アニメ、左ききのエレンから連想したこと
アニメ本編について語る内容ではないことを先にお断りしておく。しかし、ネタバレはする。第二回の放映、高校3年生の主人公たちが美大受験を目指し、予備校で石膏デッサンをしている。その場面で豊かな才能に恵まれたエレンが同級生光一のデッサンの下手さを評価するシーンあり。
線でしか描けない癖は漫画の絵からきてるものだ。面で描くデッサンが伸びないのは、(中略)
左ききのエレン第二話「この先があるんだよ」より抜粋
この絵についての批判にへーっと思った。今は絵筆を持つことなどないが、昔は絵を描くのが大好きで、毎日のように絵を描いていた人なのだ。
高校の時、絵が好きな自分は美術部とついでに軽音部に籍を置いていて、美大に行きたいという思いもあった。絵を描くのが好きなのと同時に文を書くことも好きだったので、迷ってた。美術部の顧問に相談したら、彼女は私の絵と文を比べて、結論を出した。というか、先生も大人だったし、美大へ進むその後の苦労も知ってるし、人生の先輩として総合的に考えた。勉強できるんだから普通に大学行って、文を書き続けないと言われた。
だから、美大ではなく普通の大学へ行った。
父がお金で苦労しながら育っていて、父自身は大学に行けなかった。そんな父に美大へ行きたいとはとても言えなかったというのも大きい。
諦められたんだから、そこまでの気持ちじゃなかったんでしょう?と言われるとそうなのかもしれない。私がもし絵しかできない人だったらまた違った人生を歩んでたのかなと時々思う。私には器用貧乏のようなところがある。
そんなこんなで絵は我流でずっと描いていただけで、私は本格的なデッサンをやったことがない。だから、線ではなくて面で描くというのも初耳だったし、そうか!そうなのか!と思った。
自分の中の既成概念のようなものに囚われているから、うまくならないんだなという発見である。漫画という平面表現の完成形に囚われているから、それ以外の表現の可能性の存在に、めくらになってるんだ。
エレンの言葉を借りると、その先があるんだよ
ってやつである。
光一のデッサンを見て、講師がいう。デッサンには絵に対する姿勢の全てが出る。小手先で済まそうとしているのが絵に出てるという。それから、
「まさかお前、まだ自分で自分のこと、うまいと思ってんのか?」
と言われるのだ。
「下手くそ、自覚しなきゃ上達なんてねえぞ」
結構、グッサリ刺さる言葉である。
小説も同じだ。どの文章にも、書くことに対する姿勢の全てが出る。奥行きのある物語が書けなかったり、小手先でまとめようとしているのが見えてしまったりするのだろう。
線ではなくて面で小説を書く。なんて言っても、それって具体的にと言われると困る。ただ、自分の最近の、なんかこういうのじゃなくって、ああいうの書きたい。けど、書けないと言った、言葉にもならないゼリーとか寒天が固まることができずにどろっと崩れたような、悩みにもならない悩みに、少しだけヒントになった気がする。多分、こういうことだ。小説をいくつか書いて、いろいろな人物の心理描写を経験してみると、自分の中に心理型のようなものが出来上がる。型抜きクッキーでキャラを作っているような感覚だ。そこに自分が新鮮味や真剣味を覚えなくなってくる。型抜きクッキーは小手先ツールだ。中途半端なところで満足してるんじゃねえよ!光一!いや、自分だったな、ここは。
小説はこなしてはならない。給料もらうために渋々やってる仕事は、こなしても良い。鋭い上司に手を抜いたことがバレて、怒られることはあるが、こなしても良い。しかし、小説はこなしてはならない。絵のデッサンもこなしてはならない。
私にとっては日常茶飯事の出来事だが、この人の小説面白いなとワクワクして読みながら、その後、自分には書けないなと一定時間落ち込む。私の脳みそは三分の一ぐらい論理的なので、論理で客観的に、有名作家と無名作家(自分)の間の距離を測り、そこに辿り着くロードマップについて、千空みたいに前向きに取り組んだっていいじゃないかと思うのだが、
なんのなんの、私の三分のニの脳みそは暗黒世界になっていて、前向きでも論理的でも客観的でもなく、チョー、暗いのである。
チョー、暗い。
ズブズブズブズブ(泥沼に沈んでゆく音)
ズブズブズブズブ(まだやるんかーい)
エレン、私の頭をはたいてくれ。
中途半端なところで満足してんじゃねーよ!まだこの先があるんだよ!光一!
すみません、私、光一ではないんですが、まぁいい。
絵と小説でものは違うが、一流に憧れる気持ちも、やり続ける辛さも、自分の作品への評価が甘くなってしまう気持ちもよくわかる。わかるだけに、下手くそと面と向かって言ってくれる人のありがたいこともわかる。
自分はうまいと思い込んでいて、デッサンを描き続けているのだけど、こいつもっと下手になってるとエレンにギョッとされるシーンがウケた。だが、きっついことを言われて時々落ち込んでも、それでもめげない光一は結構好きである。
時々挿入される未来のシーンでは、どうも、大変な状況になってしまっていて、光一は決して憧れの世界やなりたかった自分になれたとも言えないようだが。
自分が通り抜けてきた青春。なりたかった自分。私はなれなかった自分と自分を過去にしたくはないので、それは書かないが……。過去から始まり現在までも貫く我が痛みとニアミスするアニメである。
最後にもう一度いう。エレン、私の頭を叩いてくれ。君になら叩かれてもいい気がする。
(Mなんだろうか?うん、特定の相手に対して私はMである)
これからは、線ではなくて面で書こう。2026年、春の誓いである。
汪海妹
2026.04.21




