(更新19)
【ヴィーシャ】
『血族の闘い』初めて見るわ。
陛下とドレスデン、二人の紅い瞳から絡み合う様に魔力が、精神魔法がお互いへ流れ込むのが判る。
「取り押さえよ」
「いかん!妃殿下、今双方を動かしてはならん!途中で視線を遮ると二人とも廃人となるぞ!」
父が血相を変えてリザードマン達を押し留める。
「懐かしいなぁ『血族の闘い』昔は僕もよくやったっけ」
「公爵様、『血族の闘い』とはどの様なものですか?」
「まぁ、見ての通りの睨めっこだよ。負けた方は精神的に服従する」
そんなに時間はかからないよとガンズに叔父様が答えた。
「ヴィーシャ…」
リザードマン達を抑えた後、父が私に近寄った。
「…御心配をおかけしました…父様」
「う、うむ…大事無い様だな?…」
父はめっきり老け込んだ様に見えた。
頑固者で不器用な父…
私もひとの事は云えないわ…父娘ね。
「えい!」
不意に後ろから背中を押されて、疲れていた私はよろめいて父の胸にぶつかる。
父の両腕が私をしっかりと抱き留めた。
後ろを見ればサーラがニコニコしている…やったわね?
「…父様、チ、陛下は大丈夫でしょうか?」
「心配する事は無い、そもそもドレスデンの様な破落戸が陛下に勝てる訳が無かろう?」
部屋の中央には叔父様の研究室で見た培養器と、その下に女性が頃がっていた。
…あれは叔父様の『新調した着替え』だわ、何故こんなところに?
「公爵様、これはどうするのですか?」
「あ~、ちょっと待って今仮の魂を抜くから。そしたら悪いけどガンズ君、容器の中に入れちゃって」
…よく解らないわね?後で話を訊くとしましょう。
ガンズが周りを片付けている間に、勝敗は決した様だ。
「……ぅ…ぁう……?…あ…」
ドレスデンが膝をついて呆けた顔をしている。口許からだらしなく涎が垂れていた。
「他愛も無い!不意討ちならまだしも、その程度で『血族の闘い』を挑むか?」
勝ったはずのチビが何故か怒っている、子供と大人の闘いといっても王族相手に『血族の闘い』を挑んだのは無謀だったらしい。
ドレスデンはもはや人形だ。『抵抗』を持たないのだから二度と意識は戻らない…
────────
「これで終わったな。ヴィーシャ、お前はどうする?」
「…少し休んでから帰ります。丁度友人がここに居りますから」
「うむ…儂もそろそろ領地に戻らねばならん。一度屋敷に顔を出すように」
父が先に帰るのを見送り、椅子に腰を降ろした。
かなり魔力を消耗している。『抵抗』とゾンビを十数体造ったせいだ。
「子猿!」
「は、はいぃ!」
陛下の大声に、怒られると思ったサーラが背筋を伸ばして返事をする。その頭に手を乗せて。
「よく無事に戻った、心配していたのだぞ?」
…サーラよりチビが爪先立ちで頭を撫でている。変な光景だわ、でも…まぁそうね、いい光景だわ。
サーラも嬉しそうだし。いつもは仏頂面の陛下が微笑んでいた。
……ふと、その姿に疑問が沸いた。
「…陛下、ちょっといいかしら?」
「なんだ従姉上、余を呼びつけるな…まぁよい。で、何か?」
私は小声で言った。
「…チビ、貴方まさかとは思うけど、ドラゴニュートを正妃にしただけじゃなく今度はエルフを愛妾にとか考えてるんじゃないでしょうね?」
「な!なな何を馬鹿な!?」
「貴方ね、子供を儲けられない種族を正妃にしたばかりじゃなく元々従属種族のエルフを愛妾とか…貴族連中が卒倒するわよ?」
「決定事項の様に言うな従姉上!…しかし…」
「『しかし』?何よ『しかし』って?」
「…子猿の父親がそうしたがっておる。アレが王宮に来た時、紹介状を持ってきたのだが、行儀見習いではなく愛妾にと…」
行儀見習いという形を取らざるを得なかった、猿呼ばわりしていれば嫌気が差して居留地に帰ると思っていた…ですって?
