Log:31
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シュガーとソルトの夢は、自分たちの立派な家を持つことであり、
だから彼らは大金が必要だった。
スラムでは物流システムが崩壊し、配給が常に滞っている。
一日の食事を確保するだけでも、金が必要だ。
その結果、独自の通貨システムが誕生した。
天上層が必要とする、表に出せない仕事には成功報酬が発生した。
それが通貨流通の起点になったと考えられる。
それがシュガーとソルトが賞金首ハンターになったきっかけだと語った。
「ナズっち先生、今日は何を教えてくれるの?」
「……先生。いい響きだ」
少しの高揚感を抑え、わたしは服のシワを少し整えた。
「では、これは教訓だ。ただの善人になるな」
シュガーの目は、困惑していた。
「はい? 普通、いい人になれって言うんじゃね?」
ソルトは笑った。
「そうではない。『無料の良い人』になるなという意味だ」
「……え?」
「良い人とは、誰にとっての良い人だ?」
答えられない二人を見て、わたしは続ける。
「この厳しい世界で生きるスラムの住人を見ろ」
「貧困に苦しむ住人、労働の選択が出来ない人達」
「犯罪でスラムに落ちた者も勿論いるだろう。
しかしシステムエラーで落とされた人間の方が多く、
ここにいる人間の大半は誰かの俗に言う『良い人』だった」
「その結果が、これだ」
沈黙が落ちた。
「モラル。善人。節度。」
「綺麗な言葉は、人を縛る鎖だ」
「その鎖を誰が握っているか——考えたことがあるか?」
二人は答えない。
「モラルを説き、善人であるよう願い、節度を守らせる」
「過剰なまでの「ルール」「マナー」「善行の強制」
「これらは、コントロールしやすい社会構造の完成だ」
わたしは二人を見る。
「本当に大事な人は、数人いれば十分だ」
「もしも、その他のために法を破り、犠牲になるのなら、
見返りを絶対に求めるな」
「良い人とは、そういうことだ」
「そして、大きな選択は必ず自分で決めるべきだ。
後悔しない選択はないのだから」
ソルトは頭を掻いた。
「つまりさ……馬鹿な良い人になるなってこと?」
ナズナはソルトの表情を窺い、彼の瞳の奥にある
善人が放つ小さな光を見た。
「……そうだ」
「手を差し伸べる相手が、
弱者の皮を被った悪である可能性も考慮したまえ」
「君達は少し良い人過ぎる……だから、気をつけたまえ」
シュガーとソルトは互いに目を見合わせて困惑した。
彼らは初めて「良い人」と言われた。
そして「人」として扱われたのも、初めてだった。
ソルトは少し照れくさそうに黙った後に、口を開いた。
「……じゃあさ。質問なんだけども」
「ナズっちは、まるで誰かの為に選択したっぽいじゃん?」
「後悔しなかったの? それってナズっちの大事な人?」
わたしは小さく笑った。
「質問が多すぎて、返答に困るが……」
「自分で選んだし、誰かの為にそうした」
「そして、私はスラム送りになった。すべて合理的な選択だった」
シュガーは笑った。
「えーー! ダメじゃん!」
「そうだ。私は悪い見本だ。だから同じ選択は、推奨しない」
そこにいた三人は笑い合い、空気が和んだ。
——プルルルル ——プルルルル
その時、シュガーの古びた通信機が短く電子音を鳴らした。
シュガーは気まずそうに背を向け、別室に移動すると、
穴だらけのカーテンを引いて音を遮断した。
「……こちら、シュガー。用件はなんだ?」
<……ターゲットの処分は済んだのか?>
「いや、まだだが……」
<……カイゼンがナズナを探している>
<そして依頼主は処分を急いでいる>
「おいおい……カンベンしてくれ、そんな話は聞いてないぞ。なんで、スラムの王が?」
<それだけ危険人物ということだ。二日以内に処分しろ>
<報酬を貰いたければ……>
「……わかった」
しばらくすると、シュガーが部屋に戻ってきた。
暗い表情で通信機を強く握りしめていた。
その様子に違和感を覚えたわたしはシュガーと目を合わせたが、
彼はすぐに目を逸らした。
(……なるほど、これは期限が早まったようだ)
わたしは彼の表情と行動から察した。
状況はまだ確定していない。
ただ、安全は約束されていないという現実を
受け止めるしか、今は方法が無かった。




