Log:48 スラム突入
Log:48 スラム突入
翌日。
スラム地区へ向かうチャリティ用の大型輸送車両を前にして、
俺は絶句していた。
いや。
正確には――俺の隣にいる二体を見て、絶句していた。
まず、SG-02《ゴリラ》。
飛行型戦闘ドローン。
ガトリング砲を搭載した、れっきとした戦闘用機体である。
そのゴリラの機体には現在――
軍用のモスグリーンだった機体は、
キュートなクリームホワイトへ塗り替えられていた。
そして、蛍光ピンクの巨大なリボン。
しかも、ただのピンクじゃない。
光を反射するたび、ギラギラと眩しく輝いている。
どう考えても戦場に存在してはいけない色だった。
「ビ…………」
ゴリラから、今まで聞いたことのないほど低い電子音が漏れる。
「…………っ」
駄目だ。笑うな。
こいつは俺の相棒だ。
何度も一緒に戦場を駆け抜けた、命だって預けられる相棒だ。
だから――
「ぶっ……!」
「ビッ!?」
「ぶはははははっ!! お、お前……! ゴリラ、そのリボン……!」
耐えられなかった。
腹を抱えて笑う俺へ、ゴリラのセンサーが勢いよく向けられる。
「ビビビビビビビッ!!」
「悪い! 悪いって! でも蛍光ピンクは反則だろ! しかもギラッギラじゃねえか!」
「ビビビーッ!!」
ガラララララッ――!
「待て! ガトリング回すな! 今日はチャリティだぞ!」
<ミスター桐生。他者の外見を笑う行為は推奨できません>
「そうだな。悪かった」
俺は笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、今度はエレファントを見る。
「…………」
再び沈黙した。
AR-04《エレファント》。
ナズナの研究を支えてきた、人間型研究補助アンドロイド。
普段は無駄のない装いで、言動も超がつくほど理性的。
そんな彼女が今は――
ふわっふわのスカートを穿いていた。
何層にも重なったフリル。
胸元には大きなリボン。
髪には、これでもかと言わんばかりに
キラキラと輝く装飾まで散りばめられている。
どう見ても研究補助アンドロイドではない。
王道なアイドルだった。
しかも、かなり本気の。ゴリゴリのアイドルだ。
あの論理ロボットのエレファントが、マイク片手に
今にも歌って踊り出しそうだった。
<…………>
「…………」
目が合った。
<ミスター桐生>
「はい」
<笑った場合、敵対行動と判断します>
「…………」
俺は口元を押さえた。
<警告しました>
「…………っ」
耐えろ。
ゴリラで散々笑ったんだ。
エレファントまで笑ったら、本気で怒られる。
<ミスター桐生>
「ぶっ――」
<ミスター桐生>
「ご、ごめ……ちょっと待って……!」
<何を待つ必要があるのですか>
「だってお前……! アイドルじゃん! 完全にアイドルじゃん!!」
限界だった。
「ぶははははははっ!!」
俺は腹を抱えて、その場にしゃがみ込んだ。
「エレファントが……フリフリ……! 駄目だ、腹痛え……!」
<…………>
「ビビビ~♪」
<SG-02《ゴリラ》。笑いましたね?>
「ビッ!?」
今度はゴリラが黙った。
<記録しました>
「ぶははははっ! 仲間割れすんな!」
その様子を少し離れた場所から眺めていた華城は、満足そうに何度も頷いている。
「うんうん。二人ともすっごく可愛いよ☆」
<個体名:華城>
「ビビーッ!」
二体から一斉に殺気が向けられた。
「ダメだ、まだ殺すな! どうせやるならスラムに着いてからだ!」
「あはは。君たち、協力者の扱いが酷いなぁ。これでも頑張ったんだよ?」
「何をだよ!」
華城はエレファントのふわふわしたスカートを眺め、
次にゴリラの巨大な蛍光ピンクのリボンを見る。
「これなら子供たちも絶対に喜ぶよ」
<私は研究補助アンドロイドです>
「知ってるよ?」
「ビビビビッ!」
「ゴリラは『俺は戦闘用だ』って言ってる」
「それも知ってる」
華城はにっこりと笑った。
「だから、面白いんじゃん」
「お前、絶対チャリティを私物化して楽しんでるだろ!」
「そんなことないよ?」
即答だった。
絶対に嘘だ。
「そういう桐生くんは、いつまで笑ってるの?」
「は?」
華城が俺の背後を指差した。
そこには――
見覚えがある。
というか、今まさに目の前にいる。
「……なんでお前なんだよ! 本人がここにいるじゃねーか!!」
それは、華城を模した二頭身の着ぐるみだった。
丸い頭。
丸い目。
丸い腹。
短い手足。
本人の面影を残しながら、子供向けにこれでもかとデフォルメされている。
「スポンサーの意向には逆らないんだ、すまないね。桐生くん」
「嘘つけ! この腹黒男!」
華城は申し訳なさそうに眉を下げる。
――もちろん、目は笑っていた。
