Log: 57 ヒーロー
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西園寺の目的は、スラム市民でもカイゼンでもない。
――私だ。
ならば、必ず次の手を打ってくる。
「エレファント。了解しました。このまま作戦を継続します」
<了解。戦術情報の共有を継続します>
エレファントの返答と同時に、戦術マップ上の光点が更新された。
その中で、妙な動きをする一団がある。
後退していた傭兵の一部が足を止め、カイゼンへ向けていた銃口を下げた。
「隊列を立て直せ! 陽動に付き合うな!」
銃声が鳴り止むと、指揮官の怒声が大通りに響く。
「第一班はカイゼンを牽制! 左右への警戒を維持しろ!
第二班は予定通り目標を確保する!」
傭兵たちを示す光点のうち、小隊規模の一団が隊列を組み直し、
目標座標を切り替えた。
<ドクターナズナ。敵部隊の一部に進路変更を確認しました>
「了解。こちらでも確認している」
やはり、そうなるか。
西園寺の目的が私である以上、陽動にすべての戦力を割くことはない。
むしろ私の位置さえ特定できれば、他は無視して構わない。
合理的な判断だ。
「エレファント。接近する部隊の人数と到達予測時間を」
<現在確認できる人数、十二名。距離約160メートル。
現速度を維持した場合、接触まで約90秒です。
ドクターナズナ。安全を確保しつつ、速やかな撤退を推奨します>
……90秒。十分だ。
私は戦術マップを縮小し、戦場全体を表示した。
「彼らの目標は『私』だ。ならば、あえてこのまま接近させる」
<ドクターナズナ。対象部隊はあなたの捕縛を目的として接近しています。
安全確保を最優先し、撤退を推奨します>
「却下します。スラムを守るために戦うのは、彼ら自身の権利だ。
彼らは私を守るために戦っているわけではない。
AR-04《エレファント》、そこを勘違いしてはいけないよ」
「それに、彼らには少しでも被害が出てほしくない。
私がここに留まれば、少なくとも十二名の戦力を彼らから引き離すことができる」
戦力配分として考えれば、悪くない。
少なくとも彼らの銃口がスラムの住民へ向けられるよりは、ずっといい。
さて――そろそろ動き出す頃だろう。
この状況を見れば、華城は今頃、興奮して鼻息を荒くしているに違いない。
容易に想像できる。
私はあえて護衛から離れ、単独で歩き出した。
向かう先は――敵部隊の中枢。
ヒアラブルデバイスの回線を開き、三人へ指示を出す。
「カイゼン、シュガー、ソルト。現在の配置を維持したまま、敵を牽制。
身の安全を最優先に、戦線を少しずつ後退させてください」
『了解だよ、ナズっち!』
『ナズナ、また何か企み中か?』
カイゼンの不敵な声が、ヒアラブルデバイス越しに響いた。
「企みとは失礼だね。作戦行動だよ」
『……そうかよ。気をつけろよ』
どうやら、カイゼンには気づかれているらしい。
通信越しでも分かるほど、楽しそうに笑っていた。
――勘の鋭い男だ。
◇
エイトは建物の陰から、その姿を見つめていた。
ナズナが白衣のポケットに手を突っ込んだまま、一人で歩いてくる。
武器すら携帯せず、無謀にもこちらへ向かってくる。
「……なんだ、あれ」
逃げるどころか、護衛まで置いてきた。
――あり得ない。
「……罠か?」
エイトは反射的に周囲へ視線を走らせた。
屋上。窓。路地裏。廃車の陰。
カイゼンは前線にいる。
あの派手な二人も、左右に分かれて戦闘を続けている。
本当に、ナズナは一人だった。
――だからこそ、おかしい。
エイトの視線が、再びナズナへ戻った。
白衣のポケットに両手を入れたまま、逃げる様子もない。
それどころか――立ち止まって待っている。
「私はここにいるぞ」
エイトは答えなかった。
「私を殺しに来たのだろう?」
ナズナは白衣のポケットに両手を入れたまま、首を傾げた。
「罠を警戒しているのか? だとしても、殺しに来られないほどの実力ではあるまい。
君ほどの殺し屋なら、私のようなか弱い女性など、あっという間に倒せるはずだ」
彼女は少し誇らし気にわずかに胸を張る。
「何せ、私は武力には自信がないのでね」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、建物の陰から一人の男が姿を現す。
黒いマスクで顔を隠した、殺し屋のエイトだった。
「相変わらず、変な女だな」
「お久しぶりだね、エイト」
「お久しぶりです。ナズナ博士。
まさか二度も、お会いするとは思わなかった」
エイトはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
警戒を解いたわけではない。
周囲へ視線を走らせながら、私との距離を少しずつ縮めていた。
「では、せっかくの再会を記念して……」
数メートルの距離を残して、エイトは足を止めた。
「死に方くらいは選ばせてあげますよ」
「ふ〜む。では……とても苦しむ方法がいい」
「…………は?」
エイトは一瞬、自分の聞き間違いを疑った。
これまで何人もの人間を手にかけてきた。
命乞いをする者もいれば、恐怖で声すら出せなくなる者もいた。
だが、自分から苦痛の長い死に方を希望した人間はいない。
「聞こえなかったのか? 可能な限り苦痛が長く続く方法を希望する」
「普通は楽に死ねる方法を選びますよ? 私も恨まれたくはないから、
楽に殺してあげることが、せめてもの優しさだと思ってきましたが……」
「私は最後の瞬間まで生きたいと思う。ならば、その方がいい」
「……ははっ、はははは!」
「いいでしょう。そこまで言うなら、望み通りにして差し上げます」
「それは、どうもありがとう。丁寧な仕事を頼むよ」
「お礼を言われるのも、丁寧な仕事を頼まれるのも初めてですよ」
エイトは再び小さく笑った。
「だから――とても残念です」
エイトの笑みが消えた。
次の瞬間、その手に握られたナイフが閃く。
ナズナの身体能力では回避できない。
鋭い刃が、一直線に彼女の首へ迫る。
ナズナは静かに目を閉じた。
――ガキィィィン!!
金属同士が激しくぶつかる音が響いた。
エイトのナイフが、くるくると回転しながら宙を舞っていた。
「お前――俺の女に何してくれてんの?」
聞き慣れた声だった。
ナズナを庇うように、桐生が前に立っていた。
そして、その隣にはSG-02《ゴリラ》。
――最強の矛が、ナズナを護るためにやってきた。
「……予測よりも2分ほど遅い。だが、まぁ及第点だ」