【ガンズ】
妃殿下はしなくていいと言ったが濡れた床をモップで拭き取っておく。公爵様の培養器の水だ。
ずいぶん粘り気のある水だな?放っておくと染みになりそうだ。
拭き終わって顔を上げると陛下とヴィーシャが話をしているのが見えた。
「ガンズ君、悪いけど培養器を転移させるから、その後でこの転移陣消しておいてね?」
そう言うと公爵様は培養器ごと姿を消した。少し待とう、いきなり消して転移が失敗したらコトだからな。
片付けが終わった時、陛下や妃殿下達は既に部屋を出ていった後だった。
「…お疲れ様、ガンズ」
部屋に残っていたのはヴィーシャだけだった。椅子に座ったヴィーシャは疲れている様で、目に隈が出来ている。
「疲れているのはヴィーシャだろう?大丈夫か?」
「結構魔力使ったから…ちょっとしんどいかな?」
なんでも掛けられた精神魔法を解くのと閉じ込められた場所から脱出する為に魔力をだいぶ使ったらしい。
「どれ」
俺はヴィーシャに背を向けてしゃがんだ。
「…何?」
「おぶされ」
少しためらっていたが、ヴィーシャは俺の背に身体を預けた。
「…なんだか恥ずかしいわね」
「疲れてるんだろ?遠慮はするな」
離宮を出て、宿屋へ向かう。
「もう昼過ぎだな、飯は食えるか?部屋に持って行こうか?」
「そこまでじゃないわ、大丈夫」
市場の人混みを抜けると西門の街並みが見えてくる。
宿屋の前に着くと皆が食堂から現れ俺達に向かって走ってきた。
「ヴィーシャ!」
「大丈夫ですかヴィーシャさん?」
「主人!怪我は無いのか?」
皆が俺の背に乗ったヴィーシャに詰め寄り、取り囲んで騒ぎ立てる。
「…大丈夫、ただの魔力切れよ」
「まずは食堂に入ろう、ここで騒いでも仕方無いぞ」
俺は皆をそう促すと食堂に入った。
ヴィーシャを椅子に降ろし、厨房に顔を出す。
「熊さん、飯を頼む。ヴィーシャと俺の分な」
「あいよ!…ヴィーシャさん大丈夫だったんだな?良かったよ」
先に帰っていた妃殿下から話を聞いていたと云う。
「なんだ皆知ってたのか、だったら騒ぎ過ぎだろう?」
「ってもこの目で確かめないとな」
「心配してましたからね」
向かいの店からミーシャやチャーリー達も現れ、食堂は騒然となった。
「サーラ姉さんは?」
「陛下が王宮に連れて行ったわ、彼女も無事だから安心してミーシャ」
「よし!乾杯しようぜ!」
皆が昼間からエールを手に、ヴィーシャ達の無事を喜んだ。
他の冒険者仲間達も乾杯をする。リリア達が忙しそうだ。
「…いいものね、ガンズ」
「何が?」
「……なんでもないわ」
────────
「御心配をおかけしました!」
サーラは食堂に入るなり開口一番大きな声で挨拶した。
「まだ休んでていいのよ?」
「ソウデス」
あれから三日経った。
チャル女史が王宮に戻り、入れ代わりにサーラがやって来た。本来まだチャル女史が宿屋勤めの期間のはずだったが、陛下からチャル女史が呼び出されたそうだ。
「お?サーラだ」
「サーラちゃん大丈夫だったかい?」
「無事で良かったよ、とりあえず注文よろしく!」
飯を食いに来ていた冒険者達が口々にサーラへ声を掛ける。
サーラはそんな彼等に笑顔で応えている。
「さ!張り切っていきますよ!」
と、サーラが食堂内を歩き出そうとした時。
「待ちなさい先輩」
「ぐぇ!?」
リリアがサーラの襟元をむんずと掴んだ。
「っ、けほっ…な何をするんですか?」
「先輩はカウンターにいて受付をして下さい」
「リリアさん大丈夫ですよ~私は…」
「運び方は私達がします……まだ本調子じゃないんでしょ?」
いつも通りのつんけんした態度だったが、あれでも気を使っているのだろう、リリアにしてみれば上出来だ。
「よぉリリア、随分角が取れたんじゃねぇか?」
「うるさい毛むくじゃら」
おぉ恐えぇ、とザップの軽口を無視してリリアは給仕を続けた。
────────
数日後。
またダンジョンの入口に立て札が立っていた。
内容はまたも『研究交流の為の外出届』だった。
「またかよ…まぁ、居なくても探索は出来るけどよ」
ザップは渋い顔だ。
どうもザップの話では公爵様が外出中は宝箱の中身が少ないという。
…そうか?
「いや銭袋は入ってるけどよ、他の物が寂しい気がするのさ」
元々骸骨兵が宝箱を補充しているのだが、公爵様の外出中は実入りが少ないと感じるらしい。
「そんな時はトログロダイト狩りですよザップ殿!」
ドラスが嬉しそうに言った。エドやノラが苦笑いしている。
「やぁガンズ君、ヴィーシャ」
公爵様が俺達の前に現れたのはそんな話をしている時だった。
「叔父様、まだ出発していなかったのですか?」
「うん、実はヴィーシャとガンズ君を誘いに来たんだ」
「お誘い…?どちらまで?」
「前に話したろ?友人のゴーレムマスターのところさ、頼んでいた物を貰いにね。興味あるだろ?転移陣を設置してあるし一日かそこらで帰るけどね?」
ゴーレムマスター、公爵様とは別の方法で不死の存在に到った錬金術師。
「それは面白そうですね公爵様」
「ガンズ!?…行くの?」
「ヴィーシャ、またとない機会だと俺は思うぞ?…そうだ!公爵様、友人を誘っても?」
「友人?まぁ一人二人くらいならいいよ」
俺は宿屋を出てミーシャを呼んできた。
「お初にお目にかかります公爵様。錬金術師をしていますミーシャと申します。ゴーレムマスターさんのお話を以前伺っていまして、是非ご紹介下さい!」
「おぉ!やる気に満ちた御嬢さんだね!素晴らしい!…ヴィーシャ、君も魔法を極める気があるならこれくらい熱意を持ちたまえ」
「…はぁぁ、解りましたわ。お付き合いします」
「主人が行くのなら私も…」
言いかけたノラにヴィーシャは勢いよく首を振る。
「ノラ…駄目よ、一日中、下手をすれば滞在が延びて数日ずっと魔法談義に付き合わされるのよ?寝る暇も無いかもしれないわ、興味の無い人には…地獄よ?」
「しかし」
「相手は叔父様の御友人よ?…叔父様並に喋るかもしれないわ」
ノラの顔色が目に見えて悪くなった。
「いや…私は主人の従者だ!ミーシャも行くのだし、二人の世話をする為に行くぞ」
なにやらノラから悲壮感が漂っている。そんなに酷い事か?




