(更新21)
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「……疲れた」
真夜中、厨房の転移陣から戻ると、無人の食堂は灯り一つ無く静まり返っていた。
ノラが椅子の一つに座り込むと崩れる様に突っ伏した。
食堂の扉は既に鍵が掛かっている。熊さんの部屋へ行って呼んで来るか?
「…面倒だわ、私達が叔父様と一緒だって事知ってるんだから朝まで待ちましょう」
言うなりヴィーシャが指を鳴らした。
魔法の明かりが小さく指先に灯る。
「ミーシャ、ノラも眠いなら寝てていいわよ?私とガンズが起きてるわ」
【ヴィーシャ】
ノラは卓に突っ伏したまま、ミーシャは椅子を並べて寝ている。ガンズと二人、幽かな光を前に座っていた。
昼間の喧騒を思い浮かべながら暗い食堂を見渡す。
「…静かね」
今頃は皆眠っているだろう…ザップはどうか判らないけど。
「こういう夜はラムールで起こった事を思い出す…」
「どんな事?」
ガンズは少し言い淀んだ後、話し出した。
「……なぁ、ヴィーシャ。幽霊ってのは居ると思うか?」
「幽霊、ねぇ?…ものによるわね」
幽霊の定義は曖昧だわ。
それは見間違いだったり、魔力が溜まっている場所だったり、拡散しきれていない魂だったり…
「公爵様やラインハルト氏は自分の魂を拡散しない様にしている訳だろ?それを考えると……勘違いだったんだろうな」
ガンズはそう言って首を振る。
肉体を捨てている二人は確かに幽霊に近い存在だわ。
「…あれは五年くらい前だったかな?俺は部隊長に成り立てだった」
そうしてガンズは語り始めた。
【ガンズ】
…隣国との戦の後暫くして俺は部隊長になった。
オーガ大隊の普段の仕事は王都の巡回、それと牢獄の監視だった。戦の無い時、オーガはどうしても厄介者に扱われるものだ。
牢獄の監視は何も部隊全員でやる事は無い、一部隊三十人くらい居るからな。
だから三交替で昼番と夜番、そして不寝番に分けた。
俺は不寝番だった。部隊長に成り立てだったからな。
牢獄の番なんてものはあまりいいものじゃない。
薄暗いし臭い。それに少し離れてはいたが拷問部屋から悲鳴なんかも聴こえてくる。
…まぁ真夜中はさすがに静かだったさ。
牢獄は塔になっていて、地下は一般の犯罪者が、塔の上には貴人の特別房があった。
一階が待機場所になっていて俺達が陣取り、決められた時間毎に見廻りをする。
不寝番は一晩に三回巡回をする。
まぁ、牢破りなんか出来るものじゃない、一階の詰所からしか外に出れない造りだ。巡回は眠気覚ましみたいなものだった。
黒茶を飲みながら朝陽を待つ。眠気が酷い者を巡回に出す。
最初の見廻りが帰って来た時、妙な事を行った。
「…部隊長、今特別房に居る囚人は一人だけですよね?」
特別房には階段にしか鍵が無い。貴族階級の囚人への配慮というやつで、部屋の扉に鍵が無いし部屋が豪勢だ。俺達の部屋よりな。
その頃特別房に居たのは年老いた男で、何故収監されているのか、俺達は誰も知らなかった。
長い年月を塔で暮らしているらしく、呆けていた。誰も居ない虚空に、よく話し掛けていた。
「何故か他に人の気配がしまして、灯りをつけて探しましたが居ません。気のせいだと灯りを消して戻ろうとするとやはり人の気配があります」
二度三度探したそうだ。
その時は寝惚けていたのだろうと、次は地下を廻ってから塔の上に行くよう指示をした。
しかし、二度目の巡回でも同じ事を言われた。
別の隊員達だった。
隊員の一人が言った。あの爺さんの独り言のせいじゃないのか?と。
起きている時は始終ぶつぶつ喋っているのだ。あの爺さんが起きていたのじゃないのか?
なるほどと俺は思った。夜中に目が覚めた爺さんの独り言。それに惑わされた。
それで最後の巡回には俺も同行した。俺と部下二人の三人で。
まずは地下房。階段を降り、牢の鉄格子が並ぶ通路を覗いて廻る。
一人の囚人が死んでいた。拷問が過ぎたのだろう。そういう事はままある。
死体の片付けは拷問官の仕事だ。不審な点は見当たらなかったので、そのまま地下房を戻り、次は塔を登った。
二重の扉を開けて各部屋を覗く。
老人の部屋を覗くと彼はベッドに座り起きていた。
…なんだ、やっぱり起きていたんじゃないか。
不意に爺さんがこちらを向いた。
爺さんの目は正気のものだった。
「誰か死んだね?」
「…何故そう思う?」
「妻が教えてくれたよ。強盗団の下っ端だろ?強盗団の居場所を訊き出そうと拷問官がやり過ぎたんだね」
そう言った後、老人の瞳はぼんやりと濁ってぶつぶつと訳の判らない呟きになった。
変な事を言うと思った。
確かに一人死んでいたが、俺達は囚人の素性など知らない。
妻が教えてくれた…
あの爺さんは自分の連れ合いと話をしているつもりらしい。
爺さんの部屋を後にして、空室の各部屋を見て廻る。誰も居ない…当然だ。
詰所に戻る為に二重扉の一つに鍵を差し込んだ。
…………スゥ…
俺を含む三人が全員一斉に振り向いた。
誰も居ない。
それは衣擦れの音だった、間違いない。
全員が聴いた。だから全員振り向いた。
老人の部屋を覗くと爺さんは寝ていた。
衣擦れの音を俺達オーガが立てる訳が無い。俺達は毛皮の腰巻きだ、布地じゃ無い。
…結局、正体は判らず仕舞いだった。
朝、拷問官に囚人の死亡を報告すると、拷問官が悔しがった。
「もう少しで強盗団を一網打尽に出来たのに!失敗した!」
…それからも、たまにそういう事が起こった。
爺さん以外の誰かの気配。
それは決まって地下房の囚人が死んだ時に起きた。正確には死ぬ前後だ。
塔の上から何処にも行けない爺さんは、その度に死亡した囚人の生い立ちを話した。
…爺さんは一年ほど後に死んだ。老衰だった。
「…と、まぁそんな感じでな。俺が魔法とかの話が好きなのも、あの時からかもしれないな」




