Log:35
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カイゼンの琥珀色の瞳が、獲物を狙うように細くなった。
それは、まるでナズっちみたいだった。
カイゼンは悠然と俺たちの前に2歩近づき、低く少し乾いた声で
「二度言わせるな。女はどこだ?」
カイゼンの威圧のせいで、時間が止まったかのように誰も動かなかった。
「……う、売った。でも俺たちは、今から助けに行く」
「……女を売ったのか? 誰にだ?」
相手に一切の猶予を与えない話し方。
カイゼンの意思は強く、動かない。ただこちらを眺め首を傾げた。
その癖は、まるでナズっちにソックリだった。
「教えねーよ! お前、ナズっちに何するつもりだ?」
「お前、ずっとナズっちを探してただろ。ナズっちを利用する
つもりなら、俺たちは黙ってねーぞ」
俺たちの意思も強い筈、もう卑怯者のままで終わりたくはなかった。
例え、ここでカイゼンに殺されたとしても……
カイゼンは動かない。
ポケットから片手を出す。
ため息をつくと、その目が赤く光る。
そして——
カイゼンの3本の指先が伸ばされたまま
指揮棒を動かすように、軽く空を斬った。
次の瞬間、西園寺の私兵が操り人形のように重力に逆らい宙に浮き、
壁に叩きつけられた。
訓練された傭兵が現実離れした戦況に震え、悲鳴を上げる。
カイゼンの能力の前では、動くことすらできない。
俺たちは、何が起きるのか理解できなかった。
恐怖に駆られた傭兵が、カイゼンに銃弾を浴びせた。
しかし——
銃弾はカイゼンの放った黒い靄の中に消え、そして大きな影が再び傭兵の前に現れると
放ったはずの銃弾がすべて傭兵の元に戻ってきた。
速い遅いの次元ではない。
自然の法則に逆らう圧倒的なカイゼンの能力に、西園寺の兵は一瞬で沈黙した。
「……う、嘘だろ」
俺たちは、あまりの衝撃で口を開けたままだった。
カイゼンの視線がこちらに向く。
「ガキ共。俺の機嫌が悪くなる前に答えろ」
「女を誰に売った?」
シュガーがカイゼンに答える。
「俺らはナズっちを助けに行く。
アンタがどんなに強くても、こ、今回だけは譲れねーよ!」
「そうだ! ご、ゴミだって少しくらいは意地があるわ」
カイゼンは怖い。でも、俺も同じ気持ちだった。
「なぜ助ける? 女を売ったのだろう?」
俺たちは一瞬黙った。そしてその言葉の意味に心が凍りついた。
(そうだ。俺たちはナズナを売った)
「……間違った。酷い過ちだった。俺たちバカだから……」
「……彼女はきっと怒らない。お人良しすぎてスラムに堕ちて、俺たちを恩人と呼ぶくらいだ。
俺たちは間違った……。だから……意地でも彼女を助けて……謝りたい」
俺たちは、もう変わっていた。
スラム育ちの卑屈で卑しい者ではなく、強い信念が目に宿った。
カイゼンの赤い目が、わずかに細くなると口元が、ほんの僅かに上がった。
「……そうかよ。俺は、女の古い知り合いだ。
ここで野垂れ死ぬか、あの女に会ってから死ぬか「選べ」」
俺とシュガーは顔を見合わせた。
「……ん? つまりナズっちを助けるってこと?」
シュガーは疑い深い目でカイゼンを見る。
「怪しい! 絶対怪しい!!」
カイゼンは、西園寺の私兵を黒い靄の中へ沈めた。
「じゃあ、どうするんだ? お前たちだけで女を救出するつもりか?
どう考えても無謀で、命を無駄に落とすだけだ」
「ついてこい。俺の弾除けくらいには使ってやる」
カイゼンは、わずかに口元が緩んでいた。
たぶん、俺たちがあまりにも無謀で、馬鹿で威勢だけだったからだと思う。
カイゼンに逆らう奴はスラムには殆どいない。彼は常に孤独だった。
スラムの王の背中は、あまりにも大きく
俺たちはなぜか、もうこの男が好きになっていた。




