……逃げられるなら、逃げたいですけどねぇ」


エイトは地面に伏したまま、小さく笑った。


「――だから、逃げる必要なんてないんですよ」


指先が僅かに動いた。


何かが光る。

鋭く、小さな金属製の針が放たれた。


私は反応することすらできず、その場に立ち尽くしていた。

しかし、針が私へ到達することはなかった。

SG-02《ゴリラ》が即座に私の前へ割り込み、照準を合わせる。


一閃。


放たれたレーザーが、空中を飛ぶ金属製の針を正確に撃ち落とした。

小さな金属音を立て、焼け焦げた針が地面へ転がる。



――私の反応速度では、回避は間に合わなかった。


(危機一髪だったな)


エイトはSG-02《ゴリラ》を見上げると、堪えきれないように笑い出した。


「あ~……もう。そんなの卑怯だ」

「S能力保持者だけでも反則なのに、博士にはそんな護衛まで付いてるんですか」


「そう、か弱い私は武力には自信がないのでね」


「か(・)弱(・)い(・)ですか……やれやれ」


「SG-02《ゴリラ》にはアサシンモードも搭載されているが、

戦ってみるかい?」


「遠慮しますよ。これ以上、化け物を増やさないでください」


SG-02《ゴリラ》が即座に動いた。


「ビビビビ」


「彼はなんて言ったんですか? すいません、アンドロイドの言語には疎いんでね」


「言葉遣いはスラングが多く、酷く悪いが――『君は正しい選択をした。誇るべきだ』と言っている」


「…………」


その瞬間。


エイトは両手を挙げた。


そして、そのまま地面へ仰向けに倒れ、大の字になる。


「降参しますよ。バカバカしい。これ以上やっても無駄だ」


桐生が眉を上げた。


「あ? さっきまでの威勢はどうした?」


「勝てない相手と戦い続けるのは、努力じゃなくて無謀って言うんですよ」


エイトは空を見上げた。


「それに――」


少しだけ笑う。


「あなたたちを殺して金を得たところで、きっと世の中がつまらなくなるだけだ」


一度、大きく息を吐いた。


「あ~~~……バカバカしい」


「や~い、負けてやんの! 言っとくけどな、SG-02《ゴリラ》は弾切れさえ起こさなければ最強だからな! 俺でも負ける! 残念だったな、小僧!」


桐生が楽しそうにエイトを煽っている横で、私は先ほどの戦闘について一つ気になっていた。


「エイト。先ほどの君の戦闘だが、改善した方がいい点がいくつかある。

あくまで私が視覚情報から分析した結果だが、参考にはなると思う」


「…………はい?」


私はエイトの返事を待たず、説明を続けた。


「君は攻撃へ移る直前、右足へ重心が偏る傾向がある。

それ自体は僅かな変化だが、桐生は途中からそれを認識していた」


エイトが大の字のまま、こちらを見る。


「それから、相手の頸部を狙う場合、視線が先行する。

視線誘導のフェイントを入れてはいるが、三回目以降は攻撃予測に利用されていた」


「…………」


「技術そのものは非常に高い。問題は、

長期戦になるほど行動パターンが蓄積されることだ。

攻撃パターンをもう二、三種類増やすことを推奨する」


「それを差し引いても、実に良い戦闘センスだった。技術、速度、判断力。

急所を正確に狙い続ける攻撃精度も素晴らしい」


私は素直に感心していた。


「ぜひスカウトしたかったよ。……私がまだSEALの研究員だったなら、

間違いなく戦闘員として重宝したと思う」


「ナズナ博士。あなたは私が殺し屋であることを忘れていませんか?」


「勿論覚えている。私は記憶力には自信があるんでね」

「殺し屋であることと、君の戦闘能力が優秀であることは別の問題だろう?」


エイトは目を見開いたまま、私を見つめている。

明らかに驚いているようだ。


しかし、何に驚いているのか分からない。

私は首を傾げた。


「……あなたは、西園寺をどうする気ですか?」


エイトの表情から、先ほどまでの呆れが消えた。


「彼女は、止まりませんよ」


「西園寺は、合理的な損切りができない。資産を凍結され、

自由に使える資金を失い続けても、私の排除を優先している」


「破滅願望でもあるのかと思うほどだ。だから――ここからは、護るだけでは不十分だ」


私はエイトを見つめた。


「攻撃に転じるつもりだ。……まぁ、法律の範囲内で」


「……今さら法律を気にするんですか?」


「当然だろう。法律は守るためにある」


その時、大通りの方角から、地鳴りのような歓声が響いてきた。


「スラムキングの勝利だぁぁぁ――!!」


「うおおおおおおお!!」


「ざまぁみやがれ!! 二度と来んなぁ!!」


無数の雄叫びが重なり、ここまで届いてくる。


銃声も、いつの間にか止んでいた。

どうやら、向こうの戦闘も終わったらしい。


エイトは大の字になったまま、空を見上げている。


そこに悔しさは見えなかった。

清々しいほど、あっさりと自分の負けを認めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。