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桐生はわたしを抱えたまま居住エリアを進み、


やがてわたしの住居前で停止した。




彼はわたしより先にIDを提示する。


認証音。照合、成功。


自動ドアが解錠され、圧縮空気の排出音とともに開いた。



家具は必要最低限。

ベッド、机、椅子、収納棚。



「桐生。もういい加減に降ろして欲しい。

運搬回数が過多だ。君の体力には驚かされる」


「ナズナちゃん。俺は怒っているんだ」


「……何故だ?」



わたしが桐生を怒らせる行動を取ったのだろうか。


いつだ? 過去の出来事なら、どの時点からだ。



桐生は私を抱えたままソファに座り、無言で睨んでいる。


ソファは桐生が勝手に置いたものだ。


思考を巡らせながら、壁一面の棚に目をやる。


旧時代の本や電子機器コレクション。


拡声器、目覚まし時計、ラジオ。


全て、自分で直した。



(……分からない)



「心当たり、多すぎて分からないって顔だな?」


「……何年前の話だろうか」


両手が塞がっている桐生は、代わりに額をぶつけてきた。


「痛い。今日は暴力的だ。

もし脳細胞が死んで、君と同程度の知能まで低下したら――」



桐生の表情が変わる。



「どうして、すぐ自分が犠牲になる前提で話すんだ」



桐生の声は低く、唸る様に話す。



「……その言い方は今日の事だけじゃないのだな?」


「そうだ。少し腹が立つ、……いや、かなり! 腹が立つ」



私は状況を整理する。


彼の発言は、長期的観測に基づく評価だ。



「私は合理的判断で行動している。

最も被害が小さい選択を選んでいるだけだ」


「……合理的、ね?」



怒鳴ってはいない。

だが軽さが消えている。


「本当に、それが一番被害が少ないと思ってるのか?」


「そうだ。衝突回避、評価低下の防止、

権限者との摩擦回避。総合的に最適解だ」



数秒、沈黙。


「……ふーん」


「なあ、ナズナ」


「なんだ」


「お前さ、俺をクソ男にしたいの?」


「……?」


「言っとくが、比喩だからな!」


「理解している。だが関連性が不明だ」



「自覚がないのが一番困る。


俺は評価が下がろうが、権力者と揉めようが別に構わねぇ。

……ああいうタイプは昔から絡んでくるんだよ。珍しくもない」



「なるほど。桐生の高いステータスは、

社会的地位の高い人物を引き寄せているらしい」


「ステータス“も”だ、馬鹿」


「桐生……それは傲慢だ」


「は?」



「君はそのステータスを除外した場合、

残る要素は筋肉量と顔面の左右対称性のみだ」


「非常に残念な構成だ」


わたしはフッと声が出た。


「悪口の精度が高すぎるんだよ、お前は!」


「事実の列挙だ」



桐生の肩の力が抜けた。


少し笑った。


「俺は頼りがいがないのか?」


「それは違う。わたしは君の被害を

最小限にするのが最優先事項だ」



「俺も同じだ」



即答だった。



「ナズナ。俺もお前が最優先だ。

だから、勝手に犠牲になるのをやめろ」


私は少し考える。


「……意見の相違だ」


「じゃあ、どうすりゃいい?」


「論理的に言えば、私の理論と君の感情が衝突した場合、

君の選択を採用する確率が高い」


桐生が笑う。


その嬉しそうな表情を見て、私はわずかに不快になった。


「よく分かってんじゃん」


「……君は損をするぞ」


「いいんだよ。

損してでも守りたい相手くらい、選ばせろ」


青い目。


視線を逸らす。


「……非合理だ」


胸部圧迫感。原因不明。



だが――

否定はできなかった。


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