(更新23)
【ザップ】
「あ、ザップさんいらっしゃいませ~」
俺に挨拶したミーシャは、またすぐにタガネを打ち始める。
「よぅ、ミーシャ。ずいぶんせいが出るな?急ぎの仕事かい?」
カツカツとタガネを叩きながらミーシャが言う。
「いえ、この間、公爵様に連れられてゴーレムマスターさんにお会いしまして」
なんでもひどく感銘を受けた…って事らしい。
それで気合いが入ってるんだと。
「極めれば、あんな事が出来るんですねぇ。特にゴーレム、もうヒューマンそっくり!ビックリですよ~」
ゴーレムがヒューマンそっくり?
ゴーレムってのはアレだ、普通土で出来たモコッとした人形だよな?力が強くてノッソリ動く奴。
「ちょっとイメージ沸かねぇな?土人形がヒューマンそっくりってのは」
「あぁ、土じゃなくて中身は金属製で外側を…あれはなんでしょう?ゴムの樹液を固めた様な素材でした」
はぁん?
…やっぱイメージ沸かねぇな、ゴムの樹液ってアレだろ?靴底に使う奴?
「まぁ、凄いって事は伝わったぜ。で?ミーシャは何やってんの?」
「えへへ、見習ってゴーレム造ろと思いまして」
デカイ物は無理だが手乗りサイズの物を造るらしい。
手乗りねぇ…ゴーレムってのは土木作業に使う奴だろうに?
暫く喋った後、食堂に戻ると、妃殿下がカウンターで書き物をしていた。
書いては手を止め、考えては書いてを繰返し、気に入らないらしく紙を捨ててはまた書いて…
「…妃殿下、何やってんの?」
「あらザップさんいらっしゃい…脱皮の計画ですわ」
へ?脱皮?
「少し前にやったよね?脱皮」
「次の脱皮に向けての計画ですわ」
ドラゴニュートの脱皮は自分の姿を好きに変えていく。
その時イメージをちゃんと持ってないと、不満が残る姿になってしまうらしい。
「前回は髪や顔は上手くいったんですけど…この姿では翼と尻尾がいまいち釣り合わなくて」
あ~、確かにな。
妃殿下の姿は可憐な少女だが、翼と尻尾はゴツいドラゴニュートそのままだ。似合わねぇっちゃあ、似合わねぇな。
「翼は…蝶々みたいにしようかと思ってますけど、尻尾が決まらなくて」
蝶々の羽…いいねぇ。
「尻尾なぁ…思い切って俺達みたいなフサフサはどうだい?」
「フサフサ…いいですね!…でも蝶々と合わないかも」
「ドラスは翼を消してるだろ?なら尻尾も消せねぇの?」
「あれは幼年期の最初から徐々に、ですから」
…難しいもんだな。
「まぁ、急ぎじゃありませんから…それでザップさんご注文は?」
────────
「おばちゃん、林檎貰うぜ…ほいお代」
市場の果物売りに銅貨を渡して林檎にかじりつく。
「おばちゃんとこの林檎が一番旨ぇや」
「ありがとよ兄さん」
俺は林檎をかじりながらおばちゃんの店を眺めた。
…店先に並べられた果物がやけに少ない。
「ずいぶん売れ行きがいいんだな今日は?」
「違うよ、仕入れ先から品物が届いていないのさ。いつもならとっくに着いてる頃なんだけどねぇ?」
「なんだ?まさか山賊にでも襲われたんじゃねぇよな?」
「…果物の荷馬車襲う山賊がいるもんかね…でも仕入れ先を変えないといけないかもねぇ、大損だよ」
人情味の無い台詞だが、儲けをふいにしてるおばちゃんにとっちゃあな。
俺はおばちゃんの店から歩いて裏街に進んだ。
スキン姐さんの店の通りまで行くと、店から見慣れた侍女服姿が現れた。
…やけにちっこいな?
と、思ってよく見てみれば…
「あ…ザップの旦那。お疲れさんでやす」
「猫じゃねぇか?何やってんだお前?」
この裏街で王宮仕立ての侍女服を見るのも違和感だが、コイツが侍女やってるのも違和感だ。
「何って…繋ぎでやすよ、日に一度陛下の旦那とスキン姐さんの繋ぎ役でやす」
「あ~…だったらよ、繋ぎの時は侍女服は止めな?目立ち過ぎらぁ」
元々着てたボロ服はどうしたんだと訊くと。
「捨てられちまったんで…へい」
王宮だからな、そりゃ捨てるか。
「んじゃあな、チャルさん…陛下が狐って呼んでる女の人に訳言って古着を用意して貰いな?それをうんと汚して使うんだ」
「解かりやした。後、オイラ陛下の旦那からテレシアって名前を頂戴しやしたんで」
「…あぁ、そういやそうだったな。じゃあなテレシア、気ぃ付けて帰んな」
猫改めテレシアと別れスキン姐さんの店に入った。
しっかし…陛下も酔狂だねぇ。
【???】
王都へ続く街道の一つ。
その街道から分かれた木々に覆われた枝道。
枝道から視線を木々の間に動かすと少し離れた場所に荷馬車が見える。
曳いていた馬は既に何処かへ逃げたのだろう。
放置された荷馬車。
積み荷は果物だった。日にさらされ傷み始めている。
馭者台から転げ落ちたらしい男の死体があった。
魔物に食害されたのだろう、破損が酷い。
破損の酷いその死体からは不思議に流血の痕跡が全く無かった…。
【テレシア】
朝陽が昇る少し前に目が醒めやした。
ちょいと前までは裏街の店と店の間に丸くなって寝ていやしたが、今は豪勢なお部屋のベッドで寝ておりやす。
お部屋は侍女さん達皆で使う大部屋でやすが、自分用のベッドと物入れがありやす。
…入れとく物は着替えだけでやすが。
ベッドってやつはいいもんでやすね?
