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久しぶりの外へ出る条件は整った。


その間、カイゼンは私との会話を避けて

顔を出しても、すぐに何処かに消えてしまう。


体調も戻ったので、わたしはスラムの街を見学したいと申し出た。


最初、彼らは反対した。


わたしを狙う組織は壊滅させたが、西園寺の手はスラムの至る所に

存在しているらしいので、安全は保証されていない。


しかも、わたしを誘拐した研究員のロイド博士と殺し屋のエイトは

行方不明であるから、油断はできない。


それでも、外に出たいと申し出た。


1つは、スラムを知る為。2つ目は、私を狙う組織との接触。

3つ目は、桐生達へのコンタクトだ。


AR-04《エレファント》なら、SEALの監視網を迂回して

私を監視していても不思議ではない。


あり得ないことかもしれないが、進化を続けているAR-04《エレファント》

とSG-02《ゴリラ》には考えられることだった。


そして、ようやく外出の許可が下りた。

掛かった時間は、なんと3週間必要だった。

その間に、身体は療養を終えて治癒能力も戻っていた。



「ナズっち、本当に大丈夫か?」


「問題ない。健康状態はデータが証明している」


ソルトは納得していない顔だったが、

止める言葉を持っていなかった。


シュガーが、街案内を買って出てくれたので

彼といくつかのルートと約束を交わす。


「じゃあ、案内してやるよ。スラムの歩き方ってもんがある」


「1・絶対、俺らから離れないこと」

「2・絶対、俺らから絶対に離れないこと」

「3・絶対、俺らから離れても、すぐに動かないこと!」


まるで子供のような扱いを受けるが、ここは

彼らのテリトリーだから、素直に従った方がいい。


「うん、理解した」


わたしはシュガー、ソルトのその後に続いた。

少し離れた場所に、カイゼンがいる。


彼は、護衛だ。そして、わたしたちの輪に入らない。

それでも絶対に離れない。


(まったく、彼は難儀すぎる男だ。桐生のように多少扱いやすい方が楽だ)

そう結論づけ、歩き始めた。


塔を出た瞬間、空気が変わった。


湿度が高い。


油と腐敗と、食べ物の臭いが混じっている。


頭上には、重なり合った建造物の隙間。

天上層の光が、ほとんど届いていない。


錆びた配線が、壁から壁へ蜘蛛の巣のように張り巡らされている。


古いドローンが、低空を這うように飛んでいた。


人々は俯いて歩いている。


立ち止まる者はいない。

視線を交わす者も、ほとんどいない。


(……中層とは、空気の質が違う)



わたしは観察を続ける。


建造物の壁に、手書きの文字が刻まれている。


値段。名前。警告。


消えかけた文字の上に、また新しい文字が重なっている。


焚き火の煙が、路地に漂っていた。


その煙の中に、人影がある。


動かない。


わたしは視線を向けた。


壊れかけたアンドロイドが、

壁に背を預けて立っていた。


右腕の関節が、正常に機能していない。

視覚センサーが、片方だけ点滅している。


左手に、機械用オイル缶を持って、飲んでいた。


(……修理されていない)


わたしは近づこうとした。


「ナズっち、待った!」


ソルトが腕を掴んだ。


「あいつはやめておけ」


「なぜだ?」


「野球の話が長いんだよ」


シュガーが補足した。


「一回捕まったら、最低でも二時間は解放されない」


わたしは立ち止まる。


アンドロイドを観察する。


(……EXAスポーツ野球。サーバー障害。原因不明のエラー)

(この機体か)


「分かった。今回は見送る」


アンドロイドはオイル缶を傾けたまま、

こちらを見た。


視覚センサーが、点滅する。


わたしは小さく頷いた。故障箇所は、いずれ修理する必要がある。

そして、気の毒な彼にピッタリな仕事を与えたい。



シュガーとソルトは歩きながら、スラムの仕組みを説明した。


配給は週に一度。量は最低限だ。

独自の通貨が流通している。


天上層からの依頼が、ここに住まう住民の主な収入源になっている。


「つまり、天上層がいなければ経済が回らない」


「そうだ」


シュガーは吐き捨てるように言った。


「俺たちは結局、クソのようなあいつらに依存してる」


わたしは答える。


「依存ではない。共存関係だ。利害が一致しているだけだ。」


シュガーは少し黙った。


「……そういう言い方もあるか」


路地を抜けると、広い空間に出た。

スラムの市場だ。


怒鳴り声。笑い声。金属が擦れる音。


中層とは違う種類の騒音が、四方から押し寄せてくる。


わたしは観察する。


人々の表情は、中層とは違う。


疲弊している。しかし生きている顔だ。


(……不思議だ)


これだけの環境で、なぜ笑えるのか。


わたしには計算できない。

その時、視界の端に動くものがあった。


ごみ捨て場の前に、子供が二人いた。


山積みになったごみを、手で掻き分けている。

食料を探しているようだった。


わたしは、足が止まった。


(……なぜ、止まった)


胸部に圧迫感が走った。原因を特定しようとする。

この痛みは、カイゼンの夢をみたときと同じような痛みだった。



「……どうした?」


低い声が、後ろから聞こえた。

異変を感じたカイゼンが護衛の位置から、近づいていた。


わたしは子供から視線を外せないまま、答えた。


「彼らは……家がないのか?」


沈黙。


カイゼンは少し間を置いてから言った。


「スラムにいるガキのほとんどは、そうだ」


「だが、あいつらは強かだ」


「スラムでは、弱い人間は生き残れない」


わたしは子供を見続ける。


小さな手が、ごみの山を掻き分けている。


彼らの目は鋭く強く、折れていない。

生存率は低く、保護もない。それでも彼らは諦めない。


「……私は、スラムの子供たちを尊敬する。彼らは優秀だ」


困難に負けない子供たちの姿に、私は思う。


カイゼンは一瞬だけ私を見る。

何かを言いかけて、結局何も言わなかった。


ただ、わたしの腕を掴んだ。静かに、その場から引き離す。


わたしは引き離されながら、

もう一度だけ振り返った。


子供たちは、まだごみを掻き分けていた。

~ふんわり観察メモ~


シュガーとソルトの頭髪は、

頭頂部が蛍光色のピンクであり、毛先は蛍光の緑である。


疲れた目には、やや厳しい色合いである。


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