(更新24)
【ノラ】
「この人数で大丈夫かしら?」
主人がザップさんに訊いていた。
「まぁ、取り合えず覗いてみようや。危なそうなら戻ろうぜ」
私達は今ダンジョンの一階層、出入口の前にいる。
公爵様から貰った人数分の転移陣、それを使って十一階層の手前まで跳び、探索途中の十二階層を探る予定だ。
この転移陣は所持者にしか効果が無い。その為他の冒険者を誘う事が出来無かった。
「よし、そんじゃあ使ってみるか」
ザップさんの声に全員が転移陣の護符に魔力を流す。
一瞬のうちに十一階層に入る扉の前に着いた。
「ここに繋がるのか」
「…この辺りに階層を繋ぐ転移陣があるのでしょうね。だから帰りには多分二階層の手前の扉に出るのよ」
実験場である十一階層は最短で抜ける。
今日の十一階層はあの『村』だった。
「嫌な日に来ちまった。験が悪いぜ」
「確かあそこに薪が残っていたはずです、少し持って行きましょう」
エドさんに言われて納家を覗いたが、薪は一本も残っていなかった。
納家で焚き火をした痕があった。
「誰かが使ったんだな。やはりここは外の土地を転移させているらしい」
ガンズさんが焚き火の痕を確かめる。燃え滓に混じって丸かじりした果物の芯が捨ててあった。
旅人が一晩明かしたのだろう。
「ま、残念だが薪は諦めるか。元々持って来てるんだから」
十二階層の扉まで何事も無く着いた。
扉の中は以前来た時と変わっていない。
少し広めの部屋。
『魔物避け』が描かれた扉と部屋の隅にある一階層出入口に跳ぶ転移陣。
避難所、安全地帯になっている部屋だ。
「改装したという事だが…ここは変わって無いんだな?」
「いいじゃないですかガンズさん。安全地帯があるのは助かりますよ」
「よし、そんじゃあ扉を開けるぜ?」
ザップさんが扉に手を掛けた瞬間、勢いよく扉が開いた。
「どぉえっ!?」
「急げ!中に入るんだ!」
どやどやと数人の男達が部屋へ雪崩込んで来る。
いきなり開いた扉のせいでザップさんが奇声をあげてひっくり返った。
男達は皆転げながらも急いで扉を閉じた。
「皆無事か?……あれ?アンタ達…」
「ぃでで…ありゃ?テレンスじゃねぇか!」
それは公爵様の合成獣相手に一緒に戦った東門のパーティーだった。
────────
「ひでぇ目にあった」
テレンスという東門パーティーのリーダーがザップさんと話している。
それを横で聴きながら主人と私とで手分けして彼等の怪我を回復していく。
「何があったテレンス?」
「魔物だよ。俺達は初見だ、あの魔物は」
東門パーティーは私達より先行して十二階層に来たらしい。
「転移陣を貰ったお陰でショートカットが出来る様になったからな、軽く覗いてみようって事になった」
そこは私達も同じだ。
誰かが先に行かなければ情報は入らない。
私などは誰が先でもいい気がするが、ザップさんは自分が一番に情報を手に入れたいタイプだ。斥候役の性分だろう。
「初見って?どんな奴だ?何をしてくる?」
そして魔物の話に食い付くのはガンズさん。前衛職というより軍人としての性分だろう。
「…パッと見は人型に見えるんだが、違うなあれは。知的種族とはかなり別の生き物だ」
その姿はシワが寄って襞が重なった、革で出来ている様な肌で、手足はあるがその先は大きな一つの吸盤だったという。
「頭には目の類いは無かった…頭もシワシワだったからな、隠れて見えなかったのかもしれないが…」
頭の天辺に口らしい孔があって、そこから長い舌を伸ばしてくるという。
「その舌にも小さな吸盤が幾つも付いていてな…おいラース、見せてやってくれ」
東門メンバーの一人、ラースと呼ばれたドラゴニュートが自分の腕を皆に見せる。
ラースの、腕の鱗がぐちゃぐちゃだ!
