Log: 56 スラムの戦場
Log: 56 スラムの戦場
――戦闘が始まった。
大通りから断続的な銃声と爆発音、スラム市民の怒号が響いていた。
辺りには煙が立ち込め、火薬と焼けた鉄の臭いが鼻を突く。
「エレファント。戦闘区域全域の戦況を解析。
敵味方の位置、武装、負傷者数を識別し、リアルタイムで戦況をマップ化してください」
<了解。各情報のタイムログを同期。誤差を修正しつつ、
戦況を随時報告。戦術情報を共有します>
視界上に、次々と情報が展開される。
光点が激しく動き、その位置情報は絶えず更新され、
銃声が響くたび、敵味方の配置が少しずつ変化していく。
衛兵側は――まだ隊列を維持している。
大通りを銃弾が飛び交う。
衛兵たちは隊列を崩さず、前列が防御しながら前進し、
後列がスラムの男たちへ銃撃を浴びせていた。
「うおおおお!! 来やがれ!!」
「かあちゃん! 見ててくれよ~~!」
「お前のかあちゃん、とっくに避難してんぞ!!」
「うるせぇ! 心で見てんだよ!!」
廃車の陰から男が身を乗り出し、旧式のライフルを乱射する。
直後、傭兵たちの銃口が一斉にそちらへ向いた。
銃弾が廃車の車体を激しく叩き、錆びた金属片が周囲へ飛び散る。
荒くれ者の男は慌てて頭を引っ込めた。
個々の戦闘能力は決して低くない。しかし、戦い方が違う。
スラム側は、それぞれが自分の判断で撃っている。
一方、傭兵側は互いの死角を補いながら、一定の速度で前線を押し上げていた。
装備の性能も、統率も、明らかに相手が上だ。
このままでは、スラム側の被害が増える一方だ。
彼らの生きざまは、誇り高く素晴らしいと思う。
だが――だからといって、ここで死んでほしいとは思わない。
「カイゼン。この戦闘に限り、私に戦術指揮を任せてほしい」
「スラム住民の安全を確保しながら、衛兵の隊列を崩す陽動作戦を提案したい」
カイゼンは戦場を一瞥した。
私は、カイゼンの能力をすべて把握しているわけではない。
しかし、シュガーとソルトから聞いた話では、
ほとんど無敵に近い強さを誇っているらしい。
このスラムでは、強さこそが正義である。
そして、カイゼンはその頂点に何年も君臨し続けている。
つまり――彼は相当強いということだ。
ならば、最も危険な役割を任せても問題ない。
「カイゼン。君には囮を頼みたい」
「……分かった」
私は戦術マップを拡大した。
傭兵たちは一定の間隔を保ちながら前進している。
前衛と後衛が互いを援護し、左右の路地にも警戒を怠っていない。
一部を攻撃すれば、すぐに別の隊員がその穴を補う。
明らかに、訓練されたプロの動きだ。
正面から戦力をぶつけても、こちらの被害が増えるだけだろう。
ならば――彼ら自身に隊列を崩してもらえばいい。
「これは君にしか任せられない任務だ」
「真正面から彼らを攻撃してくれ」
「それだけか?」
「ただし、倒す必要はない」
カイゼンの眉がわずかに動いた。
「俺に喧嘩を売っておいて、殴るなって?」
「違う。存分に暴れて構わない。ただし――」
戦術マップ上に、カイゼンの進行経路を表示する。
最も敵の攻撃を受けやすく、同時に最も目立つ位置だ。
「スラムキングの名のごとく、突出してくれ。可能な限り派手に」
「…………」
カイゼンが笑った。
「それなら得意だ」
私が欲しいのは、彼の勝利ではない。
敵の視線だ。
カイゼンほど危険な存在が真正面から突っ込めば、無視することはできない。
だが、相手もプロだ。
全員が彼一人に釣られるほど愚かではないだろう。
――だから、今はそれでいい。
一人でも多くカイゼンへ注意を向ければ、
その分だけ別の場所への警戒は薄くなる。
その小さな偏りを積み重ねる。
隊列というものは、一度にすべてを崩す必要はない。
「エレファント。敵部隊の照準方向を追跡。
対カイゼンへの攻撃集中率をリアルタイムで報告してください」
<了解。照準方向の追跡を開始します>
「カイゼン、シュガー、ソルト。ヒアラブルデバイスの回線同期を許可します。
これより、スラム市民を守るため、陽動作戦を開始します。私が作戦指揮を執ります」
<三名のデバイス接続を確認。戦術回線、同期完了>
三人を示す光点が戦術マップ上で強調表示された。
「カイゼン。スラム市民が交戦している区域の正面へ」
「了解」
「シュガーは裏通り右翼。ソルトは裏通り左翼へ移動してください」
「おう!」
