Log:32 SALT & SUGAR
Log:32 SALT & SUGAR
俺たちの隠れ家に、何処から情報が漏れたのか分からないが、
男たち二人が現れた。
そいつらは、ナズっちのホログラムを表示して、
俺たちの前に突きつけた。
「五十万ティル出しましょう」
「お前たちが捕まえている女の値段だ」
俺とソルトは突然のことに驚き、眉をひそめた。
「……は?」
男たちはナズっちの研究データの一部を見せた。
そこに表示されているデータのほとんどが俺たちには
理解不能の領域ではあったが、男たちの口調から
ナズっちがとてつもない人物であることは、
その雰囲気で理解できた。
「あの女は、人間で唯一のSEAL研究員だった」
「ただの頭のいい女じゃない」
「あの女の知能だけは、都市一つ分の価値がある」
――五十万ティル。
家を建てて、贅沢して暮らせる金額だ。
「ナズっち、すげぇ! この研究データに何書いてあるのか
わかんねーけど、本物の天才だったんだな!」
「バカ!」
俺はソルトの頭を殴った。
白衣を着た、色白の男が言う。
「引き渡しは二日以内だ。場所は後で連絡する」
「それから、これは忠告だ」
「カイゼンもその女を探している。お前らがカイゼンに女を渡したら――」
「どうなるか分かるよな?」
男たちは、使い捨ての一回限りの通信機を置いて
そして何も言わず、部屋を出て行った。
ソルトは頭を抱えた。
「……なんでカイゼンがナズっちを探してるんだ?」
「スラムの王が考えることなんか俺が分かる訳ねーだろ。
まぁ、……たぶん、武器とか…そういうのを作らせるんだろ。知らんけど。」
部屋が急に静かになり、神経がピリついた。
俺たちに提示された大金すぎる金のせいだった……。
「……なぁ、あのさぁ~…… この話は無かった事にしない?
ナズっち、いい奴じゃん」
ソルトは床に座り込んで、俺に子犬のような目で話す。
確かに、ソルトの言う通りナズっちは違った。
だから警戒する。利口すぎて、厄介すぎる女だ。
そして、何より腹が立つのが
「良い奴で、俺たちを馬鹿にしない唯一の女」
だったからだ。
「……五十万だぞ? いますぐにゴミみたいな家から卒業できるんだぞ?」
俺は小さく笑った。
「……あいつ言ってたよな」
「誰のために『良い人』になるか選べって」
ソルトは俺をじっと見つめている。
「……まさか」
「だからあだ名なんか、つけるなって言ったんだ」
ソルトは俺を責めるような言葉を何も言わなかったが、
俺から視線を逸らして床を呆然と見つめていた。
「……ナズっちには、なんて言うんだよ」
俺は、その質問に答えられなかった。
代わりに、机の上に置かれた使い捨て通信機を見た。
(五十万ティル。家を建てて
どんな奴らにも、貧乏をバカにされないで済む金だ)
ソルトは目を閉じて項垂れながら、言葉を溢した。
「……分かってるよ。俺だって貧乏生活はいやだ」
「……汚い仕事ばっかりもウンザリだ。それに、バカにされて生きて行くのも……」
「でもさぁ。ナズっちは……俺たちを対等に扱ってくれたぜ?」
俺は、ソルトの言葉に苛ついた。
「んなことは、知ってる! でも、よく考えろよ。
……俺たちみたいのが、這い上がれるチャンスは
もうないかもしれない。それでも、いいのかよ?」
俺は自分の情けない言葉に、クソ最悪な気分だった。
「……そ、そうだよなぁ……ごめん……五十万ティルだもんな」
俺は机の通信機を見る。
俺たちは選択をする時間だった。
机の上の使い捨て通信機。
俺も、ソルトも、
いまはそれを直視することが出来なかった。




