Special Log:本人たちは否定しています
Special Log:本人たちは否定しています
午後の戦闘訓練はとっくに始まっているのに、未だに桐生は現れない。
パートナーで親友、そして私の彼氏でもある間宮は、
少々焦った様子で上官の目を気にしていた。
「……桐生、何やってんだよ。訓練始まってるのにさぁ」
「どうせナズナちゃんのところでしょ。気にするだけ無駄」
「英雄級のエースであっても、訓練の遅刻は怠慢じゃないか?」
間宮が呆れたように息を吐いた、その直後だった。
――訓練場の扉が勢いよく開いた。
「悪い! 遅れた!」
噂をすれば何とやら。
桐生が慌ただしく駆け込んでくる。
「お前、何してたんだよ!」
「いや、ナズナが昼飯食ってなくてさ」
「ほらね。心配するだけ無駄だったんだよ」
私が言うと、間宮は何とも言えない顔で桐生を見た。
「……それで遅刻したのか?」
「仕方ないだろ。あいつがちゃんと食うまで見張ってたんだよ」
「だからって、お前まで訓練に遅れる必要ないだろ」
桐生は悪びれる様子もなく答えた。
「途中で逃げようとするし」
「逃げる?」
「研究室に。アイツ、すぐにゴリラとエレファントを盾に使うから
大変なんだよ」
「それは逃げるって言うのか?」
「俺にとっては逃走だ」
どうやら彼の中では、ナズナちゃんが食事の途中で研究室へ戻る行為は、
逃走に分類されるらしい。
しかも、捕獲するのは自分の仕事だと思っている。
私は間宮と視線を合わせる。
「…………いや、それ……」
「…………甘やかし」
言いたいことは、おそらく同じだった。
けれど、今さら口にするほどのことでもない。
この二人は昔からこうなのだ。
「それで?」
私は何となく聞いた。
「ナズナちゃん、ちゃんと食べたの?」
「食った。全部食わせた」
桐生がかなり満足そうに笑う。
「俺のデザートまで取られた」
「それ、見張る必要あった?」
「……結果論だな。あいつ、怒ると人の飯を食うんだよ」
意外だった。あの堅物論理のナズナちゃんらしくない。
「まあいいや。さっさと準備しろよ。上官、さっきからこっち見てるぞ」
上官が鋭い眼光で睨みを利かせて、私達に微笑んでいる。
「げっ! 待たせてごめんな! すぐ着替える」
ようやく事態を理解したらしい。
桐生は慌てて装備の確認を始めた。
私はその姿を眺めながら、ふと思う。
桐生はナズナちゃんのことになると、少し変だ。
いや、少しではないかもしれない。
過保護?
執着?
お父さん?
……とにかく変だ。
◇
訓練終了後。
私は間宮と一緒に休憩スペースへ向かっていた。
少し前を歩く桐生は、ヒアラブルデバイスを操作している。
「ん、なに、ナズナ?」
まただ。
この二人は、訓練が終わるとすぐに連絡を取り合っている。
「訓練終わったぞ。……ああ。無傷。今日は本当に無傷だからな」
通信の向こうから何か言われたらしい。
桐生の眉間に皺が寄る。
「お前、俺の生体ログ見てんだろ。だったら聞く必要ないじゃん」
数秒の沈黙。
「……直接確認するのは別?」
私は思わず隣を見て、間宮の脇を肘で突いた。
「ねえ……あの二人ってさぁ……」
「……うん。俺もそう思うんだよ」
桐生は私たちの会話など聞いていない。
「分かったって。今から行く」
桐生がナズナちゃんとの通信を切った。
「もしかして、ナズナちゃんの研究室?」
私が聞くと、桐生は当然のように頷いた。
「ナズナが俺の装備ログ確認したいって」
「さっき生体ログまで見てたんでしょ?」
「それとこれとは別らしい」
「ふうん」
「何だよ」
桐生は少し照れくさそうに頭を掻き、
誤魔化すようにこっちを睨んだ。
でも、耳が赤い。
「いやぁ……別に」
思わず顔がニヤけてしまった。
横を見ると、私の彼氏も同じようにニヤけている。
「じゃあ、また明日な」
桐生が片手を上げ、そのまま研究区画の方向へ歩いていった。
私たちはしばらく、その背中を見送った。
間宮が口を開く。
「……あいつら、あれで付き合ってないんだよな?」
「本人たちは否定してるわよ」
「じゃあ、何なんだ?」
「幼馴染なんだってさ。」
「幼馴染って毎日、細かく生体ログ確認するのか?」
「知らない」
「昼飯も見張る?」
「知らない」
「訓練終わったら直行で会いに行く?」
「も〜私に聞かないでよ!」
間宮が腕を組んだ。
どうやら本気で考え始めたらしい。
「俺たちより一緒にいる時間長くないか?」
「……それは言わない方がいいと思う」
「何で?」
「腹が立つから。もっと私に時間を使うべきじゃない?
間宮は私にマメに連絡して、もっと愛情表現する方がいいよ」
「ええ!? 嘘でしょ? 俺、多分一日二十六時間くらい、
長谷部と一緒にいる感覚なんだけど!」




