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Special Log:英雄にも弱点はあります

Special Log:英雄にも弱点はあります


SEAL空中都市防衛軍には、英雄級と呼ばれる兵士がいる。

その中でも、桐生という男は有名だった。


戦闘能力、任務達成率、生存率。どれを取っても一級品。


危険度の高い任務にも何度も投入され、そのたびに生きて帰ってくる。

俺にとっては、雲の上のような憧れの存在だった。


そんな桐生さんと同じ戦闘訓練に参加すると聞かされた!


正直、ほとんど眠れなかった。


睡眠不足のまま合同訓練が始まると、


俺以外の奴らも同じように、桐生さんへ羨望の眼差しを向けていた。

それも当然だ。


ここには、彼に命を救われた一般兵がたくさんいる。


「次、お前な」


「は、はい!」


緊張で声が裏返った。


憧れの人を前にして声が裏返るなんて、やらかしたな俺!

桐生さんは不思議そうに俺を見る。


「そんな緊張しなくていいって。訓練なんだから」


「はい! すいません!」


「……いや、だから」


「はい!」


「……まあ、いいけど」


桐生さんは困ったように笑った。

怖い。いや、別に睨まれたわけでもない。


声も普通だ。むしろ気さくで陽気な人だと思う。


それでも怖いものは怖い。


目の前にいるのは英雄級のエースなのだ。

訓練とはいえ、下手な動きを見せたくない。


そう思っていたのに、結果は散々だった。


模擬戦が始まって、たった数分。

気づいた時には武器を弾かれ、俺は地面に転がっていた。


「……っ!」


「そこで無理に起きない方がいいぞ」


桐生さんの優しい声が頭上から降ってくる。

見上げると、桐生さんが手を差し出していた。


「今の動き、悪くなかったよ」


「え?」


「最初の回避。あれは良かった」


俺は差し出された手を掴んだ。

逞しい腕に、軽々と引き起こされる。


「ただ、その後に相手を見すぎ。視野が狭くなってた」


「あ……はい!」


「実戦なら横から撃たれてる」


背筋が伸びた。


「はい! すいませんでした!」


俺は恥ずかしさのあまり、桐生さんに深々と頭を下げた。


「だから緊張しすぎだって」


桐生さんが腰に両手を当てて笑う。

自分より遥かに格下の兵士の動きまで、ちゃんと見ている。


これが英雄級。


これがSEALのエース――桐生。


俺は尊敬のあまり感動していた。


その時までは。


新人や一般兵と、エリート兵による合同訓練が終わった。

俺は身体中が痛かったが、不思議と気分は良かった。


桐生さんから直接指導を受けたのだ。

今日教えてもらったことは、俺は絶対に一生忘れない。


「桐生さん!」


少し前を歩いていた桐生さんが振り返る。


「ん?」


「今日はありがとうございました!」


「おう。お疲れ」


「次の訓練までに、今日指摘されたところは必ず改善します!」


「頑張れ。その方が生存確率はあがるぞ」


桐生さんが親指を立てて突き出した。


「はい! 俺、頑張ります!

今日から筋トレします。訓練も増やします」


実際には打撲と筋肉痛で、身体中が悲鳴を上げている。

けれど、これ以上格好悪い姿を見せるのだけは、意地でも避けたかった。


「おう! まぁ、でも無理はすんなよ」


そう言った桐生さん自身の右腕には、薄く血が滲んでいた。

俺は思わず息を呑む。


「桐生さん、腕……」


「ああ、これ?」


桐生さんは自分の右腕を確認した。


「かすっただけ。まあ、今日は威勢のいい新人ばっかりだったからね」


「血が……」


「この程度なら平気だよ。すぐ止まるから」


何でもないことのように笑う。格好いい。


英雄級の兵士にとっては、この程度の負傷など

怪我のうちにも入らないのだろう。

俺だったら大騒ぎしている。やっぱり俺とは違う。


そう思った瞬間だった。


「――桐生」


小さな声が聞こえた。

桐生さんの動きが、ビシッと止まった。


「…………」


何だ?

さっきまで余裕そうにしていた桐生さんが、

ゆっくりと声のした方を振り返った。


そこに立っていたのは、小柄な女性だった。


白い髪に赤い目、白衣姿。


まるでロボットのように表情がない。

俺も顔くらいは知っている。


ナズナ博士だ。


「君のその右腕。それは何だね」


ナズナ博士が言った。


桐生さんは自分の腕を見る。


「これ?」


「他に何がある。それが何なのか、説明を求む」


「かすっただけだよ」


「右腕を出せ」


「いや、本当に大したことないって」


「出せ」


「…………」


桐生さんが素直に従い、右腕を差し出した。


(嘘だろ…………出した!)


