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とりとめのないこと 抜粋  作者: 汪海妹
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スロウに読書

子供の頃、それも本当に子供の頃。小学校低学年ぐらい。あの頃、我々の年代だとファミコンが発売されたばかりだったが、我が田舎ではお金持ちのうちにしかエアコンとファミコンはなかった。


ちなみに少し補足すると、あの頃の東北は温暖化前でまだそんな暑くなかったからエアコンがあるのはお金持ちだけだったし、ファミコンがなかったのは、発売当初だったからだ。しばらく経てばファミコンは瞬く間に普及していった。


ところで、ファミコンの話を熱く語るとただ長くなるだけなのでここまでにして、昔の子供たちには今ほどテレビやゲームがなかったのだ。ネットもない時代だ。アニメが見たければテレビ局が放映する時間をきっちりと把握し、その時間にちょこんとテレビの前に座っていなければならなかった。今なら、スマホやiPadで見たいものを検索できるし、別にプロの作ったものを見なくても、ユーチューブ等で無料でいつでも見たい時に見られる動画が溢れている。


だから、最近の若者、特にうちの息子は、本を読みません。


また、脇道に逸れるので元に戻ろう。私は小学校低学年の時、人生で一番読書家でしたが、その理由は、ファミコンは許されず買ってもらえなかったし、漫画も年に数冊しか買ってもらえなかったし、スーパー小学生でもなかったので収入とかなかったし、自分でファミコンや漫画買えなかったし、テレビでやってるアニメはかなりの割合できちんと時間を把握し、きっちり見ていたが、何せあの頃のアニメ放映数は、物語を貪欲に吸収したい、いわば、転すらのリムルの強欲ってスキルありましたっけ?あればりの


リムルを模倣し、私もでっかいスライムになっていて、強欲にありとあらゆる物語を吸収したいと思っていたが、


アニメの放映数が、ちっともその欲に応えるほどの量を放映してくれてはいなかったのですよ。


結果、足りない部分を無料で借りられる図書館の本に頼っていたわけで、ガンガンバリバリ本を読んでました。アミーゴ。


そんな自分も、今はあまり本を読んでないんです。社会人、忙しいんだよね。それに、今は私、大人だからテレビも漫画もゲームも自分でお金を出してやりたいだけやれるわけよ。


ぴこぴこ(→ゲームをやっている音。しかし、頭が疲れるのがやなので簡単なゲームしかしていない)


……でも、なんか違う気がしまして、小説書いて投稿したり、エッセイ書いたりしているけど、それはかつて自分で漫画やゲームやテレビを取得できなかった時代の読書の貯金をひたすら崩して書いてるだけで、


あんた、最近、本読みました?(心の中のスパルタ天使呟く)


ノオオオオオオオ!


テレビばっか見てんじゃねえよ、自分!ゲームすら、簡単なゲームばっかしてんじゃねえよ、自分!(←ちなみに課金はがっつりくるやつ)漫画ばっか読んでんじゃねえよ、自分!


ここで、言い訳タイムです。転職してからこっち、右向いても左向いてもわかんないことだらけで、仕事中は毎日とにかく必死こいて新知識を入れてるわけで、疲れてるんだよーん、びえええええええん!びええええええええん!


さてと(大人が泣いても誰も助けに来てくれないので自分で泣き止む)、


そんな自分は、これも何回も書いているのですが、父がとうとう仕事を退職したので、無職になってボケてしまわないか心配し、前よりもっとチャットで会話しようと思い、それから共通の話題を得るためにNHKの朝ドラと大河を欠かさず見るようになったのです。その開始が「どうする家康」でした。


そして、どうする家康を見ながら読み始めたのが、山岡荘八の徳川家康。なんと全26巻。


チーン……


読書家でない方ならば、え、26巻?と臆する慎重さがあると思うのですが、何せ私、小学校低学年の頃をピークに稀代の読書家でしたので、おーほっほほ、たかが26巻!と思って、簡単に手を出した。ちなみにドラマで見ていた最初の部分を飛ばしたので、9巻から読んでます。それでも、17巻読まなきゃ終わらないのだ。


いるじゃないですか、昔学生の頃はバスケ部で、運動全般バリバリやってたぜえ、なんて言って、張り切ってひっさびさのスポーツをして、体を痛めるおじさんとか。


あれの、読書版というか、以前の自分のようにマッハで本を読めると思ってはならない。かつての稀代の読書家の読書ペースを見よ!


