Log:50 幼馴染のナズナ
Log:50 幼馴染のナズナ
「……こんなところで止まってられるかよ」
俺が吐き捨てると、華城が横から顔を覗き込んできた。
「じゃあ、どうする?」
「監査を無視してナズナちゃんを探しに行く?」
「…………」
一瞬、言葉に詰まる。
できるなら、とっくにそうしている。
だが、それをやれば西園寺の思う壺だ。
正規の許可を得てここまで来た意味がなくなる。
最悪の場合、俺だけじゃない。
エレファントやゴリラ、華城――チャリティそのものにまで迷惑がかかる。
「……行かねえよ」
「へぇ」
華城が少しだけ目を細めた。
「偉いねぇ、桐生くん。成長したじゃん」
「お前に褒められると腹立つな」
<適切な判断です>
「ビビー」
「お前らまで子供扱いすんな!」
華城は笑いながら、もう一度監査通知へ目を落とした。
「西園寺って、こういうところ詰めが甘いんだよねぇ。
桐生くん、気づかない?」
「何が?」
「だって――」
華城が通知の一文を指でなぞる。
「止められてるのは、僕たちじゃない」
「……あっ」
<確認します>
エレファントが即座に通知内容を再解析した。
数秒後。
<個体名:華城の指摘は正しいと判断します>
「だから個体名で呼ぶのやめてくれない?」
<却下します>
「酷いなぁ……僕たち、お友達でしょう?」
エレファントが俺の前へ監査通知を投影した。
<臨時監査の対象は、
チャリティ事業に登録されたスタッフの身元情報です>
<また、再照合が完了するまで制限されるのは、
一部スタッフの活動区域および搬入作業です>
「そうか、チャリティそのものは中止になってない!」
「ご名答☆ よかった~。桐生くんがこれにも
気づかないくらいのおバカさんだったら、
そのまま西園寺に引き渡そうかと思ってたけど。まだ大丈夫そうだね?」
(あっぶねぇ~。危うく西園寺に引き渡されるところだった)
華城はすげぇ楽しそうだ。腹立つ。
だが、活動中止とは、どこにも書かれていない。
<はい>
エレファントの瞳に情報が流れる。
<監査対象者が、許可された活動区域内で本来の業務を継続することについて、
禁止する記述はありません>
「ということは?」
華城がにっこり笑った。
「僕の好感度を上げるために、きりきり働けばいいんじゃない?」
「…………」
嫌な予感がした。華城の笑顔が眩しい。
「そのままの恰好で、ナズナちゃんを探せばいいんだよ☆」
「そんな都合のいい話ある!?」
<可能です>
「エレファント!?」
AR-04《エレファント》が周辺地図を展開する。
<現在、チャリティ活動における支援物資の配布対象区域は複数存在します>
いくつもの地点が表示された。
食料。医薬品。衣類。生活用品。
そして――。
<各区域への物資運搬および住民への配布は、
正式な活動内容に含まれています>
「つまり、チャリティの仕事をしながら、ナズナを探すってことだな?」
「そそ、合法でしょ?」
華城が楽しそうに笑っている。
「お前、ほんといい性格してんな?」
だが、これなら動ける。西園寺の監視下でも。
SEALの規則を破らずに。堂々と。
「よし」
俺は立ち上がった。
「エレファント。ナズナがいる可能性の高い区域と、
支援物資の配布区域を照合してくれ」
<了解しました>
「ゴリラ。上空から――」
「ビビーッ!」
<ミスター桐生。SG-02《ゴリラ》による無許可の広域偵察は、
監査中の現状では推奨できません>
「……そうだった」
危ねえ。完全に西園寺へ喧嘩を売るところだった。
「だったら普通に働くぞ。俺たちはチャリティスタッフだからな」
「いいねぇ」
華城が偽の涙を流しながら、感慨深く拍手する。
「随分と真面目なスタッフになったね、僕は嬉しいよ、桐生くん」
そのときだった。
「マスコットー!」
背後から、聞き覚えのある声。
「…………」
振り返る。子供たち。大量。
俺は自分の手元を見る。華城の巨大な着ぐるみの頭。
そして――理解した。
「……まさか」
華城が最高の笑顔で親指を立てた。
「そう、また僕の好感度上げを頑張って☆」
「結局、これ着るのかよ!!」
◇
一方――。
ナズナたちは、スラムの市場周辺にできた人だかりを見つけて足を止めていた。
「……あれはなんだ?」
