Log:58 能力者と非能力者
Log:58 能力者と非能力者
「……予測よりも2分ほど遅い。だが、まぁ及第点だ」
桐生は私の評価に何も答えなかった。
私を背後へ庇ったまま、エイトから一度も視線を外さない。
その隣では、SG-02《ゴリラ》が私を守るように立ち位置を変えた。
エイトも動かなかった。
二人の間に漂う威圧感だけで、空気がひりつくようだった。
どちらも動いていない。
それなのに、下手に近づけば巻き込まれる――そんな危険を感じる。
先ほど弾き飛ばされたナイフは、数メートル先の地面に転がっている。
しかし、それを拾おうとはしない。
互いに相手の出方を窺っている。
遠くでは、今もスラムで激化する戦闘の銃声が鳴り続けていた。
カイゼンたちと傭兵部隊の戦闘は終わっていない。
爆発音と怒号が入り混じり、時折、足元にまで小さな振動が伝わってくる。
それでも、この場所だけは妙に静かだった。
エイトの右手が、ゆっくりと腰へ伸びる。
次の瞬間。
その姿が消えた!
いつの間にか握られていた別のナイフが、桐生の喉元へ迫っている。
桐生が上体を僅かに逸らす。
刃が皮膚すれすれを通過した。
直後、桐生の右手がエイトの腕を掴もうと伸びる。
しかし、そこにはもういない。
エイトは身体を沈め、桐生の懐へ潜り込んでいた。
喉への攻撃は囮。本命は――脇腹
桐生が身体を捻った。
それを追うように、エイトの手首がわずかに軌道を変える。
刃先が脇腹を掠めた。
布が裂ける。
完全には避けきれなかったらしい。
桐生の脇腹に、細い赤色が走った。
刃を振り抜いた勢いのまま身体を回転させ、今度は桐生の脚を狙う。
だが――。
ドンッ!!
鈍い衝撃音と同時に、エイトの身体が宙へ浮いた。
桐生の膝が腹部へ入っていた。
数メートルほど後方へ吹き飛ばされる。
それでもエイトは地面へ叩きつけられる直前に身体を捻り、片手をついた。
勢いを殺しながら着地し、そのまま後方へ滑っていく。
数秒の沈黙。
エイトはゆっくりと身体を起こすと、腹部を押さえた。
「……痛いですね」
そう言いながら――笑っている。
桐生の脇腹からも、僅かに血が流れていた。
「ああ? お互い様だ……クソ! 俺は怪我する訳にはいかねーんだ」
互いに無傷ではない。
だが、今の攻防だけで理解できる。
エイトは強い。 相当強い……!
私が一人で対峙していた場合、戦闘による生存はほぼ不可能だっただろう。
エイトは痺れた腕を二、三度振ると、桐生を見つめた。
「さすがですね。能力者というのは、本当に理不尽だ。
たった一つの攻撃で、全てを帳消しにしてしまうんだから」
口調は穏やかだった。
むしろ先ほどよりも、楽しそうに見える。
「桐生、あなたは俺より速い。力も強い。反応速度も違う」
エイトは新しいナイフを取り出した。
「しかも、あなたはS能力保持者でしたか」
笑みが深くなる。
「いいや。だからこそ、いいですね……ははは」
桐生の眉が僅かに動いた。
「私は非能力者だから、能力者を殺す時がたまらないのですよ」
ナイフを逆手に持ち替える。
「だって――努力すれば凡人でも勝てるって、希望が見えるでしょう?」
その言葉と同時に、エイトが再び地面を蹴った。
今度は真正面からではない。
その瞬間、エイトが急激に方向を変えた。
狙いは桐生ではない。
――私。
エイトの視線と目が合った。
なるほど。彼は殺し屋だ。
桐生と勝敗を競う必要などない。
依頼された対象を殺せば、それで仕事は完了する。
合理的な判断だった。
しかし――。
「させるかよ、おバカさん!」
桐生の腕がエイトの肩を掴んだ。
エイトが振り返るより早く、その身体が後方へ引き戻される。
次の瞬間。
桐生の拳がエイトの顔面へ向かって放たれた。
エイトは首を傾け、紙一重でかわす。
拳が頬を掠める。
風圧で黒いマスクの端が大きく揺れた。
しかし、桐生は追わなかった。
「お前、俺が最初から最強だったと思ってんの?」
桐生は拳を構えながら、口元を吊り上げた。
「能力なんて、おまけみたいなもんだ。俺だって最初から強かったわけじゃねぇよ」
「守りたいもんができるとさ――嫌でも覚悟が決まるんだよ」
桐生が一歩、前へ出る。
「「守る」覚悟の宿った男ってのは、強くなる」
エイトの笑みが、わずかに薄れた。
「お前には分かんねぇだろ?」
桐生はさらに一歩、エイトとの距離を詰めた。
「殺し屋のプライドだか何だか知らねぇけど――その捻じ曲がった根性、
へし折って更生させちゃるわ」
「かかってきなさい!」