2023年 9、10、11、12巻

2024年 13、14、15、16巻

2026年 17、18、19、20巻


あ、それでも、3年もかけてちびちび読んでたのね。えらいえらい。……で、でもね、こんなんじゃなかったんですよ。昔の自分は、そりゃもう、一気にガンガン読んで、あっさり終わらしてたよ。昔だったらな!


小説も最近書いてないし、本読んでないし、テレビばっか見てるし、流石にちょっと背中が寒くなってきて、小説の前に読書は復活させたいなと、それから小説だと思っていて、頭は疲れてはいるんだけどな。とにかく今年は本を読もうと。


それで、アメリカにはかつてアポロ計画があり、現在、なんでしたっけ?そうそう(チャッピーに聞いて戻ってきた)アルテミス計画があるように、私もささやかながら、読書から復活して、ちゃんと小説書こう計画を立ち上げた。


(この二つの計画のスケール感の違いの巨大なことよ!)


それで、勢い激しいスライムだった幼少時の自分を忘れ、疲れた中年である自分の読書への取り組み方を再考した。それは!


スマホが言っているように、毎日目標を決めて、読書することだ。目標達成すると、スマホが褒めてくれるぞ❤︎


チーン……まぁ、いい、まぁいいのだよ。先へ進むぞ。ちなみにほんとに読書家だった頃は、今月図書館で一番本を借りた人なぞと評され、賞をもらってた。


「偉いね」

「ん?」


偉いねと言われたが、アニメの放映の絶対数量が不足しており、漫画を自由に取得できないが、図書館の本は無料だし、尚且つ、親に怒られなかったので、単純に物語の不足を補っていただけで、偉くはないのだよ。


そして、現在、スマホに自動で読書の目標が入力されていて、それは5分だった。いや、5分って……。そして、めんどくさと思って、目標5分のまま設定を変更せず、毎日スマホにほめられている。しかし、実際の目標は別にある。毎日一章読むことにした。それで、2026年1月1日から毎日守っている。忙しくて読めなかった日は次の日に二章読んでいる。それで、どうなったか?


パンパカパン!

‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/›› ‹‹\( ´ω`)/››


2026年1−3月 21、22、23、24、25、26巻!


読み終わりました!徳川家康!感無量!歴史小説は、特に山岡荘八の徳川家康は全26巻なので、簡単に言えば、大河ドラマよりかなりもっそりと丁寧にエピソードが書かれてて、また、登場人物がものすご多い。私なんか、普通に日本史が、全然わかっていない人がこんな詳しいエピソード読んでも、ちんぷんかんぷんなんですよ。ただ、一日一章で毎日読めば、読み飛ばすことなくスロウに読んで早く読んでいる時よりも話が頭に入る。プラス、毎日読んでいるので、前日の部分も覚えている。


おお……!


なんか、これが、私には目から鱗のスロウ読書!


昔は、なんせ、文系の鬼というか、読むのは得意中の得意分野だったので、速読していても読めてた。でもそれは、脳も体も若かった頃で、中年になると、脳は古くなったし、その脳を支えてリフレッシュさせるべき体がそもそも弱くなってる。それと、生まれてから今までに蓄積してきた記憶が脳にすでにあって、新しいことを記憶するのがしんどいのだと思う。


からの、脳の防御本能が、新しい記憶を増やしたくないというか、前ほど勉強したがらないというか、本を読んでても読んでないみたいに素通りしてたかも。何も入ってこないのですよ。もう、この年齢なるとさ、若い頃と同じ速度で読書とか、


脳に対しての拷問でしかねえんだよ!(多分、今、この主張は、私の体の中の働く細胞さんたちからの叫びじゃないかと思う)