私の問いに、ソルトとシュガーが同時に人だかりへ目を向ける。
「知らねぇなぁ?」
「でも、なんか配ってるぞ」
市場の一角には、普段とは明らかに違う数の人間が集まっていた。
特に多いのは子供たちだ。
食料らしき箱を抱えたスタッフが行き交い、
その周囲を子供たちが楽しそうに走り回っている。
「上層から来た連中じゃねえか?」
カイゼンが警戒するように目を細めた。
「上層から?」
「たまにある。支援とか、そういうやつだ」
「なるほど」
私は人だかりを観察する。武装した兵士ではない。
SEAL執行官でもない。
現時点で、私たちに対する直接的な危険性は低いと判断する。
だが――。
「…………」
妙なものが見えた。
クリームホワイトの機体。
その上に取り付けられた、巨大な蛍光ピンクのリボン。
子供たちに囲まれながら、楽しそうな電子音を鳴らして飛行している。
「ビビビ~♪」
「…………」
私は足を止めた。
「ナズナ?」
カイゼンが私を見る。
「どうした?」
「…………」
私はもう一度、その機体を見る。
外装色が変更されている。装飾も追加されている。
しかし、機体形状。
飛行時の姿勢制御。そして、あの電子音。
見間違える可能性は――ほぼゼロ。
「……SG-02《ゴリラ》?」
「なんだって?」
カイゼンが不審な目を向けたが、私は答えなかった。
その隣に、もう一体いる。
何層にも重なったふわふわのスカート。
胸元には大きなリボン。
髪には、必要性をまったく感じない大量の装飾。
「…………」
理解不能。だが、あれは間違いない。
「AR-04《エレファント》……?」
<――ドクターナズナ?>
エレファントが振り返った。
「…………」
<…………>
数秒間。
私たちは無言で見つめ合った。
私は彼女の衣装を上から下まで確認する。
「…………」
<…………>
「AR-04《エレファント》」
<はい、ドクターナズナ>
「その服装について、合理的な説明を要求する」
<これは、つまり……>
エレファントが沈黙した。
「ビビビ~♪」
<SG-02《ゴリラ》。笑わないでください>
エレファントに、次に何を問いかけるべきか。
私がその回答を導き出せずにいると、子供たちの歓声に混じって――
聞き覚えのある声がした。
「マスコットー! こっちー!」
「待て待て! 引っ張るなって! 頭取れるから!!」
「…………」
思考が止まった。
この声を聞き間違えるはずがない。
私はゆっくりと振り返る。
そこにいたのは――華城だった。
「…………?」
正確には、華城を模した二頭身のマスコット。
子供たちに両腕を引っ張られ、巨大な頭部を押さえながら必死に抵抗している。
見た目は華城。
だが、声は――。
「……桐生」
名前が、口から零れた。
彼がこちらを向く。
その瞬間だった。私は走っていた。
なぜ走ったのか。
その行動に合理性があるのか。
そんな分析を行うより先に、身体が動いていた。
「――桐生!」
「うおっ!?」
私はそのまま、彼に飛びついた。
「ナ、ナズナ!? ちょっ……!」
桐生の身体が大きくよろめく。
それでも私は離れなかった。
桐生が困ったような声を出す。
「この格好の俺に抱きつくのはやめてくれ! なんか腹立つ!」
すると、ソルトとシュガーが私を桐生から引き剥がした。
二人とも、明らかに激怒している。
「おい! そこのクソデブのぬいぐるみ」
「ナズっちに触んな! 殺すぞ!」
桐生は、それに合わせて何故か口が悪くなった。
「なんだぁ? 喧嘩売ってんのかぁ?
こっちは真面目にチャリティしてんだよ!
邪魔すんなら、支給品頭にぶつけんぞこらぁ!」
「お前らいい加減にしろ。ガキの前だぞ」
カイゼンが私を背後へ庇い、
華城の着ぐるみを着た桐生を睨みつける。
すると、着ぐるみの華城(桐生)の身体が小刻みに震え始めた。
(これは、しまった)
私は自分の失敗を訂正する暇もなかった。
「ほほ~~ナズナちゃん。僕が、しばらく見ない間に
随分と男前の男と知り合いになったようだね?
一体どういうことだい? 怒らないから話してごらん」
桐生はとても怒っていた。
その様子を、華城は少し離れた場所から見物人のように眺めている。
「いやぁ~、アオハルだねぇ☆」




