Log:34 SALT & SUGAR ②
Log:34+ SALT & SUGAR ②
ナズっちは、俺たちを怒らず、罵ることもなく振り返らなかった。
彼女は、全部理解していた。
そして馬鹿みたいに、俺たちが彼女を売った金を
再交渉までさせた。
たった一度も、スラムで賞金稼ぎの俺たちを見下さなかった。
俺はふざけてナズっちを先生と呼んだ。
でもナズっちは、少し嬉しかったのか?
『先生というのは、なかなかいいものだった』
あんな台詞みたいな事を言うなんて……
シュガーはずっと黙ったままで、握ってる拳が真っ白だ。
「俺たち、最低だ……」
シュガーがぽつりと言った。
「ナズっち……俺たちを恩人って言ったぜ……あの子、馬鹿だよ」
「俺たち、売り払ったのに……」
俺たちは黙ったまま、スラムの電子取引場へ向かった。
100万ティルが振り込まれた。
シュガーの口座残高を確認する。
……本当に入っていた。
俺たちは、しばらく何も言わなかった。
「……喜べねーな」
「……わかる」
「わかんねーよ! お前は反対してたろ?」
「俺も最後には納得した。だから同じだろ」
「俺のほうが最低だろ? あだ名つけて
懐いたふりして……売ったんだから」
シュガーの目に涙がたまっていた。
「お前はやめようって言ってただろ……」
「……ちがうよ。そういうのは、もういいよ。二人で同罪だろ」
電子取引場を出ると、重装備の男たちが俺たちを囲んだ。
銃口がこちらに向けられていた。
「ナズナを処分したら連絡する手筈だったはず」
(はいはい出たよ。そうだよな? 俺たちの世界はこうだ)
上級層の後始末部隊が俺たちを包囲している。
「悪いな。ナズナならもう売ったぜ」
「処分しろって言われた通りにしたんだ。感謝してほしいね。西園寺さんに」
重装備の男たちは銃口を向けたまま言った。
「スラムのゴミが! 調子に乗りやがって」
シュガーの肩が怒りで震えた。
(そうだよな。普通はそう言うんだぜ、ナズっち)
俺たち、すごく間違えたみたいだ。
「ああ、そうだぜ。ゴミに何を期待してたんだ」
「ちょうどいいよ。お前らには遠慮はいらねー!」
シュガーと顔を合わせた。俺たちは反撃した。
銃声が響くと同時に、弾が耳元をかすめた。
相手の装備が上だ。
最新鋭の銃で撃たれるなら、悪くもねーよ。
訓練された傭兵の動きだ。勝てるハズもない。
(けどさ、このまま死んだらもっと悔しい)
「ナズっちが悪人で、人体実験するクソ女?
お前らのほうが、クソだ! そして一番のクソは俺らだ!」
「西園寺に言っておけ! ナズっちのほうが俺らの事を
認めてくれたぜ? お前らは結局……俺らを利用しただけだ」
旧時代の改造銃から放たれた弾丸が、
西園寺の私兵を撃ち抜いていく。
俺たちは逃走しながら、思いつく悪態を叫んでいた。
「ソルト! こっちだ」
「シュガー。おれ、ナズっちを助けにいくぜ」
「頭、正気か?」
「正気じゃねーよ! でもお前が反対しても、俺は行くぞ!」
俺のバカな言葉で、シュガーの顔はいつもの顔に戻っていた。
「俺も行く。お前一人じゃ絶対死ぬ。
俺も、ナズっちに借りがある」
(そうだよな。うじうじ悩むのは、俺たちじゃねーよ)
俺たちは狭い裏路地に飛び込んだ。
前と後ろから、はさみうちにされた。
「クソ! これだから、ソルトについていくのは
嫌なんだ! お前、この道、逃げ場ねーだろ!」
俺とシュガーは背中合わせになり、
銃をぶっ放した。
跳弾した弾が火花を散らす。
弾丸がコンクリートを砕く。
派手な発砲音が腹に響く。
西園寺の私兵が路地裏に転がる。
それでもまだ撃ち返してくる。
カチカチッ
装填しようとポケットに手を突っ込む。
……ない。
もう一度探る。
ポケットは空だった。
冷たい感覚が、背中を走る。
「やっば! 弾切れだ! シュガー! やばい!」
「そんなの見りゃ分かんだろ! ……どうすんだ!」
「謝って許してもらう?」
「ばっか! お前」
シュガーが西園寺の私兵に叫ぶ。
「お前らのボス、西園寺の情報を
スラム中に流してやる。
俺たちにナズナを処分するよう指示したログを持っている。
俺たちを殺した瞬間、全部バレるぜ!」
西園寺の私兵の動きが止まった。
空気が変わった。
「……か、カイゼン?」
黒煙のような闇の中から、真っ白な髪の男が現れた。
赤い目。
スラムには似つかわしくない、
質の良い軍用の黒いコート。
彼がどこから現れたのか、
誰にも分からなかった。
「ナズナは何処へやった?」
カイゼンの低い声が、その場を支配した。
俺たちは遠目で見たことがある。
スラムの王――カイゼンだ。
目の前に立っている。
言葉を失った。
ナズっち。
俺、死んだかも。




