Log:53 邪魔者は消えろ
Log:53 邪魔者は消えろ
不穏な空気が漂う中、チャリティ活動中のスタッフたちは、
身に覚えのない監査を受けながらも慈善活動を続けていた。
今回の活動には、SEALから正式な許可が下りている。
何度そう説明しても、監査が打ち切られる気配はない。
むしろ、確認事項は時間が経つほど増えていた。
スタッフたちは監査待ちの列に並びながら、
口々に不満や違和感を訴え始める。
その間にも、支援を待つ人々の列は伸び続けていたので
現場は次第に混乱し始めていた。
「この正当なチャリティ活動を通報したのは誰?」
「よっぽどの権力者であることは間違いないだろう」
「恵まれない人たちへの支援を邪魔したり、反対したりするなんてひどい人だ」
監査官たちも、この通報には迷惑しているようだった。
業務上、確認せざるを得ないとはいえ、正式に認可されたチャリティ活動に
泥を塗るような真似など、誰だってしたくはない。
この場にいる誰も、この監査を望んではいない。
――ただ一人、西園寺を除いて。
彼女にとって、このチャリティも、そこに集まった人間も、
自分の望みを邪魔する障害でしかなかった。
「どうして、アイツ等はわたくしの言うことを聞かないの!?
なぜチャリティ活動を続けているの!!
街に出てしまったら、あの女に遭遇しちゃうじゃない!」
西園寺は天上層の邸宅で金切り声を上げながら、
スラムの監視カメラ映像を睨みつけていた。
配下の者たちにも、容赦なく苛立ちをぶつけている。
『しかし、スラムでのチャリティ活動は正式に認可されております。
今回の監査も、活動そのものを中止させるためのものではありません。
あくまで通報内容に基づき、法の範囲内で実施できる措置です……』
その言葉に激高した西園寺は、ティーカップを
男の頭めがけて投げつけた。
男が咄嗟に顔を逸らすと、ティーカップは額を掠め、背後の壁で砕け散った。
「今、わたくしを否定したの? お前は何様のつもりで、わたくしに
意見を述べたの?」
たとえそれが正しい内容であっても、今の西園寺に論理は通用しない。
怒りに支配された彼女は、自分に都合の悪い現実を受け入れることを拒絶していた。
「…………なら、いいわ」
西園寺は監視映像の中にいる桐生を見つめた。
「チャリティを止められないなら――桐生だけ、あの女から引き離しなさい」
「無能でも、それくらいは出来るわよね?」
西園寺の配下の男は、しばらく沈黙した後に頷いた。
そのやり取りを聞きながら、殺し屋のエイトは部屋の隅で
スラムの監視カメラ映像を眺めていた。
「めんどくさい。その場で女を殺してしまえばいいじゃないか」
「それはダメよ! そんな簡単に殺してやるものですか。
あの女には苦しんで、もがき続けて――
最後には這いつくばって、わたくしに許しを乞ってもらわないと……」
西園寺の目は狂気に満ち、その口元には黒く歪んだ笑みが浮かんでいた。
エイトは仕事柄、様々な依頼人を見てきた。
この手の女は、執念の果てに自分自身まで焼き尽くす。
西園寺も、いずれそうなるだろうと冷めた目で眺めていた。
依頼人が報酬を払い続ける限り、プロであるエイトは仕事をこなす。
「じゃあ、俺の出番が来たら呼んでくれ」
エイトは西園寺の配下の男にニタリと笑いかけ、その肩を軽く叩いた。
雑用まで付き合う気はないらしい。
その姿は、影の中へすっと溶けるように消えていった。
◇
「……あの、桐生さん」
監査官の一人が、ひどく申し訳なさそうに俺を呼んだ。
「追加の確認事項があります」
「…………また俺?」
「搬入物資および活動記録について、追加の確認が必要になりました。
監査が終了するまで、指定区域で待機してください……。
すみません。上からの指示なんです」
「……これ、俺だけ狙われてない?」
華城は俺と監査官を交互に見たあと、ニタニタと笑った。
「なるほどねぇ。これは、やっぱりアレだ☆」
俺は少し離れた場所にいるナズナへ視線を向けた。
三週間ぶりに、ようやく会えた。
それなのに――また離れろってか。
「いやぁ~~エモいね!☆」
華城が、俺の心情など全部お見通しだと言わんばかりに笑った。
「仕方ないよねぇ? 今ここで法律に逆らって不利になるのは
君達だし、こういう時こそ行使できる権力って大事だよねっ☆」
カイゼンは黙って華城の様子を見ていた。
この男が、なぜナズナや桐生に協力しているのか――
その理由を探っていた。
ナズナはカイゼンの視線に気づき、頭を左右に振って説明した。
「カイゼン、彼のことは気にしないほうがいい。
彼の目的は『混沌』なんだ。理解しようとするだけ無駄だよ」
「ええ~~ナズナちゃん、それってひどくない!?☆
ぼくはいつだって、キレイな女の子の味方だよ?」
「そうだな。『私の味方』とは明言していない。
その点については、君は正直者だと私は思うよ」
「そりゃあ、僕のスポンサーは西園寺なんだから
仕方ないよねぇ?君が、愛してやまない桐生君みたいに
僕だって、お姫様のために王子様でいてあげないとでしょ?」
カイゼンはさらに訝しげな顔をした。
「……余計に分からなくなった」
「だから言っただろう。華城は理解するだけ無駄だ」
ナズナが『愛してやまない桐生君』という言葉を否定しなかったので、
我ながら単純だが、俺は少しだけ機嫌がよくなった。
「ナズナ。終わったらすぐ戻るから、ここにいろよ」
「了解した」
「絶対だぞ?」
「君は私を何だと思っている」
「勝手に危険地帯へ突っ込む天才」
「評価に悪意を感じる」
「ウンゼン兄弟。しばらくの間、ナズナのこと任せたぞ」
俺はカイゼンとシュガー、ソルトに目配せしたあと、
監査官と共にナズナから離れ、指定区域へ向かった。
かなり不本意だった。
ゴリラだけが、俺についてきた。
……あの場に華城を置いてきたのは、失敗だったかもしれない。
『――スラム区域内の住民及び、チャリティに参加中の皆さんに、
注意情報を通知します』
突然、古びたスピーカーから無機質な音声が流れ、
スラム区全域に響き渡った。
俺は歩みを止め、放送内容に耳を傾ける。
嫌な予感ばかり的中する自分の勘が、こういう時だけは嫌になった。