路地裏じゃあ身体が強張って目が醒めやすが、ベッドじゃあつい寝過ごしちまいそうになりやすよ。あったけぇし。
眠い目を擦りながら着替えていると、他の皆さんも起き出してきやす。
「おはようテレシアちゃん」
子猿姐さんがオイラの教育係ってやつをしてくれてまして。
「おはようございやす、子猿姐さん」
「子猿じゃありません、サーラです!」
「へい、サーラ姐さん」
この子猿姐さん、教育係と云いながら、たいした事は教えてくれやせん。
習うより慣れろって事でやしょう…いや、どうかな?
女官長?狐姐さんならこうしろああしろって細かく教えてくれそうでやすが、今んところ子猿姐さんの後を付いて行くくらいでやす。
まず朝は子猿姐さんと一緒に厨房へ。
…旨そうないい匂いがしやす、腹ペコにゃ辛ぇ。でやんすがちぃと我慢。
陛下の旦那の朝飯を運ばにゃあいけねぇ。
子猿姐さんが朝飯を、オイラが茶器を運びやす。
「おはようございます陛下!今日もいいお天気ですね!」
子猿姐さんは朝から元気でやすねぇ。オイラぁまだ生欠伸が出やすよ。
「おはよう子猿、あとガキ」
陛下の旦那は着替えも済ませて執務室ってお部屋で朝飯を食べやす。
オイラよか二~三歳年上みたく見えやすが、話に聞くところじゃ五十歳なんだそうで。
じゃあオイラがガキ呼ばわりされるのも解りやすね。
「子猿じゃありませんサーラです!この娘もテレシアって呼んであげて下さい!」
…子猿姐さんは毎日これを言わねぇと気が済まねぇ様で。
「陛下の旦那、お茶でやす」
「ガキ、『陛下』に『旦那』は要らん」
「へい、陛下の旦那、失礼しやした」
後で子猿姐さんに訊いたら。
「『陛下』っていうのは…えぇと…そう!『旦那』の最上級なのよ」
へぇ?サイジョウキュウ!
…サイジョウキュウってのは何の事でやしょう?
陛下の旦那に朝飯を運んだ後はオイラ達の朝飯の時間!
皆さん手が空いた時に食うそうで、オイラは子猿姐さんと御一緒させて頂きやす。
腹一杯に食えるってのは、ありがたいでやすね。
王宮に寝泊まりして何が嬉しいって三食飯にありつける事でやすよ!
朝飯の後は街の外へ出かけやす。
まずは宿屋の食堂へ。熊の旦那に声を掛けて、厨房の隅で着替えさせて頂きやす。
「よ!おチビちゃん、毎日大変だな」
持ってきた古着に袖を通せば元のオイラに早変わり!
服はコッチの方が楽でやすね、侍女服は窮屈でいけねぇ。
こうやって裏街のスキン姐さんと繋ぎを取りやす。
王宮に帰りやすと、スキン姐さんの報告があれば陛下の旦那の許へ。
陛下の旦那は手紙を読んだ後、細かい話をオイラに尋ねやす。
その後は風呂場で身体を洗いやす。裏街に行くと臭いが付く様で、王宮じゃあ目立つそうで。
昼飯の後は子猿姐さんや他の侍女さんと控え部屋で待機。
皆さんはお喋りに花を咲かせておりやすが、オイラはつい寝ちまいやすね。
時間になると執務室にお茶を運びやす。
茶運びは陛下の旦那がオイラを指名しやして。
「失礼しやす。陛下の旦那、御茶でやすよ?」
陛下の旦那はこの時いつも紙の山に囲まれておりやす。
「おぅガキ、その卓に置け」
陛下の旦那は顔を上げずに紙と睨めっこ。これが一番の仕事なんだそうで。
「…どれ、ガキの煎れた茶を貰うか」
意地の悪そうに笑いながらオイラの煎れた茶を飲んで一言。
「ガキ……貴様煎れ方が上手いな」
スキン姐さんトコで仕込まれやしたからね。
後は控え部屋に戻って時間潰しでやすね、何事も無けりゃあ大部屋のベッドに入りやす。
…こんなんで給金頂けるってんだから楽な商売でやすよ!
では失礼して御休みなせぇ…




