(更新20)
【ノラ】
私とミーシャは公爵様の研究室に初めて入った。
気持ちの悪い部屋だ。
陳列棚に並べられたガラスの瓶、これを見ただけで背筋が寒くなる。
元は生きていたのだろう瓶詰めのナニモノか。どれも薄く黄ばんで液体に沈んでいる。羽の生えた手の平大の人型の生物とか、内臓にしか見えないのに首が付いている生き物とか…
…見なければよかった。
「凄いです公爵様、この瓶詰めはピクシー、風精霊の受肉したものですね?こちらはラルヴァ?」
「ミーシャ君だったね、よく気が付いた。これを捕まえるのには苦労したよ」
「解ります!貴重な標本です!」
ミーシャが公爵様と意気投合している…
こういうものが好きなのか?こんなに興奮しているミーシャは初めて見た。
「……叔父様、そろそろ」
「あぁそうだねヴィーシャ。さぁ皆、この転移陣に乗ってくれたまえ」
公爵様に促され、転移陣の上に立つ。
一瞬の目眩を感じた直後、私達は別の部屋にいた。
「…随分と遠いのですわね叔父様」
ダンジョンでは階層を繋ぐ転移陣が階段に仕込まれているという。しかし今まで目眩を感じた事は無かった。
それだけ距離があったのだろう。
「お待ちしておりましたディラン公爵様、主のもとへ御案内致します」
公爵様、ディランという御名前だったのか、初めて知った。
現れたのは王宮や宿屋とは違う仕立ての侍女服を着た少女。
…ヒューマン?
無表情な侍女は無駄な動きの一切無い動作で私達を案内する。
一定の歩幅と一定の歩調で歩き、廊下を曲がる時にはカクッと折れる様に曲がる。
その様に躾られているのか?
…気味が悪く感じるのは、きっと公爵様の部屋で薄気味悪いものを見た影響だ、そうに違いない。
「こちらです」
侍女が扉を開いていざなう。
とても広い部屋だ!
部屋の中央になにやら巨大な柱、樹齢数千年を越す大木の幹の様な柱状の物が立って…いや建っていた。
もはや建築物と云っていいだろう、それは金属とガラスの塊、微かな振動音とあちこちから点滅する様々な光彩の塊だった。
これは…公爵様の持っている培養器とか保管器とかと同様の物だろうか?
「やぁラインハルト君!久し振りだね、元気だったかい?」
公爵様の声に反応したのか、『柱』が明滅した。
「『元気』とはまた愉快な表現、我々不死なる者にとっては意味不明でとても良い響き、ユーモアに磨きがかかりましたなディラン公爵」
『柱』が喋った!?
「皆、ご紹介しよう!これがゴーレムマスター、ラインハルト君だ」
【ガンズ】
これがゴーレムマスター!?
部屋の中央に鎮座する、この巨大なカラクリが…
「…そうか!公爵様の『着替え』と同じでこの『鉄の樹』が身体なのですね?」
「御名答ガンズ君!さすが理解が早いね!」
「…驚いたわ、錬金術でどうやって不死に到れるのか疑問だったけど…錬金術の塊の様な器に魂を入れたのね?」
「素晴らしい…素晴らしいです!この『器』は…これはゴーレム?使役用ではなくて演算用ゴーレムですね!」
俺達がそれぞれに感動しているなか…
ノラは俺達を理解不能、いや理解を拒絶した目で見ていた。
────────
「…そうだね、私とディラン公とでは不死へのアプローチが違う。当然の事だが」
ラインハルト氏は物静かな人物という印象を受けた。落ち着いた口調だからだろう。
公爵様の場合勢い込んで話すから、聞く者に依っては騒々しく感じるかもしれない。それは公爵様の熱意からくるものなのだが。
「どちらの方法でも一長一短はある。ディラン公のリッチ法では魂を異界に安置する。安全面においてこれ程優れた方法は無いだろう。だがその代わり現実界への直接的・物理的干渉の術が無い」
「まぁこうやって肉体を用意する事でクリアしてるけどね」
「一方私のゴーレム法は現実界に魂が残っている。各種ゴーレムを操作する事で物理的干渉は不都合なく行える。しかし魂を封入しているこの演算ゴーレムは物質なので、メンテナンスが必要だ、それを怠ると不死ではなくなる」
「どっちもどっちだよねぇ」
「いやディラン公、私は自分で旅をしたり食事を楽しめないよ?リッチ法の方が優れている」
「そうかな?僕の『着替え』は傷み易いんだよ?耐久性はゴーレム法が上さ」
二人の会話を聞いていると、難しい事はさておき、お互いに対する敬意を感じられた。
「そうだ、御披露目するにはまだ早いのだけれど、私の新作を皆さんにお見せしよう」
ラインハルト氏がそう言うと広い部屋の片隅が、音も無く割れる様に開いた。
先程俺達を案内した侍女に介助される格好で、男性がよろよろとした足取りで部屋に入って来る。
誰だろうと皆が訝しがっていると、その男性が口を開いた。
「どうかなディラン公?私の『新作』は?まだ動作に馴れていなくてね、ふらついてしまうのだが」
「ほお!」
どういう事だ?男性の声はラインハルト氏のものだぞ?
