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(更新22)

【サウル】


「…それで未だにドーラン元子爵夫人の行方は掴めておりません」


狐からの報告は芳しくない。


余の臣下たる兵を殺して逃亡したドーラン子爵夫人は、いや爵位に関連する一切は剥奪し、今はただのヴェラだが、煙の様に消えていた。


「狐、ヴェラの生い立ちについて判った事は何か無いか?」


何処で生まれ育ったのか?故郷に帰って潜伏している可能性はある。


「はい陛下、生まれも育ちもアドレア王国で我国と国境を結ぶ村の一つでした」


アドレアは我国の北側、そこからイルベ、ゴースと南北に並ぶ王国の一つだ。


「移民の形で我国に入り、どの様にかは不明ですが、当時は嫡子であったドーラン子爵と結婚しました」


いわゆる玉の輿。


ドーラン子爵領は我国の南側、ゴース王国との隣接地だ。


大陸を縦断した事になる。随分故郷から離れたものだ。土地勘など当時は無かっただろうに?


アドレアから逃げてきたのか?


何かやらかしたのか?


それで南に、ドーラン子爵領へ?


「その後程無くして先代子爵が死去、ドーラン子爵が後を継ぎました」


…随分、タイミングがいいな?


「狐、先代子爵はどの様な死に様だったのだ?」


「…それが、原因不明です。もとより領地内、屋敷での事ですので詳細は調べられませんでした」


国に国法がある様に、領地にはそこの家法がある。


国王と謂えど干渉は出来ない、例え先代の死が不審なものでも子爵が調べていないなら狐に判るはずもない。


「もし余の読みが当たっているなら、ヴェラは随分やらかしてくれている様だな?」


「御意に御座います」


国境を跨いで悪事を働く…なるほど、ドレスデンとの接点はその辺りか?


ドレスデンはもはや廃人、訊問の仕様がない。


狐を下がらせ、溜め息をつく。


「国誌を書くどころではなくなったな」


初動が遅れた。


ドレスデンの件が間に挟まり、ヴェラ捜索の手が弛んだ。


…推測ばかりだが整理してみよう。


ヴェラはアドレア生まれ、故郷を捨てて我国に来た。多分だが罪を犯して、恐らくは殺人だろう。


次にアドレアの反対側、ゴース国境のドーラン子爵領に潜り込み、当時の子爵嗣子と出逢って結婚。


…ヴェラが社交の場に現れたのは未亡人になってからだ。社交会で出逢った訳ではあるまい。


その後、先代子爵が死去、原因不明だが屋敷の中で死んだ。


ヴェラの仕業だろう。貴族の女ではない嫁取りに先代がいい顔をするはずもない。


そしてドーラン子爵死亡。子爵に兄弟、嗣子は居らず血統は途絶えた。


これもヴェラの仕業なら二度目。噂も流れ『毒夫人』の仇名がついた。領地から出て社交の場に現れたのもこの頃から。


問題は何処へ消えたか?


…故郷の村へ帰った?


我国からみればいい厄介払いだが、故郷で悪事を働いているなら帰るまい。


だが、時が経ち過ぎていて忘れ去られている可能性はある。


…イルベ王国付近に向かった?


国境の隣接地を利用しているのは逃亡のしやすさが理由だろう。行動パターンでみれば有り得る。


しかし、イルベ国境の隣接地はドーラン子爵領とも隣接しているのだ。当然『毒夫人』の噂は聞いているはず。


…思いきって我国の西端、反対側へ?


土地勘の無いドーラン子爵領まで行ったヴェラなら不安もあるまい。顔も噂も知られていないだろう。


いざ逃亡するとなれば困難だが。西端は海岸線だ。国境が無い。


「船なら…いや、厳しかろう」


近海は岩礁が多いし、遠洋は巨大魔物の巣窟で、海運業は立ち遅れている。


危険だという理由から女を乗せないだろう。


…意表を突いて王都に潜伏している?


意表の突き過ぎだ、狐の指揮する暗部と奥の手駒のリザードマンがいては身動きも取れまい。


「若、決裁をお願いしますぞ?」


爺、なんだその量は!


「このところの騒ぎで決裁を遅らせたのは若ですぞ?あぁそれから…入れ」


爺に声を掛けられ扉から顔を出したのは、スキンのところのガキ。


なかなか見処の有る賢いガキだったな?


「…えぇと?陛下?でやすか?スキン姐さんからの定期連絡でやすが、特に無いそうで陛下からの御用は御座いますか?と伺ってこいって言われまして」


スキンからの情報も無し、か。


「よし。ガキ、ちょっと待て」


余は紙に筆を走らせ封をして渡す。


「これをスキンに渡せ。返事を持ってこい」


暫くの間、余は決裁処理に打ち込んだ。


ガキが戻り、スキンからの返事を読んで口許が弛んだ。


『如何様にも御使い下さい』


よし。


「狐!おるか?」


「御呼びで御座いますか陛下?」


「そこのガキを風呂で洗え!臭いが消えるまで念入りに!それから侍女服を着せろ!」


「ぅえ?え?な、なんでやすか?」


「さ、こちらへ」


訳の解らぬ様子で狐に連れられて行きおった。


小一時間後、身体中の毛がフワフワと立ったガキを狐が連れて戻る。ガキは目を回している様だ。


「如何でしょう陛下?」


「うむ。今日からこのガキ…名前は?」


「…猫って呼ばれてやす」


「それは呼び名だ!本名は?」


「ありやせん」


「無いのは良くないな、本名無しに仇名では呼べん。余が付けてやる」


どんな名が良いか?