受け入れましょう。若い頃と同じようになんてね、もう無理なんですよ。そんな暗いオチなんかーいって話ですが、いやいや待って。


だからこそのスロウ読書。生まれてから今まで、こんなにちょっとずつ本を読んでいるのが初めてなんです。一気に読んでわからないのが、スロウで読めば、難しい内容でも驚くほどよくわかる。


「あー」(本を読みながらか細く雄叫びを上げる。感銘の雄叫び)


これはいい。いいですよ。これからは、本はゆっくり読んでこう。


そして、せっかく長い時間かけて読んだ徳川家康について感想を。興味ない方はここでおかえりくださって大丈夫でゲス。長い記事ですんません。<(_ _)>この本は、とにかく、著者のあとがきが重要です。これ、個人的意見ね。


この本は、どうする家康をもっと楽しみたい方へおすすめ、という記事を読んで選んだので、たまたま読みました。1967年で私が生まれるより前に出版されてます。結構古い。著者が昭和25年から18年間かけて書いた本です。この原稿を我が家の庭の一隅にまつる「空中観音」の霊に供えると書かれている。空中観音とは大空に飛び立った特攻隊の諸霊をまつっているのだそうです。著者は戦争を経験した身で、戦後間もない昭和25年から延々とこの本を書いていたのだなということです。


戦争を経験し、そして、戦争で散った人々への供養の思いを込めて書かれた小説なのだというのは、読み終わって最後にあとがきを読むまで知りませんでした。


それで、では作品に対する感想はどうかと言われると、まだ覚えてる大阪の乱のあたりの最後の方の感想を言うと、家康の息子の忠輝が、大阪の乱の後に改易されて、家康の臨終にも立ち会うことができないという場面があるのですが、


こっからは小説の話ですね。細かな部分は創作が入っていると思いますので、必ずしもこれが事実とは言えないのですが、


忠輝は、さっさと死んでしまおうとするのです。それを、思いとどまらせる場面がある。それが感動的だったというのが主と言えば主なのですが、もう一点ちょっと脇の方にあった感想をここに記しておきたいと思います。


武士にとって、必ずしも 生きている ことが重要だというわけでもないのだなと。それは小説中忠輝以外にも、秀頼もそうだったし、秀頼の周囲の人々もそうだったのですが、その集大成として忠輝の様子が思い浮かばれる。


生き恥を晒すぐらいなら、堂々と死にたい


生き方ではなくて、どう死んだかということがとても大事なことだったんだなとしみじみ思いました。


そりゃもう、現代人の私の死生観とは全然違うわけで。


26巻もあると、そりゃもう、大河なんかではカットされてしまうありとあらゆる場面が丁寧に書かれてて、その中でたくさんの人が死んでいう様子を、壮八さんが丁寧に書いているわけです。


歴史的には歴史に詳しい人でなければ知らないような武将の名前が次から次へと出てきて、豊臣から完全に徳川へと時代が移っていく中で、それぞれに様々な思いを抱えながら、死んでいった、あるいは生き続けたのだなということがよくわかった。


この筆者の丁寧な筆致に頭が下がるような気になりました。やっぱりね、戦争を体験されて、死んでいった人に対しての思いがあるから、命のやり取りをするかつての人たちの気持ちにも寄り添えたのではないかなぁ、私観です。


ロングで縛られていた徳川家康を今年は快調に読み終わり、本当に久しぶりに色々本を読もうと思い、現在は、京アニがアニメ化した古典部シリーズの第一作、米澤穂信の氷菓を読んでおります。また、それと並行して、百田尚樹氏の禁断の中国史を読んでおります。中国人と結婚していながら、なんでそんなアンチ中国の本読んでんねんって話なんですが、……ま、捻くれ者なので、しょうがないんですよね。ヘソが精神的には背中についているのだと思います。


テレビを減らし、本を読み、それから、ちゃんと新作の小説を書こう!今年度の目標です。と言いながら、転スラの1話目はしっかり見てしまいましたが!


まとまりのないままに、長々と失礼!

汪海妹

2026.04.04


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