「ぁあ!?それはまさかゴーレム?そんな精密な!?『遠隔操作』ですか?」
ミーシャが大声を上げて立ち上がった。
…『遠隔操作』?
遠くの物を?操る?
「ヴィーシャ、解るか?」
理解しているらしいヴィーシャに耳打ちする。
「…あれはラインハルト氏の、もう一つの身体なのよ多分」
ヴィーシャ曰く。
ラインハルト氏の魂が封入された目の前のデカブツが本来の身体。
それとは別に動く為の身体を用意したのだろうと。
「それは公爵様の『着替え』と同じ様なものか?」
「大同小異ってところかしら?ラインハルト氏の魂があの身体に移る訳ではないみたいよ」
俺達の会話を聞いていたのだろうラインハルト氏が解説してくれる。
「基本はディラン公と変わらないよ?ディラン公の魂も異界から身体に移している訳ではないからね、ディラン公の『肉の身体』も私の『作り物の身体』も、謂わば道具。そう、魂が掌ならこの身体は筆や剣の様なものかな」
なるほど、操り人形の様なものか。
しかし作り物の身体とは一体?
「ラインハルト様!是非!御身体をを改めさせて下さい!」
「はははっ!様は要らないよ、…ボタンを外してくれ」
ラインハルト氏が侍女に服をはだけさせる。そして胸の下に指を掛けると扉を開く様に身体の皮を開いた。
四角く開いた身体の中を覗き込むミーシャ。俺達も近寄る。
パカリと開いた胸の中身はなにやら判らない細かい部品がゴチャゴチャと入っていた。
なるほど『作り物の身体』というのはこういうものか、筋肉や内臓などは見当たらない。
俺がまじまじと覗いているとノラが気持ち悪そうに言った。
「…ガンズさん、見て解るのか?」
「いや?少なくとも食える物ではない事は確かだ」
「まぁガンズならそうよね…私としては何故動いているのかが不思議だけれど…錬金術は専門じゃないし」
「この管に入っているのが油、こっちの歯車が…あ、ここに連結して…この紋章陣が動力補助に…」
ミーシャがぶつぶつ言いながら熱心に観察するのを見て、ノラの顔が一層ひきつっていく。
「…そろそろいいかな?全部見せる訳にもいかないからね」
「いやぁラインハルト君!錬金術の新たな地平を切り開いたね。友人として誇らしいよ」
「なに、まだまだ完成とは言い難くてね。おや、もうこんな時間か?人が訪ねてくる事が無いから愉しさに時が経つのを忘れてしまうね…部屋の用意をしてくれ」
侍女が一礼して下がる。俺達の寝室を用意しに行ったのだろう。
「ディラン公はまだしも他の皆さんには休息が必要だ。今夜は泊まっていくといいよ」
────────
宿屋に帰って来たのは翌日の真夜中だった。
翌日も朝から公爵様とラインハルト氏は魔法談義に花を咲かせ、ノラを除く俺達の質問を二人が答えた。
ノラは朝昼晩と宿屋に戻っては俺達の食事を運ぶ係に自らを任命していた。
まぁ、興味の無いノラには退屈だったのだろう。話を聞いていたり、ラインハルト氏の研究の成果を観たりしている時は青い顔で口許を押さえていた。
俺達の中ではやはりミーシャが一番話についていけていた。同門な訳だから当たり前ではある。
ヴィーシャは関心が無い様にみせていたが、転移陣の話には食い付いていた。回復魔法の次は転移魔法を研究するのだろうか?
「ディラン公、君から依頼された品だ。取り合えず二体とマスターユニット」
帰る間際、侍女が荷車に載せて運んできたのは台座の様なものと二つの棺の様なもの。
「いやぁ、ありがとう。最終的には分解するかもしれないけど、構わないかな?」
「あぁ、ストックなら沢山あるからね。では皆さん、愉しいひとときだった。またいつか逢える事があれば嬉しい」