俺はゆっくりとゴリラを見る。
「ビビビ~♪」
次にエレファントを見る。
<非常によく似合うと予測します>
「お前ら、さっき笑ったこと根に持ってるだろ!」
<そのような事実は確認されません>
「嘘つけ!」
「ビビビ~♪」
華城が楽しそうに手を叩いた。
「ほらほら。遊んでないで着替えて。そろそろ出発するよ」
俺は巨大な着ぐるみの頭を抱え上げた。
(くそ。ナズナ……。俺は頑張っているぞ。お前に会うためだからな)
俺はそう自分に言い聞かせながら、着ぐるみの中へ身体を押し込んだ。
◇
『チャリティ関係者は、搬入車両へ搭乗してください』
俺たちは支援物資とともに、大型輸送車両へ乗り込んだ。
車内には俺たち以外にも、舞台スタッフやチャリティ関係者が乗っている。
華城はすでに舞台俳優としての顔に切り替わっていた。
さっきまで俺たちを見て笑っていた男とは思えないほど、
爽やかな笑顔でスタッフたちと話している。
……役者って怖えな。
俺は着ぐるみの頭だけを外し、窓の外へ目を向けた。
しばらくすると、車内に短い電子音が鳴った。
『まもなく、スラム地区入域検査所へ到着します』
その言葉を聞いた瞬間。
さっきまでの笑い声が、遠くなった。
窓の外には巨大な隔壁が見えてきた。
あの向こうが――スラム。
ナズナが追放された場所だ。
<ミスター桐生>
エレファントが小さく俺を呼んだ。
「ああ」
分かってる。
ここから先は、ふざけていられない。
車両がゆっくりと減速して、やがて完全に停止した。
『登録スタッフ照合中――』
ピッ――。
無機質な電子音だけが、静まり返った車内に響く。
「…………」
俺は黙って結果を待った。
ピッ――。
また一つ、電子音が鳴る。
時間が妙に長く感じる。
ここまで来て止められれば、全部終わる。
ゴリラも電子音一つ鳴らさない。
エレファントは無言で認証状況を監視している。
華城だけは、いつもと変わらない顔で座っていた。
ピッ――。
数秒後。
『照合完了』
『SEAL認証を確認』
そして――
『スラム地区への入域を許可します』
重い駆動音が響いた。
目の前を塞いでいた巨大な隔壁が、ゆっくりと開いていく。
「…………」
車両が再び動き始めた。
境界線を越える。
誰にも追われていない。
SEALにも逆らっていない。
正規の許可を得て―― 俺はスラムへ入った。
「……やっと来たぞ」
自然と拳に力が入った。
あの向こうのどこかにいる。
「ナズナ……」
ようやく。ようやく、お前と同じ場所まで来た。
「待ってろよ」
今度は俺が―― お前を迎えに行く。
「桐生くん」
珍しく華城が静かな声で呼んだ。
「……なんだよ」
「感動してるところ悪いんだけどさ」
華城は窓の外を指差した。
「そろそろ、それ被った方がいいよ」
「…………」
「もう子供たち見えてるから」
俺は嫌な予感を覚えながら、窓の外を見る。
「…………」
輸送車両を見つけた子供たちが、こちらへ向かって走ってくる。
「来たー!」
「チャリティだー!」
「マスコットもいるー!」
「…………華城」
「なに?」
「俺、これからナズナを探すんだけど?」
「うん」
「着ぐるみ着てる場合じゃなくない?」
華城は爽やかに笑った。
「何言ってるの?」
嫌な予感がした。非常に嫌な予感がした。
「君、今日はチャリティスタッフとして入域許可を取ってるんだよ?」
「…………」
「お仕事を放棄したら駄目じゃん☆」
「…………」
そうだった。
合法的にスラムへ入るということは――
合法的に入った理由に従って行動しなければならない。
俺は震える手で、巨大な着ぐるみの頭を持ち上げた。
「華城」
「なに?」
「お前、最初からこれも計算してただろ」
「さあ?」
絶対に計算していた。
「ほら。子供たちが待ってるよ~! 頑張って僕の好感度上げてねぇ☆」
「この野郎おおおお……!」
俺は着ぐるみの頭を被った。
視界が一気に狭くなる。
その横を、蛍光ピンクの巨大なリボンをギラギラと輝かせながらゴリラが飛んでいく。
「ビビビ~♪」
<SG-02《ゴリラ》。先行は禁止されています>
ふわふわのスカートを揺らしながら、エレファントがその後を追った。
「お前ら、なんだかんだノリノリじゃねえか!」
ナズナにプログラムされたSG-02《ゴリラ》と
AR-04《エレファント》は、実は子供好きだった。
車両の扉が開く。
歓声が飛び込んできた。
俺は一度だけ、その先に広がるスラムを見た。
ナズナ。もう少しだけ待ってろ。
まずは――
「マスコットだぁー!」
「うわっ! 待て! 一斉に来るな! 倒れる! 倒れるって!!」
子供たちに囲まれた。
遠くから華城の笑い声が聞こえる。
……やっぱり、こいつはいつか殴る。絶対に股間を殴る。




