Log:54 しつこい罠
Log:54 しつこい罠
『スラム区域内に、危険人物が確認されました』
『個体名――ナズナ。元SEAL研究博士。高危険度の進化能力を保有し、
戦闘用兵器の開発に関与した人物です』
『対象者の周辺では、武力衝突が発生する危険があります』
『周辺住民は対象者に近づかず、速やかにその場から離れてください』
突然、古びたスピーカーから無機質な音声が流れ、
スラム区全域に響き渡った。
俺は歩みを止め、放送内容に耳を傾ける。
ナズナからほんの一瞬離れただけで、違和感しかない放送が流れた。
俺と一緒にいた監査官も足を止め、明らかに混乱している。
「いったい、何があったんだ?」
俺は監査官に疑いの目を向けた。
こいつも状況を把握していないことは分かる。
だが、今は少しでも情報が欲しかった。
「わ、わかりません! 本部に確認してみます」
監査官が本部へ照会すると、端末の向こうから慌ただしく指示を飛ばす声や、
騒めきが聞こえてきた。
返ってくる回答も要領を得ない。
どうやら、混乱しているのはここだけではないらしい。
「まいったなぁ~……全然状況が分からないよ。……あ、はい! すいません」
監査官は上官と話しながら、何度もぺこぺこと頭を下げている。
しばらく慌ただしいやり取りを続けたあと、ようやく通話を切った。
「桐生さん、確認が取れました。
どうやら先ほどの放送は、スラム区の管理局放送らしいです。
人が多く集まる場所で危険人物が確認された場合は、
管理局の判断で注意喚起を流すことがあるそうです」
「ふーん。まぁ、それで筋は通るな……。
で、誰がナズナを危険人物として通報した?」
「それが……」
監査官は困ったように端末を見た。
「通報者の情報は、こちらからは確認できません。すいません。
ただ、管理局もSEALのデータベースに登録されている情報と照合した上で
放送しているようなので、誤報ではないと思います」
「……なるほどね」
確かに、放送された内容に嘘はない。
ただ、かなり悪意のある誇張がされている。
戦闘用兵器の開発に関わっていたのも事実だ。
でも――だからこそ、おかしい。
「その情報、いつ登録された?」
「え?」
「ナズナは三週間もここにいたんだぞ。
なんで今日、それも俺があいつから離れた直後に放送された?」
「あ~~……確かに。でも、今日はチャリティ活動で人が集まってますから、
それで注意喚起が必要だと判断されたんじゃないですか?
……そんなに気にすることですか?」
「……普通は気にするぜ。まぁ、とにかく……
お前たちが指定した合流ポイントに行こうぜ。
追加の監査が終わらないと、俺は解放されないんだからさ」
◇
一方、私たちの側にも険悪な空気が漂っていた。
愉快犯で煽り屋の華城。
圧倒的な力で全てを捻じ伏せてきたスラムの王・カイゼン。
――どう考えても、相性がいいはずがない。
そして、明らかに不自然な放送がスラム全域に流れた瞬間、
カイゼンの怒りは爆発寸前だった。
「……お前が、情報を売ったのか?」
「そうだったら、どうするの? ここで僕を殺すの?」
華城はあえて否定せず、歪んだ笑みを浮かべてカイゼンを煽る。
誰が見ても分かるほど、暴力沙汰になる一歩手前だった。
「カイゼン、華城。少し弁えたまえ。
チャリティ活動を邪魔してしまえば、本末転倒だ。
それに、放送の内容そのものに間違いはない」
「いや、ナズっち。そこ認めちゃダメなところじゃない?」
「なぜだ? 私はとても優秀である。そして
戦闘用兵器の開発に関与したことも事実だ」
ほんの少し誇張されている部分については、
あえて訂正しなかった。
「いや、確かに優秀だけどさぁ……そういう問題じゃねぇだろ!」
ソルトとシュガーが揃って頭を抱えた。
「問題なのは内容ではない。なぜ今、この情報が流されたのかだ」
「おそらく、この放送によって生じた混乱に乗じて、何かを仕掛けるつもりなんだろう」
「そうでなければ、華城がここにいる意味がない。
彼は一番面白い瞬間を、一番良い席で眺める主義だ」
私の分析を聞いた華城は、嬉しそうに拍手をした。
そのまま抱きつこうと両腕を広げるが、シュガーとソルトに即座に阻止される。
「いやぁ~☆ やっぱり僕のことを真の意味で理解しているのは
ナズナちゃんだけだと思う。嬉しいなぁ~。結婚しようか?☆
西園寺の次に大事にしてあげるよ~☆」
「浮気を前提とする男性との交際は遠慮しておく」
「冷たいなぁ。あ、そうだ! 忘れてたんだけど、良いこと教えてあげるね☆
西園寺の資産はほとんど凍結されて、彼女が自由に使える資金も、
もう半分ほど溶けちゃったんだよね☆
前回のSEALへの違法アクセスで、無理しすぎちゃったせいでね~」
華城はタブレットを操作すると、
西園寺の資産凍結を示す情報を私たちに見せた。
そして、まるで面白いニュースでも見つけたように笑う。
「だ、か、ら☆ 今回は本気で殺しに来ると思ったほうがいいよ☆」
「そうか。だから君は、どちらが生き残るのか最後まで見届ける
観測者になるつもりなんだね」
「観測者なんて、そんな上品なものじゃないよ☆
僕はただ――最後に誰が笑ってるのか見たいだけ。
だって、幸せな瞬間って、最高でしょ?」
「君の定義する『幸せな瞬間』が、悪趣味なものでないことを祈るよ」
カイゼンは私を庇うように前へ出て、華城を鋭く睨みつけた。
「俺の邪魔をするなら、お前はスラムから生きては帰れない。
それだけは事実だ。覚えておけ」
カイゼンの鋭い眼光には、隠す気すらない殺意が滲んでいる。
それでも華城は、涼しい顔で受け流した。
その頃――
重武装した衛兵の一団が、スラム区域のゲートを通過していた。
先頭を歩く男の手には、一枚の命令書が握られている。
『テロリスト捕縛命令』
添付された手配書には『凶悪犯』の文字とともに、
白い髪と赤い目をした女性の写真が掲載されていた。