割れたり根元から抜けて血塗れの地肌が見えている…言ってくれれば先に治したのに。
「舌に巻き付かれてこうなりました。どうやら吸盤に細かい牙が付いているんですね、それでゴリゴリと……あぁ、ありがとう黒エルフの御嬢さん」
私の回復魔法に礼をいいながらラースは続けた。
「手足の吸盤には細かい牙は無い様ですが、その代わり吸盤の真ん中から長い牙?爪?その様なものが出てきて剣の様に使います」
「最初近付いて来た時は足で歩いてたが、奴等上も下も無い。逆立ちしながら攻撃したり壁にへばりついたりだ、そのうえ…」
「…天井から降ってきやがったか、テレンス?」
「あぁ、この階層の天井は高過ぎて真っ暗だ…何がいるのか判りゃあしない」
────────
テレンス達東門パーティーの怪我を治し、焚き火を共に囲んだ。
まずは身体を休ませて、それからダンジョンを出るか私達と合流するか決めてくれとザップさんが言った。
東門メンバーにしてみれば、考え処だろう。
「俺達が今諦めたら、もうここまで来る事は無いだろうな」
腕前が伸びるのはミルズさんの様な新人の頃だけだ。
ガンズさんの様に軍隊生活でもしない限り確りした訓練は受けられない。冒険者は職業軍人とはちがう。
つまりテレンス達が十二階層を諦めるという事は私達も諦めるしかない。
何故なら公爵様の転移護符はこのメンバーしか持っていないからだ、新しく人を入れれば徒歩でここまで来なければならない。
十階層まで数日掛かる、徒歩で毎回来れる場所では無い。
「ザップ、うちの面子の為に一晩待ってくれ。それなら合流出来る」
「あぁ、俺達だって無茶はしたくねぇ。テレンス、あんた等はまず休みな」
────────
「ガンズの旦那は知ってるかい?俺はそんな魔物は聞いた事が無ぇ」
「…俺も初耳だ」
テレンス達東門パーティーを寝かせ、焚き火に当たりながら私達は相談していた。
主人は先に休んでいる。思いがけず魔力を消費したと言って…
「ガンズ殿が知らないのであれば誰も知らないのでは?」
「いやいやドラス、別に旦那は魔物博士じゃねぇぜ?」
パチパチと焚き火が爆ぜる。ここまでショートカットして来たから夕食は携帯食糧だ。
「味気無い食事です、ガンズ殿のせいで舌が肥えてしまいましたね」
「今度からは獲物を狩ってから転移するか、この階層の魔物が食えるか判らないからな」
軽口を言い交わしていると。
「…食べない方が無難ね、私の記憶違いでなければ肉に毒があるわよ?」
「主人、起きていたのか?」
【ヴィーシャ】
私は起き上がって肩をほぐした。
「ヴィーシャ、知っているのか?」
「ヴィーシャが知ってるって事は、公爵様の合成生物とかかよ?」
叔父様の合成生物?
「…だったらまだ良かったかもね」
「恐がらせるじゃねぇか?」
「私も実物を見た事は無いわ…今生きている知的種族の中で…いいえ、全ての生物の中で見た者はいなかったでしょうね」
話から推測するとそれは叔父様の合成生物では無いわ。
「…私達ヴァンパイアが太古のデーモンの末裔って話…聞いた事くらいあるわよね?」
「俺達は巨人、ドラス達はドラゴンそれぞれの末裔だ。デーモンがヴァンパイアの祖先なのも聞いている」
「なぁ、訊いていいか?デーモンってのはどうも想像つかねぇんだが」
ザップの疑問は当然ね。
『想像もつかない種族』それこそデーモンの解りやすい説明だわ。
伝わっている話半分で考えても、ゴチャゴチャ過ぎ。
「…まぁ、ヴァンパイアはだいぶまともな部類よ」
「主人、この階層にいる魔物はヴァンパイアに関係しているのか?」
「…そうね、関係あると言うべきか無いと言うべきか、悩むわね」
「随分勿体をつけるじゃねぇかヴィーシャ?」
私は溜め息を一つ付いてから言った。
「私の聞いた話や教わった事から推測すると『絶滅種』よ、デーモンの一種」
辺りが静まった。
やがて最初に口を開いたのはガンズ。
「つまり太古に絶滅したデーモンを公爵様が?」
「…でしょうね」
「主人、東門の話の魔物とヴァンパイアでは似ても似つかないぞ」
「それはそうよ。ヴァンパイアはだいぶましな部類、そいつは…ましじゃない部類だもの」
エドが焚き火に薪をくべながら訊いた。
「ヴィーシャさん、そいつは…そのデーモンはどんな?」
「太古のデーモンは名前の付いていないものがほとんどよ…でもソレには仇名があったわ。その仇名は『サイフォン』」
「…は?」
『サイフォン』
水がジョロジョロ出るアレね。
『サイフォン』は吸血性…と言っていいのかしら?
私達ヴァンパイアも吸血性って言われると困るけど、それなら『サイフォン』も吸血性とは違うわね。
『サイフォン』は吸血する。ただし吸血の目的は血液に含まれる魔力。
『サイフォン』は口、正確には舌の吸盤で血液を吸い取る。
そして血液を濾して魔力だけを吸収。
要らない血液を即座にお尻…排出口から捨てる。
犠牲者に吸い付いた状態からジョロジョロと血液を捨てるのよ…サイフォンみたいにね。
「…ヴァンパイアがだいぶまともな部類だって解るでしょ?」
私の説明で想像力を働かせたのか、皆青い顔になった。
「伝承ではあまり強い生物では無いらしいわ…と言っても、他のデーモンに比べてらしいけど」