うむ、ここは一つ昔の偉人から取って…


「よしガキ!今日から貴様はテレシアと名乗れ!狐、その様に記録せよ」


「はい陛下、テレシアですね?」


「はいぃい!?」


ヴァンパイアとドラゴニュートの戦乱期に活躍した女傑の名前だ。なんともありがたみを感じるではないか。


「でだ、話を戻すが今日からこのガキを余付きの侍女にする」


「はい陛下」


「はいぃい!?」


「それでは陛下?サーラは如何しますか?」


「子猿もそのまま余付きだ、このガキはスキンとの繋ぎ用に使う。役割は違うが一応侍女として仕込め」


余と狐の間でオロオロとするガキ。


「あ…あの、なんでこんな事になったんで?」


「うむ。余がスキンに貴様を寄越せと手紙に書いた。それを貴様が運び、スキンが了解の返事を書いた。それを貴様が運び、『こんな事』になった。解ったか?」


「いや…訳解んねッス…なんで名前まで?」


「王宮だぞここは?名前の無いガキを雇える訳が無かろう!高給住み込み三食制服支給。由緒ある名前まで付いた、目出度いだろうガキ?」


「………旦那、名前呼んで無ぇでやすが?」


細かいな?


「名前を呼ばれたいと?安心しろ余以外が呼ぶ。それと『旦那』ではなく『陛下』と呼べ」


「…へい、陛下の旦那」


なにやら受け答えが変だが、まぁいいだろう。


「では陛下、テレシアを侍女の控え室に連れてまいります…さ、いらっしゃい」


「へい…陛下の旦那失礼しやす」


これでスキンとの繋ぎが取り易くなった。


さて、決裁を進めるか。




────────


「よし、終わった」


「お疲れ様です若」


書類の束を抱えて爺が一礼する。


出て行こうとする爺に声を掛けた。


「今日は宿屋に行くぞ、狐と子猿を交替させねばならんしな」


またぞろ子猿の奴めを誘拐なんぞされては堪らん。


「女官長は新人の教育をしとりましたが?」


あぁガキな。どうするかな?


狐に任せてみっちりしごいた方が良いか、それとも…


「うむ。ガキも連れて行く。まぁガキは顔見せだな、王宮に戻り次第子猿に仕事のやり方を教えさせよう」


「…大丈夫ですかな?」


爺は心配しておるが、子猿とてそれなりに仕事はこなしておる。


いきなり狐相手よりはガキも気が楽だろう。




────────


「子猿!飯を食いに来たぞ、それから狐と交替だ!」


余、狐、ガキ、爺、ゴルの順で食堂に入る。


ガキの侍女服姿を見て、宿屋付き侍女のヴァンパイアが顔を歪ませ、ガンズと従姉上が目を見開き、ザップが両手で口を押さえて噴き出すのを堪えている。


………良し!


「まぁ殿、可愛らしい。妾もその娘が欲しいですわ」


………残念!


「奥は驚かんか。言っておくがやらんぞ?奥には侍女が沢山おるではないか」


「でもそういう毛並みの変わった可愛らしい娘はいませんわ、ねぇドラス?」


「……………御意」


義兄殿は嫌そうだな。


「お待たせしました~」


子猿が料理を運んで来る。どうやら転ばずに済んだか。


「子猿、このガキに明日から仕事を教えろ。見覚えはあるな?」


ドレスデンとの交渉の際にスキンと一緒にいたのだからチラッとくらい見覚えがあるだろう?


「はぁ、解りました…えぇとガキちゃん?」


「サーラ、この娘はテレシアです。陛下が名付けました」


「テレシアちゃんですね?よろしくね」


子猿がガキの頭を撫でながら挨拶すると、ガキは照れているのか怒っているのか判らない顔をした。


「あのぅ、元々猫って呼び名があるんで。そっちの方がオイラしっくりくるんでやすが」


「それは駄目だ!」


余がその呼び名を拒絶する。


それは貧民街の浮浪児の呼び名だ。王宮の侍女の呼び名では無い!


…しかし、そんな事は口に出さん。


「よく聞けガキ、王宮にはネズミ取り用に何匹も猫を飼っておる。放し飼いだ。貴様を呼ぶ時に猫どもが集まるだろうが?…だから余が呼ぶ時貴様はガキ、他の者が呼ぶ時は本名。解ったか?」


「…はぁ、そういう事なら了解でやす陛下の旦那」


「見ろ子猿、聞き分けが良い。貴様も子猿と呼ばれたら素直に返事をせよ」


「…はあ?そういう事は絶対拒否します陛下」


余達の話を聞いていた奥が、くすくす笑いながらも余に訊いてきた。


「…ですが殿?テレシアと言う名前は妾達にとってあまり好かない名ですわね?」


「ふむ。どうせなら威勢の良い名をと思ってな。ドラゴニュートの偉人の名は知らなかったのだ、許せ」


奥は本気で言っている訳では無い。ガキを自分のものに出来ずにちょっと拗ねたのだ、たまには貸してやろう。




【???】


「…ありがとうスキン、助かったわ」


「い~え~お構いも出来ませんで」


「でも、良かったのかしら?」


「何が?」


「この事が知れたら貴女の立場が危うくなるのではなくて?」


「そこはなんとでも、このくらい危ない橋という程でも無し」


「そうなの?スキン?」


「いざとなれば貴女の情報を売るだけ。私は商売で貴女を匿っただけ」


「ま!こわいこわい…では行くわね、スキン」


「はいさようなら、二度と逢いません様に。もう助けませんわよ…ヴェラ夫人」





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