俺は目を疑った。


ついさっきまで英雄級のエースとして俺を圧倒していた男が、

言われるがまま腕を差し出している。


ナズナ博士は傷を確認すると、眉間に僅かに皺を寄せた。


「裂傷を確認。周辺組織にも軽微な損傷がある」


「だから、かすり傷だって」


「君の主観は聞いていない」


「俺の身体なんだけど」


「だから何だ」


ナズナ博士の眼光が強い。強すぎる!

もちろん、戦闘能力の話ではない。


別の意味で強い。

ナズナ博士はヒアラブルデバイスを操作し、何かを確認する。


そして――


「桐生」


「……何?」


「この損傷はいつ発生した?」


「さっき」


「もっと正確に説明したまえ。質問回数が増えて非効率だ」


「確か……訓練中? スーツ未着装での模擬戦だ」


「何分前? スーツ未着装? 君は何を考えている」


「…………」


桐生さんが目を逸らした。

ナズナ博士の目が細くなる。


「君、その時の戦闘ログと負傷ログを一部報告していないね?」


「…………」


「桐生。正しい報告をしたまえ」


「…………はい」


え。

今、桐生さん。


『はい』って言った?


「理由は?」


「報告するほどじゃないと思って」


「判断するのは君ではない」


「俺の怪我なのに?」


「君は自分の負傷を過小評価する傾向がある。したがって信用できない」


「いやいや! ナズナちゃん、それって酷くない?」


「事実だ」


「この信用できる男代表の桐生だよ?」


桐生さんが、おちゃらけて誤魔化そうとしている。


俺は動けなかった。何だ、これは。

俺が憧れている、ヒーローの桐生さんはどこへ行った?


「治療する。来たまえ」


「医療区画まで行くほどじゃないって」


「私は二度説明するのが嫌いだよ、桐生」


「はいはい」


「大人になりたまえ。返事は一回で十分だ」


「はい」


……素直だ。

ものすごく素直だ。


その時、二機のドローンがこちらへ近づいてきた。


研究補助のAR-04《エレファント》とSG-02《ゴリラ》。

SG-02《ゴリラ》は実戦にも投入される、桐生さんの相棒だ。


(か、かっこいい! SG-02《ゴリラ》をこんな間近で見るの、初めてだ!)


訓練映像で何度も見たことがある機体で、SEAL戦闘員なら一度は憧れる存在だ。


<ミスター桐生>

<負傷情報の意図的な未報告を確認しました>


「エレファント」


<はい>


「余計なこと言わなくていいから」


<ドクターナズナへの正確な情報共有は必要です>


「お前、どっちの味方なんだよ」


<ドクターナズナです>

即答だった。


「だと思ったよ!」


ゴリラまで桐生さんの周囲をフワフワと飛び始める。


「お前も何か言いたそうだな」


ゴリラが電子音を鳴らした。

「分かった! 分かったから! 次から報告する!」


何だ、この光景は。

SEALの英雄級エースが、研究員とドローン二機に囲まれて怒られている。

俺は見てはいけないものを見てしまった気がした。


「……あの」


思わず声が出た。

二人――いや、人間二人とドローン二機が一斉に俺を見る。

しまった。


「何か用かな?」


ナズナ博士が俺を見る。


「い、いえ!」


怖い。


桐生さんとは違う種類の怖さだ。

なぜか全てを見透かされているような気がする。


「こいつ、今日一緒に訓練したんだよ」


桐生さんが助け舟を出してくれた。


「まだ若いけど、結構動けるぞ」


「桐生さん!? 本当ですか!」


突然の評価に心臓が跳ねる。

ナズナ博士は俺を数秒観察した。


「なるほど。確かに筋肉水準は平均よりも高い」

それだけ言うと、再び桐生さんの腕を見る。


「では、行くぞ」


「分かったって」


ナズナ博士が歩き出し、桐生さんもその後を追う。


「じゃあ、またな。次の訓練も頑張れよ」


「はい! ありがとうございました!」


俺は頭を下げた。

顔を上げると、桐生さんはもうナズナ博士の隣を歩いている。

ナズナ博士が何かを言い、桐生さんが笑いながら答える。


また怒られているようにも見えた。


俺は二人の背中を見送りながら考える。


SEALの英雄級エース。


危険な戦場から何度も生還する男。

圧倒的な戦闘能力を持ち、俺たち若手兵士にとっては憧れの存在。


そんな桐生さんにも、どうやら弱点は存在するらしい。


小柄な研究員――ナズナ博士。


――なるほど。


英雄にも、頭の上がらない相手くらいいるのか。

少しだけ親近感が湧いた。


その直後。


「桐生」


「何?」


「君、左脚も負傷しているね?」


「…………」


俺は足を止めた。


「何故、黙っている」


「……おぉ、今気づいた。驚いた!」


「君の嘘は分かる。桐生、説明したまえ」


「…………すいませんでした」


俺は無言で二人から目を逸らした。


やっぱり、男は惚れた女には弱いんだろうな。

ナズナ博士に向ける桐生さんの笑顔が、何よりもそれを物語っていた。

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