「了解、ナズっち!」
「全員、生還を最優先にしてください。――作戦開始」
私の指示と同時に、三人の光点が別方向へ走り出した。
シュガーとソルトは左右へ散開し、銃弾が飛び交う大通りから裏路地へ飛び込む。
建物の隙間を縫うように、二つの光点が高速で移動していく。
一方、カイゼンは――真正面だった。
遮蔽物を使うこともなく、カイゼンは銃弾の飛び交う大通りを悠然と歩いていく。
敵の銃口など、最初から眼中にないような歩き方だった。
「お、おい! カイゼンだ!」
「キングが出てきやがったぞ!!」
スラムの男たちから歓声が上がる。
真っ黒なタクティカルギアに身を包んだカイゼンは、片手を上げて応える。
白い髪が煙の中で揺れ、そのまま銃弾の飛び交う戦場へ踏み込んだ。
カイゼンの両手の指先から、黒い煙のようなものが溢れ出す。
それは傭兵たちに向かって徐々に伸び、地面を這うように広がっていった。
「なんだ、これは!?」
傭兵の一人が発砲するが、黒い煙に銃弾が飲み込まれていく。
カイゼンは愉快そうに口元を歪め、銃弾の雨の中を悠然と歩き続ける。
「さて、諸君。俺と派手に遊んでくれ。上からの指示なんだ」
煙は銃弾をすり抜けるように広がり、傭兵たちの足元へ到達した。
「離れろ! 正体不明の能力だ!」
指揮官の声と同時に、隊列が後退する。
それでも黒い煙は追いすがる。
カイゼンはその中心を、ゆっくりと歩いていた。
「ガチでやべえ~~! こりゃあ惚れるぜ!」
「これが俺達のキングだ~~!! ざまぁみやがれ!!」
「やっちまえ、カイゼン!!」
スラムの男たちの歓声が、さらに大きくなる。
その熱狂とは対照的に、私は戦術マップ上の数値だけを追っていた。
<対カイゼンへの攻撃集中率、18%――上昇中>
「第一段階は、作戦通りクリアした。次、シュガー、ソルト。
君達が、この作戦の陽動を成功させる鍵だ。どうか、いつも以上に励んでくれ」
『わかった』
『任せちゃってよ! カッコいい所を見せちゃうよ!』
二人を示す光点が、同時に動き出した。
シュガーは裏路地を駆け抜け、崩れかけた壁を蹴って大通りを覗き込む。
反対側では、ソルトが廃材の山を飛び越えた。
正面ではカイゼンが敵の火力を引きつけている。
<対カイゼンへの攻撃集中率、38%。右翼および左翼の警戒率が低下しています>
――今だ。
「シュガー、ソルト! 目標へ一斉射撃。後退させつつ、速やかに沈静化させてください」
『了解!』
『いっくよぉ~~!!』
次の瞬間、左右の裏通りから、極彩鳥のような二人が同時に飛び出した。
ドォォォォン!!
バリバリバリィィィ――!!
凄まじい爆発音と放電音が、スラムの大通りを震わせた。
《ボルカノ》の火炎弾が傭兵たちの前方で炸裂し、爆風とともに巨大な火柱が立ち上る。
「なんだ!? あの派手な二人は! どこから湧いて出やがった!」
「散開しろ!!」
傭兵たちが左右へ飛び退く。
だが、その頭上ではすでに《ボルト》の電撃が無数に枝分かれしていた。
青白い電撃が、雨のように戦場へ降り注いだ。
「ぐあっ!!」
「上だ! 上から来るぞ!!」
火炎と電撃。
正面には、黒煙を従えたカイゼン。
傭兵たちの隊列が、ついに大きく揺らいだ。
「エレファント。現時点での負傷者数、および重傷者の報告を」
<スラム側、軽傷者27名。重傷者5名。死亡者は確認されていません>
<傭兵側を解析中。……生体反応および行動パターンから負傷状態を推定>
<軽傷者13名。重傷者ゼロ。死亡者は確認されていません>
<ドクターナズナ。現在、作戦遂行率は42%です>
私は戦術マップを確認する。
カイゼンへ敵の火力は集中している。
シュガーとソルトによる左右からの陽動も機能していた。
スラム市民へ向けられていた銃口は、明らかに減少している。
しかし――
傭兵たちはまだ隊列を維持していた。
前衛は後退しているが、完全に崩れたわけではない。
左右からの攻撃にも即座に対応し、互いの死角を補い続けている。
陽動は成功している。
だが、作戦はまだ半分にも達していない。
そして、もう一つ。
私は戦術マップ上を移動する傭兵たちの光点を見つめた。
(西園寺が、この程度で簡単に手を引くはずがない)
彼女の目的は、スラム市民でもカイゼンでもない。
――私だ。
ならば、必ず次の手を打ってくる。
「エレファント。了解しました。このまま作戦を継続します」




